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宇津保物語を読む4 吹上 上#12

四月1日送別の宴人々惜別の歌を詠む


 かくて、四月一日に君だち帰りたまふ。吹上の宮より出で立ちたまふその日のあるじ、常よりも心殊なり。君だち、唐のれうの綾の直衣、綾のかとりの下襲、薄物の青色の指貫、白襲の綾の細長一襲づつ奉る。
 かくて、御折敷前ごとに参り、机十前ごとに立て並べて、かはらけ始まり御箸くだりぬ。御前に舞台結ひ、あげばり打つ。
 かかるほどに、国のかんのぬし、今日出で立ちたまふなりとて、行く先にとまりたまふべき御こと設けしに遣はして、みづからは吹上の宮に、国のつかさ率ゐてまうでたまへり。
 かくて、ものの音など、惜しむ手なくかき合はせて遊ばしつつ、日高くなりゆけば、急ぎたまふ折に、あるじの君、かはらけ取りてかくのたまふ。
  (涼)語らはぬ夏だにも来る今日しもや契りし人の別れ行くらむ
少将、
  (仲頼)かへるとも君を恋ふべき衣をや着れども夏は薄き袂を
侍従、
  (仲忠)たち返り会はむとぞ思ふ夏衣濡るなる袖も乾きあへぬに
良佐、
  (行政)夏衣今日たつ旅のわびしきは惜しむ涙も漏るるなりけり
松方、「先々も侍りしかば」などて、
  (松方)このたびは惑ひぬべくぞ思ほゆる涙はここに先に立てども
近正、
  かくばかりあかずわびしき別れは二つなきにも惑ふベきかな
時蔭、
  夏蝉のに置く露の消えぬ間に会ふべき君を別れてふかな
種松
  初声に別れを惜しむ時鳥ほととぎす身をう月にや今日を知るらむ
とて、かはらけ度々になりぬ。
 かかるほどに、贈り物、引出物、設けたる数のごと奉りたまふ。御馬ども飾りそうきて、闕腋わきあけの衣着たるまやの人ども、馬一つに二人つけつつ、駒形先に立てて、駒遊びしつつ出でて、次々にみな引き並べたり。かくて、物負ほせたる馬どもは遅れて出でて、かかる引出物の折ごとに、らんじやうし舞す。
 種松が北の方、君だち三所に、ぬさ調じて奉れり。白銀のすきばこ四つづつ、くろばうの炭一透箱、金のいさに、白銀、黄金を幣に鋳たる一透箱の上に、歌一つ、やがて結び目に結ひつけさせたり。少将には、
  (種松妻)今はとてたつとし見れば唐衣袖のうらまで潮の満つかな
侍従の幣入りたる箱に、
  (種松妻)ふるさとに帰る幣だに取りうきを宿に待つらむ人をこそ思へ
良佐には、黄金の砂子入りたるに、
  (種松妻)君がため思ふ心はありうみの浜のに劣らざりけり
などて奉る。かづけ物は、赤色に二藍襲の唐衣、細長、袷の袴添へつつ奉りたまふ。将監ぞうどもに白張袴。
 かくて、からうじて出で立ちたまひぬ。あるじの君、宮の人を率ゐ、かんのぬし、〔絵指示〕ここは吹上の宮。衣替へして並み居たまへり。馬ども引き出で、駒遊び国の内をこぞりて見送りしたまへり。関のもとまで。

〔絵指示〕
ここは吹上の宮。衣替へして並み居たまへり。馬ども引き出で、駒遊びして出で来たり。鷹ども据ゑて、鳥の舞して出で来たり。白銀のはた馬ども、腹に人入れて、歩ませて引き出でたり。やりみずに黄金の舟ども漕ぎ連ねて、舟遊びして、びつ、蘇枋のすりなど、御前に取り出でたり。透箱も。
 これは、君だち。直衣姿にて、乗り連ねて出で立ちたまへり。
 ここは関のもと。国の守のぬし設けしたまへり。君だちに沈の折敷二十、御供の人に蘇枋の机ども立て並べて、物参りたり。かづけ物、女の装ひ一襲づつかづけて奉り、清らなるきぬびつ一つに、きぬ入れつつ奉りたまふ。

 そこより、守のぬし帰りたまひなむとする折に、都鳥遠き声に聞こゆ。少将、
  (仲頼)名にし負はば関をも越えじ都鳥こゑする方をももしきにして
侍従、
  (仲忠)いとどしく越えうきものを都鳥せきのこなたに聞くがうれしさ
良佐、こなた惜しみて、
  (行政)夕暮れにたなはなれたる駒よりも涙の川ぞ速く行きける
あるじの君、
  (涼)行く人の駒もとどめぬたなはしは惜しみ取りたるかひもなきかな
守のぬし、
  (紀伊守)泣きたむる涙の川のたぎつ瀬も急ぐ駒には遅れぬるかな
など、かたみに惜しみ交はして、関より別れて、京の人はのぼり、田舎の人は帰りたまふ。

(小学館新編日本古典文学全集)


