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宇津保物語を読む2 藤原の君#8

正頼、宮の謀計を知り、偽あて宮を立てる

 かかることを、大将のおとど、聞きて笑ひたまふこと限りなし。(正頼)「われをはかなしと思して、謀りたまはむと思すななり。何かは謀られたてまつらむかし」とて、かずまさの少将に、(正頼)「とうりう寺に、上野かんづけ親王みこの、大いなるわざしたまふなるを、どころおのこどもやりて、ところ取らせよ。若き子どもやりて、もの見せむ」とのたまふ。少将、御寺に行きて、まへどころ取らす。宮の男ども、「わが宮の御ためにおろそかにいますがる殿には、なでふところか取らすべき」といへば、少将、(和政)「ただ、御車一つばかりなり。中のおとどの姫君の、『おもしろかるべきことなり。見たまはむ』と聞こえたまへばぞ」といへば、(宮の男)「よし、あだは徳をもちて、とぞいふなる」とて取らせつ。
 その日になりて、おとど、らふ、仕うまつる人の娘、年若く、かたち清げなるを召して、装束いとよくせさせたまひて、舎人とねりの娘、大人二人、童一人は樵夫きこりの娘なりけり、がね造りの車一つ、らうの車二つ、黄金造りには、下﨟の娘、大人、童を乗せ、檳榔毛には、殿のたち乗せて出で立つ。(正頼)「あてこその御徳に、この人の、かの君の御にてあらむことよ。ただ人のよきにはまさりなむかし。ゆめ気色見すな。あてこそのさうじと思ひなしてあれ」とのたまふ。
〔絵指示〕省略

このようなことを、左大将殿は聞いて、お笑いになることこの上ない。
「私を、取るに足らないものだと見くびって、計略をめぐらそうとなさったようだ。どうして騙されようぞ。」
と、家司である和政の少将に
「道隆寺で、上野の親王がたいそうな催しをするようなので、政所の男たちを遣わして、場所取りをさせよ。若い娘たちをやって、見物をさせよう。」
とおっしゃる。少将は寺に行って最前列に場所をとる。上野の宮の男たちは
「わが宮に対して疎遠な態度を取っている殿に、よい場所なんかとらせるものか。」
というと、
「たった車一つだけですから。中の御殿の姫君(あて宮)が『面白そうだわ。見てみましょうよ』とおっしゃるのだから。」
というと、
「よろしい。仇には徳を以て答える、というようだからな。」
とって、場所を取らせる。
 その日になって左大将は下﨟として仕えている人の娘で、年若く器量のよいものを呼んで、装束をたいそう立派におさせになり、舎人の娘で年配の女房二人に、木こりの娘の童一人を、黄金造りの車一つと、檳榔毛の車二つを用意し、黄金造りには下﨟の娘と女房童を乗せ、檳榔毛には左大将家の女房たちを乗せて出発する。
「あて宮のおかげでこの娘はあの方の妻になるのだからね。普通の人の気が利いたものよりは、いいだろう。決して気取られるでないぞ。あて宮本人のふりをするのだ。」
とおっしゃる。


