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宇津保物語を読む 俊蔭4

西方よりの斧の音を聞く

 花の露、紅葉もみぢしづくをなめてありるに、明くる年の春より聞けば、この林より西に、木を倒す斧の声、遥かに聞こゆ。そのときに、俊蔭思ふ、ほど遙かなるを、響きは高し。音高かるべき木かな、と思ひて、ことを弾き、ふみじゆして、なほ聞くに、三年この木の声絶えず。年月のゆくままに、おのが弾く琴の声に響きかよへり。そのとき、俊蔭思ふほどに、ここら四つのすみ、四つのおもてを見めぐらすに、ここより離れて山見えず、天地ひとつに見ゆるまで、またかいなきに、琴のにかよへる響きのするは、いかなるぞ。この木のあらむところ尋ねて、いかで琴一つ造るばかり得む、と思ひて、俊蔭、三人の人にいとまを乞ひて、斧の声の聞こゆる方に、き足をいたして、強き力をはげみて、うみかはみねたにを越えて、その年暮れぬ。また明くる年も暮れぬ。

小学館新編日本古典文学全集より引用

 花の露、紅葉の雫をなめて過ごしていると、翌年の春から聞くと、この林より西に木を倒す斧の音が遙か遠くに聞こえる。そのときに俊蔭が思うには、
「遙か遠い距離なのに、音の響きは大きい。天高く響く木であるはずだ。」
と思って、琴を弾き、書物を朗読して、さらに聞くと、三年にわたりこの木の音が絶えない。年月がたつうちに、自分の弾く琴の音と似かよってくる。そのとき俊蔭が思うには、
「ここらの四維四面を見渡しても、ここから離れて山は見えない。天地が一つに見えるまで、ここより他の世界はないのに、琴の音に似かよっている響きがするのはどうしてだろう。この木があるところまで尋ねて、なんとかして琴を一つ造るほどの木材を手に入れたいものだ。」
と思って、俊蔭は三人の人に暇乞いをして、斧の音が聞こえる方角に急ぎ足で走り、力を振り絞って、海や河や峰や谷を越え、その年も暮れてしまった。また翌年も暮れた。

四つの隅(四維)=うしとら(北東)・たつみ(南東)・ひつじさる(南西)・いぬい(北西)
四つの面=東・西・南・北

・花や紅葉の露をなめて過ごす。仙人の暮らしぶり。

・3は特別な数字である。仙人の数も3であった。「竹取物語」にも三日、三年が多用される。かぐや姫の求婚者も、もとは3人であったという説もある。陰陽でいえば、奇数は陽、偶数は陰。

・「疾き足」という言い方が面白い。2年間にわたり海を越え、山を越え走り続ける。超人的である。

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