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宇津保物語を読む8 あて宮#5


仲頼、木工の君に失意の心を訴え出家する

 源少将、の君に会ひて、とみにものもいはで、涙を流すこと限りなし。(仲頼)「年ごろ、いともかしこくて、ものれたるやうに御覧ぜられつるを、なにの報いにかありけむ、つたなき身に、おほけなき心つきて、今まで侍るべくも覚えざりつれど、御送りをだに仕うまつりてこそとて。いでや、君に対面することさへ限りに覚ゆるこそ、いみじう悲しけれ」とて、
 (仲頼)今はとてふりづる時は
  紅の涙とまらぬものにぞありける
とだに、さかしうもいはで、泣き惑ふこと限りなし。の君、「心細くものたまふかな。年ごろは、げに心ざしありて聞こえたまふと見たてまつりつれど、かく参りたまひぬるがかひなきこと。いでや、ひとところにもあらず、いとほしくぞ承るや」とて、
 (木工)「深き色に君しもなどかふりづべき
  誰もとまらむ涙ならぬを
世の常に思しなせかし」。少将、いふばかりなく泣き惑ひて、帰りてすなはち法師になりにけり。
〔絵指示〕
 これは、あて宮の内裏うちに参りたまへる。
 これは、御車ども引き立てたり。りたまへる。大人、童、群れて歩める。
 これは、御つぼね。上にまうのぼりたまへる。靱負ゆげひ乳母めのと、御使つかひに来たり。
 源少将、木工の君と物語したり。

 源少将(仲頼)は、あて宮付きの女房、木工の君と面会をするものの、すぐにはものも言わず涙を流してばかりである。
「ここ数年、畏れ多くも、左大将殿には親しく接していただきましたが、つまらない身でありながら分不相応な恋心を抱いてしまいました。もう、生きていられまいと思っておりましたが、あて宮の御送りだけでもお仕えしようとそれを支えに生きながらえておりました。しかしそれはさて、あなたとお会いすることさえもうこれが最後かと思われますのが、悲しいことで。」
といって、

  今はもうこれまでと、出家するときは
  紅の涙も止まらないものなのですね

と歌を口ずさむが、それさえはっきりとはお口に出来ず、泣き惑うことこの上ない。
 木工の君「心細いことをおっしゃいますね。長い間、心を込めて訴えていらっしゃいましたが、このように入内が決まってしまったのはなんとも残念なことで。でも出家だなんて、あなたは独り身ではございませんでしょう。奥様がお気の毒なことだとうかがっていますよ。」
といって、

  深い墨染めの衣を着てどうして出家してしまうのでしょう
  誰もが止まらぬ涙を流しておりますのに

失恋なんてよくあることだと思ってお諦めくださいまし。」
 少将はそれでも、言いようもないほどに泣き惑いなさり、帰るとすぐに法師となってしまった。

〔絵指示〕省略


(元)愛妻家源仲頼の登場。貧乏もいとわず宮内卿の娘と結婚したが、あて宮によって人生狂わされてしまったひとり。
音楽の才能も高く、本当であればもっと栄達したであろうに、つくづくも残念である。

