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宇津保物語を読む4 吹上 上#9

藤井の宮の藤の花の宴、人々歌を詠む

 三月中の十日ばかりに、藤井の宮に、藤の花の賀したまふ。君だち出でたまふ。御装束は、闕腋わきあけの青きしらつるばみの綾のうへのきぬ、蘇枕の下襲、れうの上の袴、でん、唐組の緒つけたまへり。御むまぞひ二十人、紫の衣、白絹の打ち袴着つつ、四ところに二十人づつ仕うまつる。まらうどの御ぜん、三ところには、衛府の将監ぞうどもは青色に柳襲、あるじの君の御供には宮の侍の人十人、青色の松葉の上の衣に柳襲着、童四人、青色の上の衣柳襲着たり。
 その頃の紀伊守は、蔵人より出でたる人なれば、この少将などの下りたるを聞きつけて、吹上の宮に、国のつかさども率ゐてまうでたまひて、藤井の宮に渡りたまへり。
 かくて、みな着きわたりたまひぬ。その日の御設け、種松仕うまつれり。君だち四ところ、国の守までに、紫檀の折敷二十はたち、紫檀のろくひきのつきども、敷物、打敷、心殊なる錦綾なり。蘇枕の轆輔ひき杯据ゑて二つ、御供の人の前ごとに立て渡し、かはらけはじまり御箸くだりて、守のぬし少将にのたまふ。(紀伊守)「下りたまへりけるを、えうけたまはらざりけるかな」。少将、(仲頼)「ぐわん侍るを果たさむと思うたまへしかども、思ひ立たずはべりしに、この吹上の宮をうけたまはりてなむ、神の御もとにだにもの憂くはべりしを、にはかに出で立ちてはべりし。みづからをと思うたまへしほどになむ怠りにける」。守のぬし、(紀伊守)「この宮に参り来ざりせば、え対面賜はるまじくこそありけれ。いかに、京には何ごとかあらむ。あさましう、さきの守のし乱りける国にまうで来て、ぐうの使どもの入り乱れてののしり、おほやけごとは慰む方もなきに、見たまへわづらひて、いはゆる田舎人になむなりにてはべる。大将殿も、平らかにやはおはしますらむ」。少将、(仲頼)「ただ今は、大将殿には平らかにおはしましき。京には殊なることなし。この国のさきかみ、愁へをなむいひののしる」などいひて、例のもののどもかき合はせて、かはらけ度々になりて、君だち大和やまとうた遊ばす。「藤の花を折りて松のとせを知る」といふ題を、国の守のぬし、
(紀伊守)藤の花かざせる春を数へてぞ松のよはひも知るべかりける
あるじの君、
(涼)春雨のにほへる藤にかかれるをよはひある松の玉かとぞ見る
侍従、
(仲忠)藤の花染め来る雨もふりぬれば玉の緒結ぶ松にぞ見えける
少将、
(仲頼)みぎはなる松にかかれる藤の花影さへ深く思ほゆるかな
良佐、
(行政)まとゐしていづれ久しと藤の花かかれる松の末の世を見む
国のごんの守、
  藤の花かかれる松の深緑一つ色にて染むる春雨
右近しやうげん松方、
  紫のいとど乱るる藤の花うつれる水を人しむすべば
右近将監ぞう近正、
  藤の花宿れる水のあわなればに波の織りもこそすれ
右近将監ぞう時蔭、
  藤の花色の限りににほふには春さへ惜しく思ほゆるかな
国のすけ
  にほひ来る年はぬれど藤の花今日こそ春を聞きはじめけれ
まつりごとびと種松、
  春の色のみぎはににほふ花よりも底の藤こそ花と見えけれ
などて遊び暮らす。
 その日のかづけ物、やがて設けたり。君だち四ところ、国の守と権の守まで、青きしらつるばみの唐衣重ねたる女の装ひ一づつ、衛府の将監ぞうどもよりはじめて国のすけには、濃き紫のあはせの細長一襲、袷の袴一具、それよりしもは、一重なるものなど、賜らぬ人なし。
 夜にいりてついまつ参る。たけ三尺ばかりのしろかねこまいぬ、口あふげて八つ据ゑて、ぢんからの細組して、続松に長く結ひて、夜ひとともしたり。

〔絵指示〕藤井の宮。大いなるいはほのほとりに五葉ももばかり、あるは川にのぞきて立てるに、おもしろき藤ごとにかかりて、ただ今盛りなり。木の下のいさを敷きたるごと麗し。木の根、しるく見えず。池の広きこと、とをうみに劣らで、水の清きこと鏡のおもてに劣らず。巌の立てる姿、植ゑたるもののごとくして、こけ生ひたること繁く青し。その池の上に、うるはしう高きはだのおとど三つ立てり。巡りに藤かかれる五葉、巡りて立てり。  そのおとどに、藤の花の絵きたる御屛風ども立て渡し、いひ知らず清らなるおもしろきしとねうはむしろ敷きべて、君だち着き並みたまへり。おとどの柱の隅、藤の花かざし渡したり。まへごとに折敷ども参り渡したり。藤の花、松の枝、沈の枝に咲かせて、金銀瑠璃の鶯に食はせて、歌の題書きて種松参らす。君だち御覧じて、かはらけ取りて、大和歌詠みたまへり。