いきなりばれてるぞ。


上野の宮、偽あて宮を奪い取り、喜ぶ

 かくて、この寺には、今日の色ふしにて、けしからぬ、いと多かり。遊びのところには、嵯峨の院の牛飼、かうぜちのところには、講説のおさ、楽とては、つづみ打ちて遊びす。講説とては、こじきするをす。
 かかるほどに大将殿の御車、ぜん三十人ばかりして立ちぬ。親王の君、「しそしつ」とて仰すやう、「御講始めよ」とのたまへば、うしかひ辻遊びす。らうそくども集まりて、声を合はせてののしれば、物見に来たる人々、いとほしくもあり、をかしくもあり。博打、京童ベ、数知らず集まりて、ーの車をひ取る。殿の人々から騒ぎすれば、車のすだれかかげてのたまふ。(上野の宮)「奪ひ得つ。これやこの、惜しみたまふむすめ。なめき罪ぞ謀らるる。おろそかなる罪ぞれうぜらるる。すごろくのぬしたち」といひて、牛飼ども、田鼓ども打ちて、草刈笛吹く。
〔絵指示〕省略
かくて、宮におはしまし着きて、年ごろ思し設けたりしところに据ゑて、七日七夜、豊の明かりして、うち上げ遊ぶ。博打、また祈りせし大徳そうけい召して、(上野の宮)「あが仏たちの御徳に、年ごろなめき目見はべりつる心地静めて、喜び申しはべり。今は、かの仏の御かた現したてまつり、よろづの神たちに返り申しの幣帛てぐら奉らむ」とて、河原に出でたまふとて、(上野の宮)「祈りのことども、もろともに、この返り申しはたすこと。神仏、世の中にいますがらぬものにやはありける」とて、北の方に、(上野の宮)「あが君の御ために、かく、よろづの神仏になむ祈り申し思ふもしるく、もろともにはたしたてまつること」などて、
  ちはやぶる神も祈りは聞くものをつらくも見えし君が心か
北の方、
  住みなれぬ宿をば見じと祈りしをわれには神もかひなかりけり
など、気色もなくいふ。
〔絵指示〕省略
小学館新編日本古典文学全集)

さて、いよいよ、寺では今日の法会の催しが始まるが、博打が準備しただけあって、まったくもって、むちゃくちゃである。

まずオープニングの演奏は、嵯峨院の牛飼いによる草刈り笛のファンファーレ。
仏典を講ずる講説が入場するのだが、なんと講説の長が鼓を打ちながら現れ、
その講説の内容や否や乞食のマネをしているとしか思えない。

そんなことが行われている所に左大将殿の車が御前30人ほどを連れて到着する。親王の君は「しめしめ」と思って、声をあげる。
「御講をはじめよ」
それを合図に、牛飼いが辻遊びをする。それに合わせろうそくと呼ばれる者たちが集まって来て、声を合わせて大声を上げるので、見物人たちは、ドン引きしたり、おもしろがったり。
そこに今がチャンスと博打と京童がわっと多数集まって一の車を奪い取る。
左大将家の人々は一応騒いだふりをして慌てた演技。
親王は車に飛び乗り、簾をかかげておっしゃる。
「奪い取ったぞ!これが、惜しみなさった御娘ぞ。私に無礼な罪を働いたからだ。私を軽んじた罪を償ってもらうぞ。それ双六たちよ!」
というと、牛飼いたちは田鼓をうって、草刈り笛を吹いてはやし立てる。

こうして上野の宮に到着なさり、長年準備していたところに女を住まわせ、7日7晩、披露宴をする。発案した博打や祈祷をした大徳宗慶をお召しになり、
「皆さんのおかげで、長年無礼な扱いを受けていた悔しさも癒やされ、喜んでおります。願いのかなった今は、お約束通り仏のお姿をお造りし、万の神々にお礼の御幣を献上いたしましょう。」
といって、願果たしの祈祷のために河原にお出ましになり、
「祈願いたしましたこと全て叶い、一緒にお礼を申し上げることができました。神仏は確かにこの世にいらっしゃったのです。」
と奪い取った偽の北の方にむかって
「あなたのために、このように多くの神仏にお祈り申しましたが、その甲斐あって、あなたと結ばれ、ともに願果たしができるのです。」
などといって、

ちはやぶる神も祈りは聞き届けて下さるのに、
  今まであなたの心はなんと辛く思われましたことか。

偽北の方

住み慣れない宿は見まいと祈っておりましたのに、
  私には神は甲斐のないものでした。

などと、すっかりあて宮になりきって答える。

ろうそく=不詳


今までの求婚者が、それでも貴族的な振る舞いで言い寄ってきたのだが、あまりにも荒唐無稽な宮の様子は、ずいぶんと振り切ってきたなあ、と思う。
ここまでゆくと、かえってそのエネルギッシュさが魅力的にも感じられる。
皇族でありながら、貴族社会を突き抜ける、いわばアンチヒーローである。

さて、次はどんな人が登場するか。(楽しみだなあ)

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