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宇津保物語を読む2 藤原の君#15

真菅、長門を介してあて宮に文を届ける

 かくて、嫗、長門を帥殿へて行く。帥のぬし、(真菅)「翁やもめにてつきなく覚ゆれば、殿の若き御達、父ぬしに申さむとなむ思ふ。申し継ぎたまひてむや」。長門がいらへ、「おとどには聞こえたまふとも、とみにもならじ。御文賜はりて、あて宮にまゐらむ。嫗は男君になむ仕うまつりてはべる。孫なむこの御方に仕うまつりはべる」。ぬし、(真菅)「よろしきこと」とて、御文書かむとて、帯刀にのたまふ、(真菅)「われかくやもめにてあれば、ほれぼれしきを、によにん求めしめむとするに、よばひ文のやまと歌なきは、人あなづらしむるものなり。和歌一つ作りて」とのたまふ。帯刀、をかしう思ひながら、「しきおはせぬ宮仕へのはじめにはべるに、名づきにも奉らしめむと思はしむるをや。不例重くすべかりしによにんは、旅の空に隠れましにしかば、もの語らひすべき人もなきところには、ただかくなむ思はしむる」とて、
  (帯刀)「浅茅野に繁る宿には白露のいとどおきなぞ住み憂かりける
刈り捨てたまひてむや」と書きて、(帯刀)「かやうにていかがあらむ」と聞こゆ。(真菅)「よろしかめり」とて、清らなる香の色紙に書きて、(真菅)「これ、必ず御返りごと取らしめて」。とのたまひて、長門にぜに五貫、嫗によね二石取らせたまふ。
 長門、喜びて参りぬ。孫のたてきといふを呼びて、(長門)「姫君はいづくにかおはします」。たてき、「侍従の君と御琴遊ばす」。(長門)「これ、ひとに奉れ。殿の大い君の御文といひて、奉りたまへ」といふ。たてきあて宮に奉れば、見たまへば、鬼の目をつぶしかけたるやうなる手にて、言葉かかれは、あて宮おどろきたまひて、(あて宮)「これはかの君の御文にはあらず。長門が得たるにこそあれ」とて返したまひつ。

 こうして老婆は長門を帥殿の所へと連れて行く。
帥殿「わしもすっかり年を取り、独身の身でふがいなく思われるので、左大将家の若き姫君たちを妻としたいと、お父上にお願い申し上げようと思います。ついては、取り次ぎをしていただけまいか。」
長門「さあ、左大将様に申し上げたとしても、すぐにはどうにもならないでしょう。ですが、お手紙をいただいて、あて宮に差し上げてみましょう。私は男君にお仕えしておりますが、孫がこのあて宮にお仕えしております。」
帥殿「わるくない話だ。」
というと、お手紙を書こうとして、息子の帯刀におっしゃる。
「わしは、このようにやもめ暮らしでぼけているが、女性に求婚しようというのに恋文に和歌がないのは人にバカにされるものだ。代わりに和歌を一つ作れ。」
とおっしゃる。帯刀は滑稽に思いながらも代筆をする、
「……きちんとした仲人のいない結婚生活を始めるにあたり、名刺でも奉ろうと存じまして。重病であった妻は道中にて亡くなりました。語り合う相手もいない私は、ただこのようにおもっております。」
との手紙にそえて、
  浅茅が野に繁る我が家には、白露がたいそう置いておりまして、
  翁の私も、住んでいて辛いのです。
  (おきな=置き・翁)
草を刈ってはいただけませんか。」
と書いて、
「こんなんでどうでしょう。」
と申し上げる。
「よろしかろう。」
といって、よい香りのする色紙に書いて、
「これを。必ず返事をいただいて来るように。」
とおっしゃって、長門に銭5貫、老婆に米2石を与えなさる。

