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宇津保物語を読む5 吹上 下#7


涼、仲忠四位中将、種松五位紀伊守に任ず

 帝御覧ずるに、はかりなくすべき方思されず。すなはち仲忠に正四位の位賜ひて、左近中将になされぬ。涼に同じ位、同じ中将になされぬ。涼源氏なり、きん仕うまつらずとも、この官位賜はるべし。その代はりに、祖父おほぢ種松に五位賜はりて、紀伊守になされぬ。
 帝、左大将にのたまはす、(帝)「今宵、涼、仲忠に賜ふべき物、国の内におぼえぬを、朝臣のみなむ賜ふべき」と仰せらる。大将、(正頼)「あなかしこ。おほやけにだにさぶらはざらぬ物を、正頼はいかでか賜ふべからむ」。帝、御時よくうち笑はせたまひて、(帝)「そこには女子あまたたまへる。ことにありがたくものせらるるを、今宵の禄には涼、仲忠に賜はむなむますものなかるべき」。大将、(正頼)「たまひ侍りなんに、わいても涼、仲忠が今宵の禄にあるべき女子や、誰もありがたくはべらむ」。(帝)「いはゆるあてこそ。それこそはよき今宵の禄なれ。涼にはあてこそ、仲忠には、そこに一の内親王ものせらるらむ、それを賜ふ」と仰せらる。涼、仲忠崩れ落ちて舞踏す。また涼、仲忠が位記、御前にて賜ふ。帝、仲忠が位記の上に書かせたまふ。
 (帝)松風しかく吹き干さば紫の
  深き色をばまたも染めてむ
仲忠、
  紫に染むる衣の色深み
  干すべき風のぬるきをぞ思ふ
涼が位記に、院の帝書かせたまふ。
 (院)秋深み野辺の草葉は老いぬれど
  若紫を今は頼まむ
涼、
  盛りだに花の朽葉の露をこそ
  今日紫の色は染めけれ
種松が位記に、左大臣、
 (季明)竜田姫紅葉の笠を縫ふことは
  ひとある松を露に会へとぞ
種松、
  佐保山の緑の峰に隠れたる
  松の陰にも今は入りぬる
など聞こえて、涼、仲忠、下りて舞踏す。種松すなはち上許さる。宣旨下りてまう上りぬ。

(小学館新編日本古典文学全集)

 帝はこの光景をごらんになり、予想外の出来事にどうしてよかおわかりにならなかった。
早速仲忠に正四位の位を賜い、左近中将に任じた。
涼にも同じく四位の位を賜い、左近中将に任じたが、元々涼は源氏であり、今回の琴の演奏がなくとも、この官位はいただけるものなので、その代わりに、加えて祖父種松に五位を賜り、紀伊守となさった。

 帝は左大将正頼におっしゃる。
「今宵、涼と仲忠に褒美として与えるものが、この国中探してもあるとは思えないのだが、おまえの所には褒美にふさわしいものがあるんじゃないか。(ほれ、あれじゃよ、あれ)」
とおっしゃる。
大将「畏れ多いことです。帝でさえ、用意できないものを、私がどうして与えることができましょう。(さて、なんのことでしょうなあ)」
帝は機嫌良くお笑いになって、
「おまえは女子をたくさん持っているだろう。とくに美しい姫を今宵の禄として涼と仲忠に与えたら、これ以上のことはあるまい。(あの子がおるじゃろう)」
大将「差し上げますにしても、とりわけ、涼、仲忠に今宵の禄としてふさわしい女子は誰も持ってはいませんでしょう。(誰のことです)」
「世間で評判のあて宮のことじゃよ。あの子なら今宵の禄としてふさわしいではないか。涼にはあて宮、仲忠には、おまえの所にいる私の第一皇女、それを与えようではないか。」
とおっしゃる。
涼と仲忠は感謝のあまり、庭に崩れ落ちるように駆け下りて拝舞する。
また、涼、仲忠の叙位の位記を帝の御前にて授ける。その時、帝は仲忠の位記の上に書き付けなさる。
 (帝)松風が今日のようにまた吹いたならば、
  紫の深い色にさらに染め上げてあげよう。
 (今度また演奏してくれたら、つぎは公卿だよ。 深紫=三位の袍の色)

仲忠
  紫に染まる衣の色が深いのでそれに引き換え、
  吹き干す風は不十分なものでしたのに。
  (風=仲忠の演奏、 位に不釣り合いな自分のつたない演奏)

涼の位記に嵯峨院がお書きになる。
 (院)秋が深いので野辺の草葉は老いてしまったけれど
  新たに生まれた若紫を今後は頼りにしよう
  (若紫=涼)


  盛りの時でさえ、花の朽葉のような我が身を
  院のご慈愛によって今日紫の色に染めていただけるのです

種松の位記に左大臣が
  竜田姫が紅葉の笠を縫ったのは
  たった一本の松を露に合わせるためだったのですね
  (緑の袍のおまえも、これからは深緋の袍になって、我らの仲間だよ)
    紅葉の笠=五位の深緋色の袍の色の喩え。
    松=従七位の緑の袍の喩え
    種松の出世を祝う歌

種松
  佐保山の緑の峰に隠れていた松も
  皆様の仲間に今はいることができました。

などと申し上げて、涼と仲忠は階下で拝舞する。種松もさっそく昇殿が許される。昇殿の宣旨が下り昇殿した。


 なんと、涼にあて宮を与えよとのお言葉が下る。しかし、以前、左大将正頼は仲忠に与えるともいっていた。そう簡単にあて宮の結婚が決まるわけはない。まあ、これもリップサービスであろう。

 興味深いのは、あて宮は、女一宮と同等に扱われていることだ。
女一宮の降嫁は貴族としての最高の誉れ、政治的には最高の名誉である。仲忠がますます世俗的な政治の世界に取り込まれていく伏線に見えてならない。琴の伝承者として物語世界に位置するのであれば、あて宮こそふさわしいと思うのだが。
 あて宮と仲忠が結ばれるとそこでこの物語は終わってしまう。仲忠の栄達をゴールとせずにさらに物語を進めるためにも、仲忠とあて宮は結ばれてはならない。

ならばゴールはどこに?。

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