見出し画像

宇津保物語を読む4 吹上 上#7

人々、林の院に出て花見をし、歌を詠む


 かかるほどに、浜のほとりの花盛りになりぬ。君だち、花御覧じに、林の院に出でたまふ。その日の御設け、種松が仕うまつたまふ。今日の御装ひは、みな直衣なほしの御ども、御供の人、例の上のきぬ、桜の下襲など着たり。みな徒歩かちより出でたまひぬ。御前のもの、みなの仕うまつりたまふなれば、まかなひよりはじめて女の仕うまつる。ぢんの折敷二十、沈のろくひきの御つきども、敷物、打敷、心ばへめづらかなり。青いしらつるばみの唐衣、綾の摺り裳、綾の掻練のうちき、袷の袴着たる大人、髪丈にあまり、色白くて、年二十歳より内の人十人。同じ青色に蘇枋、れうの袴、綾の掻練のあこめ一襲、袷の袴着たる童、髪丈と等しくて、年十五歳より内なる、丈等しく姿同じき十人。男ども、庭、はしのもとまでは、十の御折敷を取り続きて立ち並み、下仕へは、御簾のもとまで取り次ぎ、童は御前に参り、大人四人は御前のこと、まかなひをば童の手より次ぎて参るに、丈高く麗はしき盛り物を四盛り、折敷一つ据ゑて遠くより参るに、いささかなる過ちせず。男君たちの御前に立ち居仕うまつるに、目安く労ある童べなり。
 かくて、ものの音などかき立て、例の遊びなどふるまひて、うた作りなどしつつ読み上げて、琴に合はせてもろ声にずんじたまふ。

 こうして過ごしているうちに、浜のほとりにある桜が盛りとなった。方々は桜をご覧になろうと、林の院にお出ましになる。
この日の準備は種松の妻が取り仕切る。
今日の方々の装いは、みな直衣の御衣である。お供の人々はいつもの上着に桜の下襲などを着ている。
みな徒歩でお出かけになる。
食事はみな妻が準備なさったものなので、給仕をはじめとしてみなあ下仕えの女がお仕えする。
沈の折敷が20に沈のロクロびきの御杯、敷物、打敷にいたるまで十分な心配りがなされている。
青い白橡の唐衣に綾の摺り裳、綾の掻練の袿、袷の袴をはいた年倍の女房たち10人は、髪が背丈にあまり、色が白くて、二十歳に満たない。
同じく青色に蘇枋、綾の袴、綾の掻練の衵一襲、袷の袴を着ている童女10人は、髪は背丈に等しく年は15歳以下、どの子も同じくらいの背丈である。
男たちが、庭、御階のもとまで10の折敷を持って立ち並び、それを下仕えの女が御簾のもとまで取り次いで、それを童女が御前に参ってそれを受けとった女房4人が男君達に給仕をする。高く美しく盛り付けた料理を4盛り、折敷一つに据えて遠くから運ばせるが、少しも過ちをしない。男君たちの御前に立ちお仕えするのは、見た目のよい気配りのできる童女である。
 こうして、楽の音などをかき立て、いつものように演奏を楽しみ、詩を作り、読み上げなどして、琴に合わせて声をそろえてお歌いになる。

 かかるに、少将、かくおもしろき所に、ある限りの上手つどひて、世のいちこと、笛吹き立て、かきならしつつ、清らを尽くして遊びわたれど、病につき伏し沈みて思ひしことは、慰むべくもあらず嘆きわたるに、花さそふ風も心すごく吹きて、浜辺を見渡したまひつつ、花は色を尽くし、ただ今盛りなり。風にきほひて散りかひ、漕ぎ渡るぶね近く帰る、花一つに続きて見ゆれば、少将、
  (仲頼)行く舟の花にまがふは春風の吹き上げの浜を漕げばなりけり
あるじの君、
  (涼)春風の漕ぎ出づる舟に散り積めばまがきの花をよそに見るかな
侍従、
  (仲忠)行く舟に花の残らず降り敷けばわれも手ごとにつまむとぞ思ふ
良佐、
  (行政)風吹けばとまらぬ舟を見しほどに花も残らずなりにけるかな
などのたまふほどに、宮より、種松が君、合はせたきものを山のかたに作りて、がねの枝にしろがねの桜咲かせて立て並べ、花に蝶どもあまた据ゑて、その一つにかく書きつく。
  (種松妻)桜花春は来れども雨露に知られぬ枝と見るぞ悲しき
とて、よきわらはして林の院に奉れり。君だち見たまひて、蝶ごとに書きつけたまふ。侍従、
  (仲忠)雨露にこずゑは分かずかかればや花の枝とは人の知るらむ
少将、
  (仲頼)春風の吹き上げに匂ふ桜花雲の上にも咲かせてしがな
あるじの君、
  (涼)桜花雲に及ばぬ枝なれば沈める影を波のみぞ見る
良佐、
  (行政)桜花染め出だす露の分かねばや底までにほふ枝も見ゆらむ
松方、
  桜狩濡れてぞにし鶯の都にをるは色の薄さに
近正、
  人づてに聞き来しよりも桜花あやしかりけり春のかざ
ときかげ
  白雲と見ゆる桜もあるものを及ばぬ枝と思はざらなむ
種松
  撫でほすかひもなきかな桜花にほふ春にも会はずと思へば
などいひて、夜一夜遊び明かす。その日のかづけ物、種松が君、装ひ一づつ、あやもものの色もめづらかに清げなり。将監ぞうどもに。
〔絵指示〕院に、広くおもしろき浜に、花の色を尽くして並み立てる中に、高く清らなるおとど立てり。そこに君だち並み居たまへり。うへのきぬそうぞくの人八十人、立ち続きつつ、人だまへにふたがりつつ参る。君だち御ふみ作りたまへり。あるじの君。御博士の大学すけかうして読み上ぐ。君だち琴に合はせてじたまへり。侍従、さらにもいはぬざえなり。かづけ物三箱持て出でたり。あるじの君取りたまひて、侍従よりはじめてかづけたまへり。

