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宇津保物語を読む2 藤原の君#4

藤原兼雅、あて宮に懸想し、祐澄と語らう

 かくて、また、右大将藤原かねまさと申す、年三十ばかりにて、世の中こころにくく覚えたまへる、限りなき色好みにて、広き家に多き屋ども建てて、よき人々の娘、方々に住ませて、住みたまふありけり。このぬし、あて宮をいかでと思す。父おとどよき御仲なり。されど親には聞こえたまはで、あて宮に聞こえたまふべきことを思ひおはすに、左大将殿の中将、この御つかさの中将なりけり、御仲いとよく語らひたまひて、殿にもろともにものしたまひて、遊びなどしたまふついでに、(兼雅)「君に聞こえまほしきことあれど、え聞こえぬかな」。中将、(祐澄)「あやしくものたまはするかな。うとき人にこそつつむこともあれ」。あるじの大将、(兼雅)「今さへかかる心のまばゆさに、聞こえでもやみなむと思へど、さてのみはえあるまじく思ほゆれば、まづ君に聞こえむ、と思ひてなむ。殿に、みな人住ませたてまつりたまふなるをなむ。などかここにしも、えさぶらはざらむ、となむ聞こえまほしき」。中将、(祐澄)「住みどころなき人をこそ、さもしたまふめれ。あやしくものたまはするかな」。あるじのおとど、(兼雅)「玉のうてなも、とこそいふなれ。まめやかには、中のおとどの姫君をなむ、小さく聞こえたまひしよりうけたまはりおきたるを、かくなむ、とだに聞こえではやみなむや。かの若宮わたり思し出でて、兼雅が思ひも思し知れかし」。中将、うち笑ひて、(祐澄)「さる思ひはべりて、好いたる名立ちて、見えさはがれはべりしかば、人の上にても、今は忘れてもなむ。かの人は、いかなればにかあらむ、をんなは置かれたらぬところなれど、一人ばかりはふところ住みせさせてあらむとて、東宮よりものたまはすれど、まださも定められざめり。さはありとも、今かくなむとものして聞こえむかし」。あるじのおとど、(兼雅)「わが君、聞こえ尽くすべくもあらず」とて、
(兼雅)われ一人いふにかねばくれなゐの袖も告げなむ思ふ心を
とのたまふ。中将、
(祐澄)思ふこと多かる袖の色を見て一人頼まむことの苦しさ

(小学館新編日本古典文学全集)


 こうして、また、右大将藤原兼雅という30歳ほどで、世間から奥ゆかしいと思われているものの、たいそうな色好みで、広い家に多くの建物を建てて、身分の高い人々の娘をあちらこちらに住まわせて暮らしていらっしゃる方がいた。
 この大将が、あて宮を何とかして妻にしたいとお思いになる。父左大将とは親しい間柄ではあるが、親には言わないで、直接あて宮に思いを申し上げようと思っていらっしゃると、ちょうど、左大将の息子の中将祐澄が、この兼雅の部下であった。
 親しく語らいなさって、祐澄を御殿に招き、管弦の遊びなどをなさるついでに、
「君に申し上げたいことがあるんだが、言いにくいんだよね。」
中将「変なことをおっしゃるものですねえ。疎遠な人には遠慮もなさるでしょうが、私と大将殿との間柄ではございませんか。」
大将「今さらこんなこと言うのも恥ずかしいんで、黙ってようかなあと思ってたんだけど、どうにも我慢ならなくて、まず君に申し上げようと思ってね。
君のうちでは、屋敷に婿になった人をみな住まわせていると聞いたんだが、なぜ、私は婿としてお迎えいただけないのかなあと、申し上げたくてね。」
中将「住むところがない方をそうなさるようですが。変なことをおっしゃるものですね。あなたは、立派なお屋敷がおありではございませんか。」
大将「“玉の台も”っていうじゃないか。まじめな話、中の御殿の姫君(あて宮)を幼少の頃より噂には聞いていたのだが、“お慕いしている"とだけでも申し上げずにはいられないんだ。あなたもかつて若宮に恋い焦がれていた時のことを思い出して、私の思いも推し量って下さいな。」
 中将はお笑いになって「私だって、あんな思いをして好色者との評判が立って騒がれてしまったので、人ごとであっても、今は恋愛ごとは忘れていたいんですよ。
あて宮は、どういう訳でしょう。うちでは女の子は皆どこかに縁づけるのですが、あの子ひとりは手元に置いておきたいということで、東宮からお話しもあったのですが、まだどこに縁づけるとも決めていないようです。ですが、今はあなたから“こんなお話しが“と申し上げてはおきましょう。」
大将「わが君よ。感謝してもしきれない。」
といって、