あて宮、殊に東宮の寵遇を受け、妊娠する

 かくて、宮に参りたまひにしより、まうのぼりたまはぬなく、御局に宮渡りたまはぬ日なし。よろづのこと、せぬわざなく、上手にものしたまへる御遊びがたきにしたまふ。宮にそぶらひたまふ人々、大将殿の大宮の御はらから、同じきさいばらの小宮と聞こゆる、左大臣殿のおほいぎみ、右大臣殿の大君、右大将殿の大君、平中納言。かく候ひたまふ中に、小宮、右大将殿なむ、時におはしましける。ことびとはよろしく、左の大殿、あるが中に年老い、かたちも憎し、時なし。心のさがなきこと二つなし。君だちまだ生まれたまはず。
 かくて、あて宮参りたまひて、また人あるものとも知りたまはず、うちはへまうのぼりたまふ。まれに人の宿直とのゐは、くるまで、この御つぼねにのみおはしまして、御遊びなどしたまふ。
 かくて、二日ばかりありて、参上りたまへるつとめて、東宮、
 (東宮)めづらしき君に会ふ夜は
  春霞あまの岩戸を立ちも込めなむ
とのたまふ。あて宮、寝たまへるやうにて、ものも聞こえたまはず。
 かかるほどに、にんじたまひぬ。
〔絵指示〕
 ここは、大将殿の御局。ここに、あて宮、中納言の君年十九、わうの君二十一、そちの君十七、宰相のおもと十八、兵衛の君二十、中将、少弁、たいの君、少将の御、少納言、左近、右近、衛門などいふ人、いと多かり。うなゐなど、御ぜんに候ふ。
 左大弁の君、参りたまへり。そこに宮おはしまして、しやうの御琴遊ばす。あて宮と御碁遊ばす。
 大将のおとど、御局に参りたまへり。宮、(東宮)「なほ、ここに」などのたまはすれば、御ぜんに候ひたまふ。ものなど聞こえたまひて、(東宮)「仲澄は、などか久しく参らぬ」。大将、(正頼)「日ごろあさましく病に沈みはべりて、交じらはずてなむ侍る。よろづの神仏に願を立てはべれど、今は頼むべくも侍らず」。宮、(東宮)「らうたきことかな。朝廷おほやけにも仕うまつりぬべく見えつるものを。実忠の朝臣も、さぞいふなる。あやしう、人のあいども、などかかるらむ」とのたまふ。

(小学館新編日本古典文学全集)


 さて、あて宮は東宮のもとに上がって以来、御寝所に上がらない夜はなく、また御局に東宮がお渡りにならない日もない。あて宮は様々な芸事に秀でているので、東宮にとっては欠かせない遊び相手である。
 東宮にお仕えしている方々には、左大将(藤原正頼)殿の妻のご姉妹で、同じ后腹の小宮と申し上げる方や、左大臣(源季明)殿の長女、右大臣(藤原忠雅)殿の長女、右大将(藤原兼雅)殿の長女、平中納言の娘などがいらっしゃる。その中でも、小宮と右大将殿の姫がご寵愛を受けていらっしゃった。ほかの方々は並の扱いで、中でも左大臣の姫は年配でご容貌も劣っていらっしゃるので、ご寵愛は受けておらず、また性格もずいぶんと悪いようである。東宮のお后の中でお子を産んだものはまだ誰もいない。
 そのような中に、あて宮が入内なさったのであるが、競争相手などなきもののごとく、絶えず東宮の御寝所にお上がりになる。ごく稀に他のお后がお上がりの夜は、逆に東宮は夜更けまであて宮の御局にいらっしゃって、音楽を奏でなどして時間をつぶしている。
 とある夜。
 その日は二日ぶりに東宮のもとにお上がりになったのであるが、翌朝になって

  ひさしぶりにあなたに逢う夜は、春霞よ、
  天岩戸に立ちこめておくれ。いつまでも夜が明けないでほしいのだ。

と東宮がおっしゃるが、あて宮は寝たふりをして何もおっしゃらない。
 とまあ、こんなそんなで、ご懐妊となった。

〔絵指示〕省略

 左大将殿があて宮の御局にいらっしゃるときに、東宮がお越しになった。
東宮が「どうぞそのまま」などとおっしゃるので、そのまま御前に控え、世間話などなさる。
東宮「仲澄はどうして最近出仕しないのだ?」
左大将「最近ひどく病み伏せっておりまして、出仕できずにおります。多くの神仏に願を立てておりますが、今はもう助かりそうもございません。」
東宮「かわいそうになあ。朝廷でも欠かせない人物であるのに。実忠の朝臣も同じようだと聞いている。不思議なことだ。愛すべき者たちがどうしてこんなことになるのだろう。」
とおっしゃる。


 あて宮の寵愛ぶりと東宮のお后の紹介。先に入内したお后など眼中にないほどである。左大臣の姫の悪口は書かんでもいいように思うが、身分的に最も高い后が寵愛を受けない理由の説明であろう。源氏物語にあてはめれば、あて宮は藤壺宮で、左大臣の娘は弘徽殿女御か?なればドロドロドラマの布石か?
 左大将に縁のある小宮と、右大将(仲忠の父)の娘があて宮のライバルである。東宮が帝となれば、権力争いの火種になりそうな予感をさせる。さてどうなるか楽しみだ。

それはそうと、
 貴公子たちがみな病み伏せっているのを不思議がる東宮。
自分が原因だって、ほんとに気がついていないの??

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