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宇津保物語を読む 俊蔭Season5 #6(最終話)

いよいよ宇津保物語 俊蔭の巻の最後です。

兼雅と北の方、わが子仲忠の才芸をほめる

 かくて、これかれ遊びののしりて、夜いたう更けて、みな帰りたまひぬ。あるじのおとど、北の方に聞こえたまふ、(兼雅)「ものはよく見たまひつや。御子こそなほいと人にまさりためれ」とのたまへば、北の方、(俊蔭娘)「いでや、おのれは見知るべき人かは」。(兼雅)「されど、御目ぞおそろしきや。故君には、天人もえまさらざりけるを、みな習ひとりたまへりけるこそはかしこけれ。それに侍従劣らずこそ人々思ひためれ。ざえの徳に、たはぶれにても、大将の君ののたまはぬことなり。東宮ののたまはするにも出だし立てられぬ娘、取らせむとのたまふぞありがたき。さばかりあめの下の人の、きも絶えてまどふ君を。しんじちにはあらねど、うれしくこそあれ」。北の方、(俊蔭娘)「さもめでたき君かな。御子どもはた世の常にもあらずものしたまふらむ」。おとど、(兼雅)「いといみじきものぞや。さばかり乱れてはしたなかりつるに、こと人の酔ひさまには似ずかし」などのたまひて、ふたところうち臥したまふ。侍従、ざうへも行かで、まへに臥しぬ。

 こうして、誰も彼も、音楽を奏で大騒ぎして、夜がたいそう更け、皆お帰りになった。主人である右大将は、北の方に申し上げなさる。
「よくご覧になりましたか。あなたの子はたいそう人よりも勝れていたようですよ。」
とおっしゃると、北の方は
「さあ、私にはあの子のことはよくわかりませんわ。」
「しかし、あなたの目こそが恐ろしいのですよ。亡き父君には天人も及ばなかったというが、その技を全て習得なさったとのですから、立派なことだ。そんなあなたに侍従は劣らないと人々は思っているようですよ。その才能のおかげで、左大将に、冗談でもおっしゃらないことを言わせましたからね。東宮のお言葉にも決して承知せず出仕させなかった娘を、仲忠に与えようとおっしゃったのはありがたい。あれほど世間の男たちの胸を痛めて恋惑わせる姫君を。本気ではないでしょうが、うれしいことだ。」
北の方「それはすばらしい方ですこと。お子様たちは、世間の人とは違っておいでなのでしょう。」
左大将「とてもすごい方ですよ。あれほど酔い乱れて見苦しい酒席でしたのに、他の人の酔い様とは似ても似つかないものでした。」
などとおっしゃって、お二人ともお休みになる。
侍従は自分の部屋に戻らないで、お二人の御前でお休みになった。

正頼、帰邸して妻大宮に仲忠の弾琴を語る


 左大将殿も帰りたまひぬ。御時よく遊びて入りたまふ。仲頼、行政も、御送りしけり。「やがて宿直とのゐせむ」といふ。おとど入りたまへれば、宮、「などかく遅くはおはしつる」。おとど、(正頼)「かのあるじの、いとになくかうざくなりつれば、みな人ただ今までなむありつる。あてこそのとくに、おもしろうめでたきものをも聞きつるかな」。宮、「何ごとぞ。あなうらやまし」とのたまふ。おとど、(正頼)「例の、ものの上手ども、いとおもしろう遊ぶに、侍従出でなむと思ふに、さらに出でで、日の暮れつれば、いとくちをしかりつるに、タづけて、かづけもの取り出で来るものか。そのかみとらへて、酔はして、『例のこと弾きたまへ』といふに、さらに聞かず。父おとど、内に入りて、いとめでたき琴を手づから持て出でたまひて、『なほ仕うまつれ』とのたまへど、さらに聞かず。ただがくの声をぞ、やましさは、ものにかき合はせては弾くものか。いと静心なくて、『なほ遊ばせ。禄にらうたしと思ふ娘奉らむ』といひたれば、り走り、たふして、になき声調べて、いとあまたの手弾きつる。すべていふよしなく、父おとど涙としたまひつ。げにはたいとめでたき人にこそあれ。遊びたるさまも、さらにこと人に似るべうもあらず。いかで聞こし召させむ」とのたまへば、宮、「いかでかれ聞かむ」。おとど、(正頼)「さらにおぼろけにてすべきにあらず。琴を置かせたまひて、上の責めさせたまふにだに、手も触れぬ人なり。今宵も、おろかにいはましかば逃げなましを。なほ、おのれこそ年経にたる翁にて、許さず責めたりつればこそ、むつかりながら弾きつれ」。宮、「あてこそして、『なほ弾きたまへ。もの聞こえむ』などいはば、弾きてむや」。(正頼)「そは弾きもしてむ。今、折あらむとき」とのたまふ。かづけものどもを、あな清ら、と見たまふ。つぎつぎにぞ。

