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宇津保物語を読む8 あて宮#4


実忠も悶絶涼、仲忠、入内の御送りに参る

 源宰相も、参りたまひぬと聞きて、絶え入りたまひぬれば、おほ殿とのには騒ぎ満ちてののしる。上達部、親王みこたち、もの思ほし嘆く中に、ただ源氏の中将、藤中将、いみじう悲しと思ひながら、世の中ははかなきものなり、かく参りたまひぬとも、限りと思はじ、と心強う思ひて、御送りもせむと思ひていましたり。源少将も、伏し沈みて久しくなりぬるを、かねてより思ふやう、いかでこの参りたまはむ御送りをも仕うまつらむ、いささかなることも、殿のしたまふ度ごとに参らぬはなきを、やむごとなきことにしもまうでざらむや。数ならぬ身に、思ふまじきことを思ひめたるが、あやまちこそあれ、など思ひて参りたり。

 源宰相(実忠)も、あて宮の入内を聞き気絶してしまったので大殿は大騒ぎである。あて宮に懸想していた上達部や親王たちが嘆き悲しむ中で、ただ源氏の中将(涼)と藤中将(仲忠)の二人だけはたいそう悲しいと思いながらも、「世の中ははかないものである。このように参内なさったとしてもこれで終わりとは思うまい。」と心強く思い、御送りに参加しようと思っている。源少将(仲頼)も長いこと思い沈んでいたが、以前から「なんとかして参内の送りにお仕えしよう。些細なことであっても、左大将殿がなさることは、そのたびに参加してきたのだから、今回のような大切な行事であればどうして参加しないことがあろうか。身分もわきまえず許されぬ恋をしてしまったのがいけなかったのだ。」などと思い参上した。

仲澄あて宮の歌と忠こその加持で蘇生

 かく、みな集ひて、御車寄せて、「時なりぬ」と聞こしめすままに、宮、おとど、百済くだらあゐの色してうつ伏し臥して、願を立てたまへどかひなし。あて宮、宮、おとどのかく思し騒ぎ、よろづの人の参らせじとのみ思ふが聞かむこと、など思して、いみじく悲しきことをのみ聞こえつれど、耳にも聞き入れたまりはぬ心地ながら、かく聞こえたまふ。
 (あて宮)「別るとも絶ゆべきものか
  涙川行く末もあるものと知らなむ
な思し入りそや。いといみじく見たまへつつ、心憂しとは思ふものから、いとほしく」など書きて、(あて宮)「これ、かの君に奉れ」とのたまふ。兵衛の君、「おとど、宮、君だち、ひまなくおはしまし、かの君は、いふかひなくなりたまひぬるものを」と聞こゆ。あて宮、「なほ持て奉れ」とのたまふ。兵衛、「よき折持て参りて、御前に」。
 宮、おとどに聞こえたまふ。(大宮)「この頃、かくわづらふを、もの問はせつれば、女のりやうとなむいひつる。ただ今何わざをかはせむ」。忠こその御もとに、御ふみ遣はす。驚きて参りたまへり。うちに召し入るとて、宮、女君たち、立ち退しぞきたまへる、もの覚えぬ君の御手に、この御文を押し入れて、およびの先してかひなに書きつく。兵衛「これ、御方の御文なり」。侍従、死に果つるに、湯つゆばかり落とし入る。おとど、(正頼)「忠こそのげんあり」と、喜びたまふこと限りなし。かくまたたくを見たまひて、はまかづとも、よひ参らせむと思して、おとど、君だちが立ちたまひぬるほどに、この御文見て、ものわづかにいふ。喜びたまふこと限りなし。
 かくて、御車二十、糸毛六つに、がね造り十に、うなゐ車二つ、下仕へ車二つ、御前、四位三十人、五位三十人、六位数知らず。みなよき人なり。
 かくて、参るすなはちまうのぼりたまひぬ。御供の人、まかでたまふ。

(小学館新編日本古典文学全集)

  こうして、みな集まり、車を寄せて、「出発の時刻となりました。」と申し上げるが、大宮や左大将にとっては侍従のことが気がかりで、顔を青ざめたままうつ伏し、願などをお立てになるが、効果はない。
 あて宮は「父や母は兄を心配してこんなにも取り乱している。わたしの入内を快く思っていない人が、この様子を聞いたらどう思うかしら。兄は悲しくなるようなことばかり言ってきて、耳にするのもいやだったけれど、わたしの言葉で何とかなるのならば」と思い、文を書く。

 「たとえ別れたとしても、兄妹の縁は決して絶えはしません
  別れを惜しみ流す涙も、流れ着く先があるというものですよ

そんなに思い詰めないでください。兄様の気持ちは分かっておりますから。それは辛いことではありますが、やはりお気の毒で」
と書き、
「これを兄様に差し上げて」とおっしゃる。
兵衛の君は
「殿や宮様やご兄弟たちが大勢いらっしゃいますし、あの方は気を失っておりますのに」
と申し上げる。
「いいから持って行って」
「では、折を見て侍従の君に」
と兵衛はそれを受けとった。

 大宮は左大将に
「このごろ侍従がこんなに苦しんでいるので、占わせたところ、女の霊が取り憑いていると申しておりました。今すぐにでも何かご祈祷をさせたらよいのではないでしょうか。」
と申し上げる。
それならばと左大将は忠こそ阿闍梨のもとに手紙を送る。忠こそは驚いて参上する。
忠こそが部屋に上がるので、大宮や女君たちはお下がりになる。そのすきに兵衛は意識を失っている侍従の手にこの手紙を握らせ、指先で侍従の腕にこう書きつける。

「こ れ は、あ て 宮 様 の 文 で ご ざ い ま す。」

すると、侍従が、このとき薬湯を少しばかり飲み下した。
大将は「忠こその効験であるぞ」とたいそう喜びなさる。
侍従が瞬きをするのをご覧になり、「明日また退出するような事態になったとしても、今日のうちにさっさと参内させよう」と、準備のために大将も兄弟たちも部屋を後にした。
 侍従は手にした文を見て、ほんのわずか言葉を発する。侍従の回復を人々はお喜びになる。

 こうして、御車20台(糸毛6,黄金造り10、童女の乗る車2,下仕えの車2)御前駆は四位の者が30人、五位が30人、六位は数知れず、みな選りすぐりの者たちばかりである。
 こうして、入内するとすぐに、東宮の寝所へと参上する。お供の人々はみな退出する。


 忠こその霊験と言うよりは、やはりあて宮の手紙の力であろう。事態は回避された。
なんとも慌ただしい一日であった。入内の準備、人々の思惑、侍従とあて宮の対面、気絶、復活、喜び、悲しみ、惑い、苦しみ、様々な思いが錯綜する。濃度の濃い、実にドラマチックな演出である。

さて、侍従はこの後どうなるか?

 

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