(小学館新編日本古典文学全集)


 そうしているうちに、仲頼少将は、このように風情のあるところに、すべての名人達がそろい、天下一の琴や笛を吹き立て、かき鳴らしながら、美を尽くして遊びつづけているけれども、恋の病となってふさぎ込み思い続けている気持ちは慰めようもなく嘆きつづけていると、花を散らす風が寂しいほどに吹く。そんな浜辺を見渡すと、花は色を尽くし、今が盛りである。
風に競い合うかのように散り、こぎ渡る小舟は浜辺近くへと帰ってゆく、そんな情景が花とともに目に映るので少将はふとくちずさむ。

  お気をこぎゆく舟がまるで花のように見えるのは、
  春風が吹く、吹上の浜を漕いでゆくからなのだなあ。

それを耳にしたあるじの君(涼)

  春風の中漕ぎ出してゆく舟に花びらが散り積もるので、
  籬に咲いた花をまるでよそに見るようです

侍従(仲忠)

  行く舟に花を残らず降り敷くので、
  私も両手でその花びらを拾い集めようと思います

良佐(行政)

  風が吹くととまることもなく立ち去る舟を見ているうちに
  花は全て散ってしまうのでしょうね

などと詠い合っていると、宮殿から種松の妻が、合わせたきものを山型に盛り、黄金の枝に銀の桜を咲かせて並べ、花には蝶をたくさん止まらせた細工を用意し、その蝶の一つにこのように書く。

  桜の花が咲き春は来ても、
  雨露の恵みを受けない枝をみると悲しくなります
   (涼が父院に認知されないことが悲しくて)

これを美しい童女に持たせて林の院にさしあげる。
君達はご覧になって、蝶ひとつひとつにそれぞれお書きになる。
侍従(仲忠)

  雨露に梢はひとしく濡れかかるので
  この花の枝も、人々に知れ渡ることでしょう
   (涼君はきっと認知されますとも)

少将(仲頼)

  春風が吹き上げる、吹上の地に美しく咲き匂う桜の花を
  雲の上にも咲かせたいものだなあ
   (宮中でぜひ涼君の活躍が見たいものです)

あるじの君(涼)

  桜の花も雲の高さにはとうてい及びません
  ただ水底に映る影を波ばかりが見るだけです
   (わたしなどはとうてい及びません)

良佐(行政)

  桜の花を美しく染める露は分け隔てがないので
  水底まで美しく染める桜の枝を見出だすことでしょう
   (きっとお迎えしていただけますよ)

松方

  桜を狩りに濡れてやって来た鶯です
  都にいても折り取る桜の色は薄いので

近正

  人づてに聞いたうわさ以上の桜の花
  なんとも神妙なことです春風の合間のうつくしさよ

時蔭

  白い雲と見間違えるような桜もあるのに
  雲に及ばないなんて思わないで下さい

種松

  撫で育ててきた甲斐もないことです
  桜の花が美しく咲き匂う春に会うこともないと思うにつけても
   (ぜひ父院に会っていただきたい)

などと詠いながら夜一夜遊び明かす。その日のご祝儀は種松の妻が用意する。装束一揃え、文様も、色も珍しく美しいものであった。将監たちもいただいた。
(絵指示の訳は省略)


種松の妻がホスト(ホステス?)となって、桜の宴が開かれる。恒例の豪華な饗宴の描写から始まり、やがて失恋の仲頼の桜に寄せる悲しみの心情とそれに呼応する君達の歌。
やがて種松の妻の桜に寄せた不憫な涼への思いと帰京祈願へと歌は続く。種松の妻は、もとは都人であるので趣味がよく、君達をよくもてなしている。
田舎とは不釣り合いな雅の世界にただただ驚くばかりである。

この記事が参加している募集

#国語がすき

3,864件

#古典がすき

4,218件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?