(小学館新編日本古典文学全集)


 3月中旬、藤井の宮で藤の花の賀をなさる。
君達がお出ましになる。その日の御装束は、闕腋わきあけの青いしらつるばみの綾の袍に、蘇枕の下襲、れうの上の袴、でんには唐組の緒をおつけになる。
馬添いは20人。紫の衣に白絹の打ち袴を着て、4人にそれぞれ20人ずつお仕えする。
客人の御前には、3人には青色の袍に柳襲を着た衛府の将監が勤める。
あるじの君(涼)のお供としては、青色の松葉の袍に柳襲を着た宮の侍が10人、そして童4人、この子たちは青色の袍に柳襲を着て仕えている。

 その頃の紀伊の守は蔵人出身のものであったので、この少将(仲頼)たちがお下りになっているのを聞きつけ、国府の役人たちを引き連れて、藤井の宮にお渡りになる。

 こうしてみな座にお着きになる。
その日の饗宴の支度は種松が奉仕する。
君達4名と紀伊の守のところには、紫檀の折敷が20に紫檀のろくひきの坏、敷物と打敷は、格別な錦綾である。蘇枕の轆輔ひき坏を2つ置いて、御供の人の前ごとに立て並べ、盃を取り交わしお食事が始まる。
紀伊の守が少将におっしゃる。
「お越しになっているということを、存じ上げませんで挨拶が遅れました。」
少将(仲頼)
「願掛の願果たしをしなければと思っておりましたが、ずっとそのままにしておりましたのを、ちょうどこの吹上の宮のうわさを聞きまして、神へのお参りでさえ面倒に思っておりましたくせに、急に出かけようと思い立った次第です。こちらからご挨拶にと思っておりましたが、失礼をいたしました。」
紀伊の守
「この宮に参上しなければお会いすることかないませんでした。いかがですか、京では何か変わったことはございませんでしたか。あきれたことに、前任の守が政治を乱してしまった国に着任し、郡家の使いたちが入れ替わり立ち替わり訴えてきて、仕事が忙しく、憂さ晴らしもできないほどで、花見などもすることができず、すっかりと田舎者になってしまいました。京では大将殿もご健勝でしょうか。」
少将(仲頼)
「今は大将殿もお元気でいらっしゃいますよ。京では特に何ということはございませんが、前任の国守がその件で愁訴してましたわ。」
などといって、いつものように合奏をし、盃も進み、君達は和歌をお歌いになる。
「藤の花を折りて松の千歳を知る」という題で

紀伊の守
  藤の花を髪飾りとする春を数えることで、
  松の年齢も知ることが出ますなあ。

あるじの君(涼)
  春雨が美しく咲く藤の花に降りかかっているので、
  千歳もの齢を重ねた松の玉のように思われました。

侍従(仲忠)
  藤の花を染める雨が降ったので、
  松が玉の緒を結んでいるように見えることです。

少将(仲頼)
  水際の松にかかる藤の花によって、
  水面に映る影までも色濃く思われることです。

良佐(行政)
  こうして宴を開き、藤の花と、そのかかっている松と
  どちらが長命であるか、行く末を見極めましょう。

国の権守
  藤の花がかかっている松の深緑、
  そのたった一つの色で染められる春の雨よ。

右近将監松方
  紫のたいそう咲き乱れる藤の花、
  その影が映る水を人がすくうことによって、さらに影が乱れるのです。

右近将監近正
  藤の花が宿る水が淡いので、
  夜の間に波がしっかりと織り込むのでしょう。

右近将監時蔭
  藤の花が色の限りに咲き匂うので、
  春までもが惜しく思われるのです。

国の介
  藤の花が何年咲き誇ろうとも、
  今日初めて春が来たと実感しました。

主催者の種松
  春の色の水際で咲き誇る花よりも、
  水底に移る藤こそが本当の花だと思われます。

など詠いながら遊び暮らした。

 その日のご祝儀がすぐに用意される。君達4人から国守権守にいたるまでは青い白橡の唐衣を重ねた女装束一揃い。
衛府の将監たちをはじめ国の介には濃い紫の袷の細長一襲と袷の袴一揃い。
それより下の者たちには一重の衣などを与え、禄をいただかないものはいない。

 松明が灯される。
居丈3尺ほどの銀の狛犬の口を開けたものを8つ据えて、沈香を唐の組紐で結びつけ、松明に長く結びつけて一晩中灯しつづける
〔絵指示省略〕


藤の花の酒宴には紀伊の守も合流する。
前任者が私腹を肥やすために国政を歪めたために、その後始末で苦労しているという。
こんな話を織り込むところがうつほ物語のリアリティである。

松にかかる藤の花をテーマとして歌が詠われる。
藤は涼の喩えであろうか。

夜は松明に沈香
藤の花の色彩が見えなくなれば、代わりに沈香の良い香りがあたりに漂う。
食事、音楽、花の色、香の薫り……
五感を刺激する風流である。(触覚はかづけ物の衣類の肌触り?)

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