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宇津保物語を読む4 吹上 上#3

仲頼、行政を紀伊国訪問に誘う

 かくて、仲頼、まかづるままに、兵衛のつかさに立ち寄りて、(仲頼)「らうすけぬしはここにか、上にさぶらはぬは」といふ。行政出で来たり。仲頼、「久しう対面賜はらずなりにければ、そのかしこまりも聞こえむとてなむ」。行政は、「はなはだかしこし。などか久しう参りたまはざりつる」。仲頼、「ひと春日かすがにて、こよなく食べひにける名残りに、なほ苦しう侍ればなむ。まことや、仲頼いと興あることうけたまはりて、ぬしに聞こえむとてなり」。行政、「何ごとぞや。君の御耳に入りたまふは、こともなきことならむ」。少将、(仲頼)「このくにの源氏の御上を、松方が語り申しつるに、仲頼しづごころなし。あからさまにまかで下らむとするを、いざたまへ」。行政、「神南備の蔵人の腹ななり。いとありがたき君と聞きたてまつるぞ。行政も早くよりうけたまはりて、出で立ちはべるを、いとまの侍らねばなり。必ず仕うまつらむ。いつかはものしたまふ」。仲頼、「二十九日ばかりにとなむ」。行政、「いかに。藤侍従はものせむとのたまふや。必ずかのぬしをこそて下りたまはめ」。少将、(仲頼)「まだ申さず。それをぞ思ひはべる。御暇のなかめれば」。すけ、(行政)「御暇なくとも、かのぬしは出で立ちたまひなむ。いざたまへ、桂へ」とて、桂に行く。

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、仲頼は近衛の陣から退出するとすぐに兵衛府に立ち寄り、
りようすけ殿はこちらですか。殿上にはおりませんでしたが。」
という。
行政が出てきた。
仲頼「しばらくお会いいたしませんでしたので、そのご無沙汰を申し上げようと思いまして。」
行政「それはご丁寧に。どうしてしばらく参上なさらなかったのですか。」
仲頼「先日、春日で行われた宴で、たいそう飲み過ぎまして、そのせいでしょうか、ずいぶんと苦しかったものですから。そうそう、私仲頼はとてもおもしろいことを聞きまして、あなたにお伝えしようと思いまして参上した次第で。」
行政「何事ですかな。あなたのお耳に入ったからには、ただ事ではございますまい。」
少将「この紀伊国の源氏の君のご様子を松方が語りましたのを聞きまして私はもういても立ってもいられなくなりまして。ちょっと訪問したいなと思いつきましたが、どうですかご一緒しませんか。」
行政「あ~あ、神南備の女蔵人が産んだお子といわれている方ですね。またとない方だとお聞きしていますよ。私行政も以前から依頼を受けていて、お伺いしようと準備はしていたところですが、暇がなくて。ぜひ行きましょう。いつ出発しますか。」
仲頼「29日くらいにはと思っております。」
行政「どうですか。藤侍従(仲忠)は行くとおっしゃっていますか。必ずあの方を連れて行きましょうよ。」
仲頼「まだ話してないんですよ。私も同感です。ただあの方は暇がなさそうですけどね。」
行政「暇がなくても、きっと参加なさいますよ。さあ、桂へ行きましょう。」
といって、仲忠の住む桂殿にむかう。

仲頼、桂に仲忠を訪ね、紀伊国訪問に誘う

 かくて、桂殿にまでて、藤侍従を呼び出でて、このことをいふ。仲忠、「いとうれしきことななり。例の殿やかんだうせむ。申しやはしたまはぬ」といふ。仲頼、右大将のおとどに聞こゆ、(仲頼)「明後日あさてばかり、いと興ある所の侍るなる見たまへにまかり出で立つを、侍従の君おはしまさせむとなむ思ひたまへ立つを、いかならむ」。右大将、(兼雅)「いづこへぞ」。(仲頼)「紀伊国吹上の浜のわたりへなり」。あるじのぬし、(兼雅)「もし源氏の御もとへか」。仲頼、「さなり。今朝つかさのまつりごとびと松方が語り申しつるにおどろきてなむ、にはかに出で立ちはベる」。あるじ、(兼雅)「仲忠も、常にものせむとて出で立つところなり。されど許しのたうばねばなむえまからざめるを。何かは、て下りたまへかし。一人はえものせじ。人々ものしたまふなれば、いとうしろやすかなり」。仲頼、「いとうれしきことなり。取り申さむにいとかしこしと思うたまへつるを」などて帰りぬ。

(小学館新編日本古典文学全集)

こうして、桂殿に参上して、藤侍従(仲忠)を呼び出してこのことを話す。
仲忠「とても嬉しいことだ。でも例によって父が怒るだろうな。あなたから話していただけますか。」
という。仲頼は仲忠の父右大将に申し上げる。
「明後日あたりにとても、興味深い場所がございますのを見に行こうと出かけるのですが、侍従の君を一緒につれていきたいと思うのですが、いかがでしょう。」
右大将「どこにいくのだい。」
仲頼「紀伊国吹上の浜のあたりでございます。」
右大将「さては源氏の君の所か。」
仲頼「さようでございます。今朝、陣の松方の語ることに驚きまして、すぐにでも出かけようと思いまして。」
右大将「仲忠も、いつも行きたがって準備していたところだ。しかし私が許さなかったので、行くことはなかったのだが、なんの、どうか連れて行ってくだされ。一人で行くのはなんだが、皆さんと一緒というのであれば、安心ですわ。」
仲頼「大変嬉しいことです。お願いするだけでも、じつは恐縮しておりまして。」
などといいながら帰っていった。


さあ、役者は揃った。いざ吹上へ

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