 こうして、4月1日に君達はお帰りになる。
吹上の宮から御出立になるその日の饗宴は、いつも以上の心配りである。
君達は唐の花文様の綾の直衣に綾の縑の下襲、薄物の青色の指貫袴に白襲の綾の細長を一襲ずつお召しになる。すっきりとした夏の装束である。
 そして、御折敷がそれぞれの前に準備され、机10脚がそれぞれの前に立て並べられ、酒宴がはじまり、お食事を召し上がる。
御前の庭には舞台が作られ、天幕が張られた。
 そうしているうちに、紀伊守が、今日出発なさると聞きつけて、行く先々に宿泊の準備をさせるために使者を使わし、自身は吹上の宮に国府の役人たちを引き連れて参上する。
 そうして、音楽などを、技を惜しむことなく合奏して楽しみながら、日が高くなったので、出発を急ぎなさる時、あるじの君(涼)が、盃を取ってこのようにおっしゃる。

  夏さえも約束もなく来てしまった今日の日、
  どうして親しかった方たちは別れて入ってしまうのだろう。

少将(仲頼)
  都に帰るとしても
  あなたを恋しくおもうよすがともなるいただいた衣
  その衣を着たとしても、やはり夏になれば思いは薄れてしまうのでしょうか
  (かえる=帰る・袖が返る)(返る・着る・衣・袂=縁語)

侍従(仲忠)
  引き返して、再会したいと思っております。
  夏衣、別れの涙で濡れるという袖も乾かぬうちに。
  (たつ=立つ・裁つ)(裁つ・返る・衣・袖=縁語)

良佐(行政)
  夏衣、今日出立する旅のわびしさは
  惜しむ涙も濡れるほどなのです。

松方、「いつまでもご一緒できたならば」などと申して、
  今回の帰京は、道にも惑うように思われます。
  涙は、私に先立ち、道案内をしてくれるのでしょうが。

近正
  これほどまでにわびしくなって仕方のない分かれ道は
  一本道であっても、迷ってしまいそうです。

時蔭
  夏蝉の羽に置いた露が消えないうちに、
  再会すべきあなたと今別れるというのですね。

種松
  ホトトギズは初音を上げて別れを惜しんでおります
  別れの辛い卯月だと今日のこの日を思い知るのでしょう
  (う=憂し・卯月)

などと詠い、盃を重ねるのであった。

 そうしているうちに、贈り物や引き出物を準備した数のとおりに差し上げなさる。
御馬を飾り立て、闕腋わきあけの衣を着たまやの男たちを、馬1頭に2人ずつつけて、馬の作り物を先に立て、高麗遊びをしながら引き出して、次々に引き並べる。そして、贈り物を背負わせた馬はその後から引き出し、それぞれの引き出物が披露されるごとに乱声の楽を奏で舞を舞う。

 種松の北の方は君達3人に、幣を整えて差し上げる。白銀の透き箱4つずつ、黒方(薫き物)の炭透き箱が1つ、金の砂子に白銀や黄金を幣の形に鋳た透き箱1つの上に歌が1つそのまま結び目に結いつけてある。

少将に対しては
  今はいよいよと、お立ちになるのを見ると、
  唐衣、袖の裏まで潮が満ちるように涙で濡れるのですね
  (たつ=立つ・裁つ うら=浦・裏)(裁つ・袖・裏・衣=縁語)

侍従(仲忠)の幣が入っている箱には
  都に帰るあなたに差し上げる幣でさえ、手に取るのが辛いのですから
  ご自宅で待っている方のお気持ちが偲ばれます。

良佐には、黄金の砂子が入った箱に
  あなたのことを思う気持ちは
  荒海の浜の真砂にも劣りません。

などと書いて差し上げる。
被け物は赤色に二藍襲の唐衣、細長、袷の袴を添えて差し上げる。将監には白張り袴を差し上げる。

 こうしてようやくのこと出発なさる。
あるじの君は従者を引き連れ、紀伊守は役人たちを引き連れて見送りなさる。国境の関所まで。

〔絵指示 省略〕

国境の関所から紀伊守がお帰りになろうとするときに、都鳥の鳴き声が遠くから聞こえた。

少将(仲頼)
  都という名を持っているならば、
  都鳥の声のする吹上の方角を宮廷と思い、
  関所を越えて帰ることはしたくないなあ。

侍従(仲忠)
  たいそう関所を越えることは辛いのに
  都鳥がこちら側で鳴いているので、
  関所を越えなくて良いものと嬉しく思います。

良佐(行政)はここでの別れを惜しんで
  夕暮に横木から放たれた馬よりも、
  涙の川は早く流れゆくのだ。

あるじの君(涼)
  帰って行く人の馬も引き留めることのできない棚橋は、
  別れを惜しんで取り外しておいたかいもないことだ。

紀伊守
  泣きためた涙の川のたぎりたつほどの急流も
  帰りを急ぐ馬の速さには遅れてしまうのだなあ。

などと、互いに別れを惜しみ交わして、関所で別れ、京の人は上り、田舎の人はお帰りになる。


4月からは夏。春とともに吹上の宮をいよいよ離れます。
上京の途中、関所で、都鳥の鳴き声を聞く。
都鳥は伊勢物語を踏まえてのものでしょう。
東下りと上京。思いをはせる方角も都と吹上。対象的です。

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