(本文は小学館新編日本古典文学全集)


 左大将もお帰りになった。ご機嫌よく、音楽を楽しみながら、お部屋へお入りになる。仲頼、行政もお見送りし、「このまま夜を明かそう」という。
妻の大宮「どうしてこんなに遅くなったのですか。」
左大将「あの御饗がこのうえなく立派だったので、皆今までいたんだ。あて宮のおかげで面白くすばらしい演奏を聞いたことだよ。」
宮「何ですか。まあうらやましい。」
とおっしゃる。
左大将「あの、楽の名手たちがたいそう面白く演奏するところに、仲忠の侍従が来ないかなあ、と思っていたら、いっこうに出てこないで、日が暮れてしまったので、残念に思っていると、夕方になって、被け物を取りに来たではありませんか。すぐに引き留めて、酒を飲ませて
『あの琴を弾いて下さいな』
といっても、全然聞き入れない。父大将が中に入って、とてもすばらしい琴をご自身の手で持って来なさって
『やはりお弾きなさい』
とおっしゃるけれど、全然聞かない。
ただ琴の音を、--気が揉めるではないか--ちょっとだけ他の楽器に合わせて弾くんだよ。
なんか、こうもやもやするものだから、つい、
『もっとお弾きなさい。ご褒美にかわいい私の娘をやろう』
といった途端、階下に走り下り、舞を舞い、すばらしい音に調子を合わせ、実にたくさんの曲を弾いたんだ。またくいいようもなく、父大将なんかは涙を流していらしたよ。本当にまったくすばらしい方だよなあ。
 侍従は、演奏している様子も、まったく他の人とは似ても似つかない。なんとかして、お聞かせしたいものだ。」
とおっしゃると、
宮「どうすれば聞けるのでしょう。」
大将「まったく、生半可なことでは、聞くことはできますまい。琴を前に置いて帝が強いて弾かせようとした時でさえ、手も触れなかった人だ。今宵も、へたに頼んだならきっと逃げてしまっただろうが、やはり、そこはそれ、私は年季の入ったじじいだからね。容赦なく責めたからこそ、しぶしぶながらも弾いたんだよ。」
宮「では、あて宮に『さあお弾き下さい。お相手いたしますわ』くらい言わせたら、弾くかしら。」
「そりゃあ弾くだろうさ。こんど、機会があったらやってみようか。」
などとおっしゃる。
そして、右大将からいただいた被け物などを、まあ、美しい。などとご覧になる。

続きは次巻で。


 相撲の御饗もおわり、それぞれの家族はそれぞれの余韻に浸る。
 どちらの家でも、左大将のあて宮の発言が話題となる。

 東宮のお召しも聞き入れないほどの愛娘を、冗談でもくれようといってもらえたのは、右大将としても誇らしい。
 一方、左大将側は、どもまでも娘をだしにして仲忠に琴を弾かせようとする。
 仲忠に琴を弾かせたことを誇らしげに語る左大将は、まあ酒も手伝って、まあ調子のいいこと。
 妻大宮のほうも、娘をだしに使われたことを怒るかと思えば、のってくる。
 息子の悩みなどつゆ知らず、なんともお気楽な人々である。

 さて、これで「俊蔭」の巻はおしまい。

 昔話のようなファンタジックな物語も、気がつけば最後はホームドラマかよ、って感じ。

 物語の第一巻としてよむならば、多くの登場人物を登場させ、色々と伏線を張りおえたところか。これらの伏線が、次巻以降で具体的に語られる。

次は、あて宮に焦点を当てて読んでみようか。

というわけで、続きをお楽しみに。

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