長門は喜んで屋敷に戻り、孫の“たてき”を呼んで、
「姫君はどちらにいらっしゃいますか。」
たてき「侍従の君と御琴を弾いてらっしゃいます。」
「これを、誰もいない時に差し上げなさい。怪しまれないように、殿の大君のお手紙だと言って差し上げるのよ。」という。
たてきはそれをあて宮に差し上げる。あて宮がご覧になると、鬼の目をつぶしたような字で歌が書かれているので、あて宮は驚きなさって、
「これは大君のお手紙ではありませんね。長門がもらった手紙でしょう。」
といってお返しになってしまった。


「鬼の目をつぶしかけた」ような文字ってどんな文字だよ。
老人と武士がブレインなので、どう頑張っても無粋なものしか出てこないようですね。
まあ、ヤクザ動員するよりはましだけれども。


真菅、長門の返事を誤解し、嫗を責める

 かくて、帥(そち)のぬし、嫗を召して、(真菅)「かの文は奉らしめてきや」。嫗、「乳母御、『いとよく聞こえ申さむ』とのたうびつ。御返りは必ずあらむ。賜(たう)ばりてまうで来む」と申す。ぬし、(真菅)「はや来(きた)れ」といふ。嫗、長門がもとに行きて、(嫗)「この御返り賜はりにぞまうで来つる」。長門、返したまへりといはで、(長門)「いづれのよばひ文の返しをかは、一度にはのたまはむ。度々の中にこそ一度もしたまはめ」。嫗、「さらば、ぬしの君の御もとに、おとどの御文を、ことのよし聞こえて奉れたまへ」。長門、「いとよきことなり」とて、(長門)「ことさらに、おとどの御方に聞こえになむ奉る。かの仰せごとは、いとよき折に聞こえさせてき。いかがはいつしかとは聞こえたまはむ。わがおとどの君、ものな思ほしそ。あがものとを思したれ、嫗しはべらば」と書きて取らす。嫗、持(も)てまうでて奉る。
 帥のぬし、かの御返りと思ひて見るに、嫗の手なり。言葉を見とかで投げやりていふほどに、(真菅)「この嫗、よき盗人なり。いかでか汝は左大将ぬしの娘の文とて、嫗の文をば持てまうで来る。われを謀らしめむとて、もどろかしむるにはあらずや。ことなせとて行はしめし米(よね)二石、ただ今奉らしめよ。ことを偽(いつは)りてものを盗めるなり。朝廷(おほやけ)にただ今奉らむ」とて、髪に縄をつけて後(しり)方(へ)手(で)に縛り、大きなる木に縛りつけたり。嫗縛られをりていふほどに、「かの文は、なほ見そこなはせ。かの乳母(めのと)のことのよし聞こえつるなり」。帥、投げやりつる文を取りて、下り走り、嫗のもとに行きていふほどに、(真菅)「わが嫗どもや、過ち仕まつりてけり。かの女人の文かとて見るに、手のあらざりつればしか申しつるなり。かの仲(ちう)媒(ばい)のよしいひ送れるなりけり」とて、手づから解き許して、率ていまして、簣子に筵(むしろ)敷きなどして、もの食はせたり。米二石、布十(と)匹(むら)取らす。(真菅)「こと成りなむとき、千(ち)匹(むら)の綾、錦も渡さむ。けしからぬことは忘れてましね」。嫗、「賜はることは尊けれど、心もあがかしく、人縛らせ、賜へるものをも召し返せば、行く先も御覧じ過(あやま)ちなば、かくこそはあらめ。こと成りなむとき、綾、錦も賜はらむ」といへば、またうち腹立ちて、(真菅)「大かたは嫗の、などかくは申す。くやつ、今また縛りかけよ。なむち口入れずとも、わが財(たから)しあらばありなむ」とののしりたまへば、逃げて往ぬ。
 