(兼雅)私一人が言葉で言っても言い尽くせないので、
    紅の涙で染まる袖もぜひ告げてほしい。私の思いを。

とおっしゃる。

(祐澄)多くの女性を思う袖の色を見ると、
    あなた一人を頼りにすることの辛さが思いやられます。

玉の台=「何せむに玉の台も八重葎生へらむ中に二人こそ寝め」
(古今六帖6読み人知らず)


お父さん!なにしてるの!

 ここに出てくる兼雅はただの好色な権力者である。良家の娘はすべて手に入れたいというポリシーですかな。
何人妻がほしいんだよ、って感じ。たぶん、俊蔭の巻の前に造形された話であろう。


平中納言あて宮に懸想兵衛尉に文を託す

 かくて、東宮の御いとこの、平中納言と聞こえて、いとかしこき遊び人、色好みにて、ありとしある女をば、皇女みこたちをも、やすどころをも、のたまひ触れぬなく、名高き色好みにものしたまひけり。それも、このあて宮に聞こえたまふべき頼りを思ほすに、兵衛ぞうの君なむ、かの殿に通ひたまひける。(正明)「かう思ふことなむある。御文てまゐりたまへ」と聞こえたまへば、「何かは」とや聞こえたまひけむ、それにつけてなむ、御せうそく通はしたまひける。それにかくなむ。
(正明)「さざら波立つをば知らで川千鳥はねいかなりと人に告ぐらむ
と思ふなむ、ねたかりける」とてたてまつりたまへば、兵衛尉賜はりたまひて、あて宮を呼び放ちたてまつりたまひて、見せたてまつりたまへば、何心なく見たまひて、(あて宮)「うたてある文を見せたまひけるかな」。兵衛尉、(頼澄)「まさに、さらむをば見せたてまつりてむや。平中納言のなり」と聞こえたまへば、(あて宮)「うたておはする君かな」とて立ち走りたまへば、しひて御ふところに押し入れておはしぬ。

(小学館新編日本古典文学全集)

 そして、東宮の従弟にあたる平中納言正明と申し上げる、たいそう音楽に秀でた方は、好色な方でありとある女性、皇女であろうと、御息所であろうと、言い寄らないものはなくいほどであった。その方もこのあて宮に気持ちを伝えるつてを探していらっしゃったが、兵衛尉頼澄がこの御殿に通っていらっしゃった。
「思うところがあるんで、お手紙を持っていって下さい。」
と申し上げなさると、
「何でもございません」
と申し上げなさったということで、頼澄に託してお手紙をあて宮にお渡しになる。その手紙にはこのように書いてあった。

あなたを思う気持ちが、さざ波が立つようにたえないことも知らず、
  川千鳥(あなた)は、“羽がどうして濡れるのか”と人に告げるのでしょうか。

と思うのでさえ、妬ましいことです。」
と書いて差し上げたので、兵衛尉は受け取り、あて宮を呼び出して、お見せ申し上げたところ、あて宮は何心なくご覧になり
「嫌な手紙をお見せになるのですね」とおっしゃる
兵衛尉は「そんなものをお見せするものですか。これは平中納言様からのものですよ。」と申し上げなさると
「嫌なお方ですね」
といって立っていってしまうので、無理にあて宮の懐に押し込んでしまう。


3人目は平中納言。なんとも自信家のようであるし、兄貴もまた強引である。
これは一番嫌われるパターンだなあ。

源氏、藤原氏、平氏と有力者がまずは並ぶ。
兼雅も仲忠の父としてではなく、“藤原氏”ということで、エントリーされたと思われる。

なかなか面白い話にならないが、もう少し我慢。

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