宇津保物語を読む2 藤原の君#8
正頼、宮の謀計を知り、偽あて宮を立てる
このようなことを、左大将殿は聞いて、お笑いになることこの上ない。
「私を、取るに足らないものだと見くびって、計略をめぐらそうとなさったようだ。どうして騙されようぞ。」
と、家司である和政の少将に
「道隆寺で、上野の親王がたいそうな催しをするようなので、政所の男たちを遣わして、場所取りをさせよ。若い娘たちをやって、見物をさせよう。」
とおっしゃる。少将は寺に行って最前列に場所をとる。上野の宮の男たちは
「わが宮に対して疎遠な態度を取っている殿に、よい場所なんかとらせるものか。」
というと、
「たった車一つだけですから。中の御殿の姫君(あて宮)が『面白そうだわ。見てみましょうよ』とおっしゃるのだから。」
というと、
「よろしい。仇には徳を以て答える、というようだからな。」
とって、場所を取らせる。
その日になって左大将は下﨟として仕えている人の娘で、年若く器量のよいものを呼んで、装束をたいそう立派におさせになり、舎人の娘で年配の女房二人に、木こりの娘の童一人を、黄金造りの車一つと、檳榔毛の車二つを用意し、黄金造りには下﨟の娘と女房童を乗せ、檳榔毛には左大将家の女房たちを乗せて出発する。
「あて宮のおかげでこの娘はあの方の妻になるのだからね。普通の人の気が利いたものよりは、いいだろう。決して気取られるでないぞ。あて宮本人のふりをするのだ。」
とおっしゃる。
いきなりばれてるぞ。
上野の宮、偽あて宮を奪い取り、喜ぶ
さて、いよいよ、寺では今日の法会の催しが始まるが、博打が準備しただけあって、まったくもって、むちゃくちゃである。
まずオープニングの演奏は、嵯峨院の牛飼いによる草刈り笛のファンファーレ。
仏典を講ずる講説が入場するのだが、なんと講説の長が鼓を打ちながら現れ、
その講説の内容や否や乞食のマネをしているとしか思えない。
そんなことが行われている所に左大将殿の車が御前30人ほどを連れて到着する。親王の君は「しめしめ」と思って、声をあげる。
「御講をはじめよ」
それを合図に、牛飼いが辻遊びをする。それに合わせろうそくと呼ばれる者たちが集まって来て、声を合わせて大声を上げるので、見物人たちは、ドン引きしたり、おもしろがったり。
そこに今がチャンスと博打と京童がわっと多数集まって一の車を奪い取る。
左大将家の人々は一応騒いだふりをして慌てた演技。
親王は車に飛び乗り、簾をかかげておっしゃる。
「奪い取ったぞ!これが、惜しみなさった御娘ぞ。私に無礼な罪を働いたからだ。私を軽んじた罪を償ってもらうぞ。それ双六たちよ!」
というと、牛飼いたちは田鼓をうって、草刈り笛を吹いてはやし立てる。
こうして上野の宮に到着なさり、長年準備していたところに女を住まわせ、7日7晩、披露宴をする。発案した博打や祈祷をした大徳宗慶をお召しになり、
「皆さんのおかげで、長年無礼な扱いを受けていた悔しさも癒やされ、喜んでおります。願いのかなった今は、お約束通り仏のお姿をお造りし、万の神々にお礼の御幣を献上いたしましょう。」
といって、願果たしの祈祷のために河原にお出ましになり、
「祈願いたしましたこと全て叶い、一緒にお礼を申し上げることができました。神仏は確かにこの世にいらっしゃったのです。」
と奪い取った偽の北の方にむかって
「あなたのために、このように多くの神仏にお祈り申しましたが、その甲斐あって、あなたと結ばれ、ともに願果たしができるのです。」
などといって、
ちはやぶる神も祈りは聞き届けて下さるのに、
今まであなたの心はなんと辛く思われましたことか。
偽北の方
住み慣れない宿は見まいと祈っておりましたのに、
私には神は甲斐のないものでした。
などと、すっかりあて宮になりきって答える。
ろうそく=不詳
今までの求婚者が、それでも貴族的な振る舞いで言い寄ってきたのだが、あまりにも荒唐無稽な宮の様子は、ずいぶんと振り切ってきたなあ、と思う。
ここまでゆくと、かえってそのエネルギッシュさが魅力的にも感じられる。
皇族でありながら、貴族社会を突き抜ける、いわばアンチヒーローである。
さて、次はどんな人が登場するか。(楽しみだなあ)
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