見出し画像

宇津保物語を読む2 藤原の君#14

滋野真菅、あて宮を望み、嫗に仲介を頼む

 ざいさきそつしげののすげといふ宰相、年六十ばかりにて、子どもある道に失ひて上り来たり。あて宮を聞きつけて、いかでと思ふ。ついでなくてえ聞こえぬを、そのわたりに住む嫗、かかることを聞きていふほどに、(嫗)「大将殿こそ、君だちあまたおはすれ。みな御方々に婿どりしたまへれど、今一はしらはまします」。帥、「よろしきことなり。父ぬしに請ひまつらむと思ふ」。坊の帯刀たちはきなるむすのいらへ、「かの君は、宮よりもいとせちに召す。上達部、親王たちもあまた聞こえたまへど、ただ今は思ほし定めざめり。おのづから少将くはしきことは聞こえたまひてむ」。父ぬしのいらへ、(真菅)「かの父ぬしは、ものはさぶらふべきとせざりしぬしぞ。さればせしめぬなり。真菅らがせうもち贈らしめて、ちゆうばいわきざしらうちして、請はしめむ。おほくのみたからはつくすとも、得かねてむやは」。嫗のいらへ、「しかなり。何かは聞こし召さざらむ。世界は一に、とぞ。ことはなほ嫗たばかり聞こえむ。父おとどにもな聞こえたまひそ」。ぬしのいらへ、(真菅)「さもせしめむかし」。嫗、「かの殿の御乳母めのとながのおとどといふ、知りたまへり。それにこのないを語らひたいまつらむ」とて、大将殿に嫗行きていふほどに、(嫗)「このごろまうでむとしつれど、雨のかく降れば、かしらもさし出ででなむはべりつる」。長門、「長雨の降れば、ことたばかりもえせで、童べをぞもてわづらふ。嫗ども、御世の中はいかにぞ」。嫗のいらへ、「あやしきやうにてぞはんべる」。長門がいらへ、「われもこのごろはさばかりぞ。ひと喜びもせでぞ籠りをる」。嫗、「いとまにましますなるを、嫗の宿りにみさい賜はらむ。この今日、たばかりありし畑、うち掃きて麦さすばかり、昨日なむちぎり集めてはべる。何のも、つぼしりに入れてまうで来ぬ。うまからずとも、ー口まゐらむ。さてもの語らひもうち聞こえむかし。知れるどちこそ、あど語りもすなれ」。(長門)「さや、よくのたまへり。このごろは、願はしきものなり。殿には人いと多かれども、われらが友達にすべき人もなし。乳母めのとたちも、若くとてある限りぞある。われのみ貧しく老いしれにたるや」といふ。嫗、「いづれの君にかは仕うまつりたまひし」。(長門)「太郎左大弁の君になむ仕うまつりし」。(嫗)「このかみにおはします君に仕うまつりたまひければこそ、老いたまひにけれ」とて、もろともに出でて行く。
〔絵指示」省略

(小学館新編日本古典文学全集)

 太宰の先の帥、滋野真菅という宰相は、60歳ほどで、子をもうけた妻を帰路の途中で失い上京してきた。あて宮の噂を聞きつけて、何とかしてわが妻にと思う。しかし、つてがなくて手紙を送ることができなかったが、近くに住む老婆が、その話を聴いて
「左大将殿の所には、姫君が多くいらっしゃります。みなそれぞれ婿を迎えていらっしゃいますが、お一人だけ残っていらっしゃいます。」
帥「悪くない話だ。父左大将にお願いしよう。」
東宮坊の帯刀である真菅の息子の返事には
「その姫君は東宮からもしきりにお召しがあります。上達部や親王たちも大勢求婚なさっていますが、未だに、お気持ちを決めておりません。その点については、左大将家の家司を務めております兄の少将が詳しいことはお答えできると思います。」
父真菅「あの父の左大将は貯蓄はあまりしない男だという。だから何かと物入りであろう。私が荘園からの上納品を贈り、仲介者には反物などを渡してお願させよう。たくさんの財宝を尽くせば、どうして姫を得られないことがあろうか。」
老婆「そのとおりでございます。どうして聞き届けにならないことがありましょう。“世界は1番のものが”と申します。このことはやはり、私が取り計らいましょう。父左大将にも申し上げなさいませぬように。」
真菅「そうしよう。」
老婆「あの殿の乳母の“長門のおとど”というものを知っております。その方に事情を話してお願いいたしましょう。」
といって、左大将宅に老婆が出かけて言うには、
「日ごろお伺いしようと思っておりましたが、雨がこう降っておりますので外に出ることもできませんで。」
長門「長雨が降っておりますから、遊びの計画も立てられず、子どもたちももてあましておりますわ。婆や、世間の様子はいかが?」
老婆「あんまりですわねえ。」
長門「私の所も近頃はさっぱり。一つもよいことがなくて、籠もりっきりですわ。」
老婆「お暇でいらっしゃるようでしたら、私の所にいらっしゃいませんか。今日、準備して置いた畑を、すっかり掃いて麦を植えるばかりにしました。昨日それをかき集めまして。何の粉も壺に入れて持って参りました。お口に合わぬかも知れませんが、一口差し上げましょう。それでお話しなどさせていただいて。親しい者同士、打ち解け話もしましょうよ。」
長門「そうね、いいわね。今の私には願ってもないことだわ。大将家にはたくさん人がいるけれど、私たちみたいなお婆ちゃんが友だちとするような人はいないもの。乳母たちも若い人ばかりで、私だけが貧しく老いぼれておりますのよ。」
老婆「どの方にお仕えなのですか?」
「太郎左大弁の君にお仕えしております。」
「ご長男にお仕えしていらっしゃるから最年配でらっしゃるのね。」
などといって、連れだって出かけてゆく。


 また、個性的な人物の登場です。60歳のおじいさん。

 老婆を仲介役にするあたりで、既にフラグ立ってるような気もします。息子が左大将家の家司ならそっちからアプローチすればいいのに。
老婆は自分から仲介役を買って出るあたりも、何かしでかしそうで楽しみですね。
左大将家に経済的援助をして気を引こうとするなど、九州でかなり財を蓄えたようで、省略した「絵指示」にも裕福な生活ぶりが描かれてもいる。
上野の宮の博打や三春高基の徳町やら、こういう脇役が活躍する話は、思いなしか作者の筆も冴えているようで、楽しいですね。

この記事が参加している募集

#国語がすき

3,864件

#古典がすき

4,218件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?