 こうして、帥殿は、老婆をお呼びになる。
「あの手紙は差し上げましたか。」
老婆「乳母様が『ちゃんと申し上げましょう』とおっしゃいました。ご返事は必ずありましょう。いただいて参ります。」
と申し上げる。
帥殿は「早く行ってこい。」という。
老婆は長門の所に行って、
「あのお返事をいただきに参りました。」
長門は突き返されたとは言わず、
「どなたの恋文であっても、一度ではお返事はいただけませんよ。何度も繰り返す中で一度くらいはお返事なさるのですよ。」
老婆「(ええ~困ったわねえ。)それなら私のご主人様のところに、あなたから事の次第を書いて説明して下さいな。」
長門「いいわよ。」といって、
「……特別に、ご主人様に申し上げます。あのお手紙はよい折を見つけてお渡しいたしました。しかし、このようなことは、どうして“今すぐに”と、ご返事申し上げましょうか。我がご主人様。ご心配なさいますな。“姫は既に我がものに”とお思い下さい。私が付いておりますれば、」
と書いて渡す。老婆はそれを持っていき、帥殿へとお渡しする。

帥殿はあて宮からの返事だと思ってみると、老婆の筆跡である。すっかり騙されたと勘違いして、何が書いてあるかも見もせずに投げ捨てて言うには、
「このばばあ、ひでえぬすつとだ。なんでおまえは左大将殿の娘の手紙だと言ってばばあの手紙を持ってくるんだ。わしを騙そうとしてごまかそうとしたな。手間賃としてやった米2石、たった今、返しやがれ。嘘をついてものを盗んだんだ。お上にいますぐ訴えてやる。」
といって、髪に縄をつけて後ろ手に縛り、大きな木に縛り付けた。
縛られた老婆の言うことには
「あの手紙はよくご覧になって下さい。あの乳母が事の次第を書いたものですよ。」
言われて帥殿は投げ捨てた手紙を拾い上げて改めて見ると、確かにその通りであった。
とたんに態度を変え、庭に走り下り、老婆のもとに行って言う。
「ばば様、私が間違っておりました。あの姫からの手紙だとすっかり思い込んで、見れば筆跡が全然違うのであんなことを申したのです。あの仲介の者から事の次第を言ってよこしたものだったんだねえ。」
といって、自らの手で、老婆の縄を解きになり、連れてきて、簀の子に蓆を敷いて、座らせ、食事を与える。米2石、布10疋を与えて機嫌をとる。
「うまくいった時には、さらに1000疋の綾と錦も差し上げましょう。さっきのことは忘れてくだされ。」
老婆「いただけるのはありがたいことですが、短気な御気性で、人を縛ったり、与えた褒美を取り上げたりされたんじゃあたまりませんわ。これからだって、勘違いされたら、また同じ目に遭わされるんじゃあないの。もう結構。うまくいったら、その時にまとめて綾でも錦でもいただきましょう。」
というと、また帥殿は腹を立てる。
「いったい、このばばあ、なんでえ、その口の利き方は。えらそうなことぬかしやがって。おい、こいつをもう一度縛りあげろ。おまえが口利きしなくたって、わしの財力をもってすれば、どうにでもなるんだ。」
と騒ぎ立てると、老婆は慌てて逃げ去った。

真菅、更にあて宮の侍女殿守に仲介を頼む


 かくて、あて宮の御方に、殿とのもりといふふるびとありけり。それを家に迎へてこのこといふ。殿守、「いとよきことなり」といふ。(真菅)「このことなしたまへらば、真菅、白きいただきの上に据ゑたてまつりて、いただきにいただきたてまつらむ」といひて、綾むら、銭二十貫取らす。

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、あて宮のところに、“殿守”という古参の女房がいた。今度はそれを家に招ききいれて、あて宮とのことを依頼する。
殿守「けっこうでございます。」
帥殿「仲介をなさっていただけたならば、私は白髮頭の上にも頂戴し、崇め敬い申し上げます。」
といって、綾10疋、銭20貫をお与えになる。


 ある意味、ドケチ高基とは別の意味での金の亡者である。なんでも金で解決できると思っている。
加えて短気である。

殿守もどうなることやら。

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