見出し画像

宇津保物語を読む 俊蔭Season5 #5

仲忠、仲澄と兄弟の契りを結ぶ

 かく、いとになく遊びて、夜更けぬれば、からうじて盗まはれて、のところにおはして、仲忠「あさましく、大将殿の強ひたまひて、きん仕うまつらせたまへるに、こうじにたり」とて、御氷召して参る。そこに仲澄の君おはしければ、たいして物語したまふ。仲忠、「内裏うちにては時々対面たまはするときはべれど、細かなることは聞こえさせずはべりつるを、いとうれしくもおはしましけるかな」。仲澄、「はなはだかしこし。仲澄も聞こえさせむと思ひたまへながら、御いとまもなかめれば、え聞こえさせずなむ」。仲忠、「上にさぶらひなどするをりも、おとど一ところ放ちたてまつりて、いささかあひうしろたまふべき人もなければ、心細くなむ覚えはべるを、いかでかたみに近う語らひきこえはべらむ。内裏うちにも、このごろはをさをさ参りたまはぬは、いかなることにか」といふ。仲澄、「いかなるにかはべらむ。みだここ悪しうはべれば、宮仕へもしはべらずなむ」。仲忠、「などさものせさせたまふらむ。もし、見ぬ人恋ふる御病か」。仲澄、うち笑ひて、「今はあふひも用なきものを」と言ふ。仲忠、「まこと、宮にも、殊なるぞくもなかめり。君を深き契りなして、語らひ聞こえよとなむのたまはせし」。「仲澄にもしか仰せられて、少将、兵衛佐、はらからの契りなしたり。君だちもさる契りなせとなむ仰せられし」。仲忠、「いとうれしきこと」など、かたみにのたまひて、仲澄、「いといたう酔ひて、えつぶさに聞こえず」といへば、仲忠、「日ごろ思ひたまへつることをとり申しつるなむ、今宵の喜びにはベる」といふ。(仲忠)「今、かの殿にさぶらはむ」とて、仲澄まかでぬ。

(本文は小学館新編日本古典文学全集)

 このようにすばらしい演奏が行われ、夜が更けたので、やっとのことで仲忠は抜けだし、ご相伴の方々の席まで戻り、
「ひどく左大将殿が無理強いなさり、琴を弾かせなさるので困ってしまいましたよ。」
といって、氷を召し上がる。
そこに仲澄の君がいらしたので、お会いしてお話をなさる。
仲忠「宮中では時々お会いする時もございますが、あまりお話しすることができませんでしたが、今日お越しいただき、うれしく存じます。」
仲澄「とんでもない。私もお話ししたいなあと存じながら、話しかけるきっかけもないようで、声をかけることもできませんでした。」
仲忠「殿上にお仕えする時も、父以外には、だれも後見して下さる方がいないので、心細く思っておりましたが、ぜひこれからは互いに親しく語り合いたいものです。
それはそうと、宮中には最近めったに参内なさいませんのはどうかなさったのですか。」
という。
仲澄「どういうわけかわかりませんが、気分がなんともすぐれませんので、宮仕えもできなくて。」
仲忠「どうしたのでしょう。もしかして、「見ぬ人恋ふる」恋の病でございますかな。」
仲澄は笑って「いやいや今は“あふひ”の薬が効くような恋煩いなんかじゃありませんよ」とごまかす。
仲忠「しかし、ほんとに、春宮からも、私にはそれといった親族もいないようなのを心配して、あなたと仲良しになって、ご相談なさいとおっしゃられていたのです。」
「以前私にもそのようにおっしゃって、仲頼の少将、行政の兵衛佐とは兄弟の約束をいたしました。あなたとも『おまえたちもそのような約束をしなさい』とおっしゃいましたよ。」
仲忠「それはうれしいことだ。」
などと互いにおっしゃり、
仲澄「たいそう酔って、もうこれ以上詳しくお話しできません。」
というと、
仲忠「日ごろ思っておりましたことを、申し上げることができたのは、今宵の喜びです。」
という。
仲忠「今度、あなたのお宅に参りましょう。」
というと、仲澄は退出なさる。

見ぬ人恋ふる御病
 =われこそや見ぬ人恋ふる病すれあふひならではやまぬ薬なし
(拾遺集・恋一 読み人知らず)
 「あふひ」に「葵」と「逢ふ日」をかける。


仲忠君、友だちできてよかったね。
「今度遊びに行くよ」なんて、若者らしい挨拶だけど、
ちゃっかり、あて宮とのお近づきのチャンスを手にする。

そのうち、「おまえの妹、かわいいなあ」なんて話すようになるのかしら。
「俺の妹がそんなにかわいいわけがない」とかなんとか、

え?仲澄の病気の原因?
そりゃあ、あれでしょ。やっぱり。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?