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宇津保物語を読む5 吹上 下#6


涼、仲忠、秘琴を競弾し、奇瑞起る

 かかるほどに、涼、仲忠、御琴の音等し。右大将のぬし、持たせたまへるなんを、帝に、(兼雅)「これなむ仲忠が見たまへぬ琴にはべるなり。仕うまつらせむ」と奏したまふ。賜はりて何心なくかき鳴らすに、天地ゆすりて響く。帝よりはじめたてまつりて、大きにおどろきたまふ。仲忠、今は限り、この琴まさに仕うまつり静まりなむや。ねたくくちをしきに、同じくは天地おどろくばかり仕うまつらむ、と思ひぬ。涼、いやゆきが琴、なん風に劣らぬあり。このすさの琴を院の帝に参らす。帝同じ声に調べて賜ふ。仲忠、かの七人の一つてふ山の師の手、涼は弥行が琴を、少しねたう仕うまつるに、雲の上より響き、地の下よりとよみ、風雲動きて、月星騒ぐ。つぶてのやうなる氷降り、いかづち鳴りひらめく。雪ふすまのごとりて、降るすなはち消えぬ。仲忠、七人の人の調べたる大曲、残さず弾く。涼、弥行が大曲の音出づる限り仕うまつる。時に天人、下りて舞ふ。仲忠、琴に合はせて弾く。
 (仲忠)朝ぼらけほのかに見れば飽かぬかな
  中なる乙女しばしとめなむ
帰りて、今一かへり舞ひて上りぬ。

小学館新編日本古典文学全集

 このようにしてはいるものの、涼と仲忠の琴の音は互角であった。
右大将殿がかねて持参していた「なん風」を帝に差し出す。
「この琴は、仲忠がまだ弾いてみたことのない琴でございます。弾かせてご覧に入れましょう。」
と奏上する。
仲忠はそれをいただき、何気なくつま弾くと天地鳴動し、帝をはじめ人々は驚愕する。
仲忠は、こうなってはもうおしまいだ。この琴はもう鳴り静まることはないであろう。
残念なことだが、どうせ弾き始めてしまったのだから、天も地も驚くばかりに弾いてやろう。と思う。
涼は、琴の師、弥行から受け継いだ琴で「なん風」にも劣らぬ琴を持っていた。その「すさの琴」を嵯峨院に差し上げる。院はそれを「なん風」と同じ調子に整えて涼に与える。

 仲忠は、あの祖父俊蔭から伝承した七仙人の一つ目の山の仙人の手を、涼は弥行の琴を少し妬ましいほどに弾き奏でると、その音は雲の上から鳴り響き、地の底か鳴りとよみ、風雲は動揺し、月も星も騒ぎ出す。
礫のような雹が降り、雷鳴が鳴り響く。
雪は布団のように積もるとみるや、たちまち消えてゆく。

仲忠は七仙人の奏でた大曲を残さずすべて弾き尽くす。
涼は弥行の大曲を音の限り引き続ける。

そのとき、天人が天から降りて舞い始めた。
仲忠は、その舞にあわせて琴を弾く。

 (仲忠)朝焼けの光の中にかすかに見える姿の
  飽きることのないうつくしさよ。
  中の乙女をしばらくはとどめたいものだ

空に戻ろうとしていた天人は、その歌に引き寄せられ、今一度舞ってから天へと昇っていった。


中二病全開ラノベ風リライト

 仲忠、涼、二人の琴は互角であった。
 このままでは勝負はつかない。しかし、はなから仲忠は勝負をするつもりはなかった。涼の琴の音を聞いたときから、その技量は知れたのだ。だからこそ秘琴を送ったのである。送られた琴を見れば涼もその意図は理解できよう。二人が全力でぶつかればどうなるか、涼だってわからぬはずはない。

その危ういバランスを、父兼雅が打ち砕く。

「帝、こちらにある琴はまだ仲忠も手の触れていない秘琴でございます。是非弾かせてみたいのですが、、」

父から受け取って何気なく手を触れると、すぐに察した。

(これは「なん風」ではないか。なぜここに? 母上はそれを許したのか?)

仲忠がためらうもすでに遅し。「なん風」は発動してしまった。
「なん風」の音に共鳴し天地が鳴動する。

 人々は何が起こったのか、その真の理由を知らない。
神泉苑は、大地のエネルギーの吹き出し口である。だからこそ雨乞いもここで行われる。
そのエネルギーを「なん風」は解き放ってしまった。

(もうこうなっては「なん風」を止めることはできまい。発動した「なん風」は大地のエネルギーを吸収し続け、すべて放出しきるまで止まることはあるまい。私にも制御しきる自信はないぞ。
 だが、しかし、なんという誘惑。こうしていても、弦の弾きを通して私の中に力が流れ込んでくる。この力をすべて解き放ちたいとの思いも止められない。
母上が決して「なん風」には手を触れさせなかったのはこのためか。ええい、ままよ。どうなってもかまうものか。)

その姿をじっと見ていたのは涼である。
(いけない。あれは阿修羅の琴だ。他の琴とはパワーが格段に違う。それにこの天地に満ちあふれるエネルギーのすさまじさ。しかし、今の仲忠はそれを制御できない。このままでは、仲忠は琴に取り込まれる。師匠はこのことを危惧されていたのか。)

涼は師弥行から授けられた秘琴を取り出し、仲忠の琴に合わせる。
(陰と陽のエネルギーを調和させ、すべてを昇華する! 正気を保て仲忠!)

そのとき、仲忠の心に七仙人の声が響く
(わが同胞はらから、仲忠よ。楽とは旋律。力の調律。我の伝承した手を思い出せ。天地を調律せよ。)
仲忠は七仙人の手を奏でる。遙か昔、天地が調和した世界を自分は知っていた。そのイメージが心の中に広がる。

涼もそれを素早く察知する。
(仲忠の音が変わった。いまなら和すこともできよう。ここからが真の力比べだ。)

二人の楽が調和したとき、天地に満ちあふれたエネルギーはその姿を変えてゆく。

仲忠の音が空から響く。
それに合わせて、涼の音が地を轟かす。

仲忠の音が風を呼べば、涼の音に星々がきらめく。

涼の音が雹となり、雪となる。
仲忠の音が雷鳴となり、閃光となる。

神泉苑から吹き上げられる大地のエネルギーは、二人の琴の音によって調律され、天と地を結ぶ道が開かれる。

 天女が舞い降り、二人を祝福する。

仲忠はふと懐かしさを思う。
(あの天女はもしかして、私の、、、)

天女は仲忠に微笑みかけると、そのまま空へ昇ってゆくが、仲忠の呼びかけにふと振り返る。その目はこう語りかけていた。
(ひとりでは何もできないのね。友に感謝なさい。)

仲忠は、都に来てから忘れていたものを、思い出したような気がした。

 何も知らない人々の目には、これは「吉祥」とうつるのであろう。
しかし仲忠の心にはおりのようなものが残されるのであった。


仲忠は七仙人の生まれ変わりのはずなので、「七仙人の記憶を取り戻し、覚醒した仲忠と、その実力差に打ちひしがれる涼」というパターンも考えられましたが、より仰々しくバカっぽいこちらのバージョンで書いてみました。

あらためて、ラノベ作家のすごさがわかります。

俊蔭が帰朝し、当時の帝、嵯峨帝の前で琴を奏で奇瑞を起こしたときは、「せた風」でした。また、同じ「せた風」を五節の夜に仲忠も奏でますが、その時は奇瑞は起きません。

琴と奏者の組み合わせにも意味があるのかもしれません。

ではまた。
次回は通常モードに戻ります。

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