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宇津保物語を読む2 藤原の君#3

源実忠、あて宮に懸想し兵衛の君を語らう

 かくて、いづれともなくけうらにおはしましける中に、あて宮は、御年十二と申しける如月きさらぎに、御裳たてまつる、ほどもなく大人になり出でたまふ。あるが中にかたち清らに、御心らうらうじく、今めきたる御心にあり、ものの心も思し知りたれば、父おとど、母宮、限りなくかしづきたてまつりたまひて、この君をいかにせましと思してあり経たまふほどに、きやう、中将の御おとうと、左大臣殿の三郎にあたりたまふ、さねただといふ、宰相にて、このあて宮に御心つきたまひて、いかで聞こえむと思せど、父おとどに聞こえたまふとも、許されたまふまじく、忍びてあて宮に聞こえたまはむも、すずろなるべければ、思しわづらひて、ただ、民部卿の殿の御方に聞こえむと思しわたるに、あて宮の御のと、かたちも清げに心ばへある人、兵衛の君とてさぶらふに語らひつきたまひて、(実忠)「実忠、殿にさぶらふとは、中のおとどに知らせたまへりや」などて、思すことをのたまへば、(兵衛)「ことたはぶれごとはのたまふとも、かかる口遊びは、さらに承はらじ」と聞こゆれば、(実忠)「人のうひごとはとがめぬものぞ」などて、(実忠)「思ひあまりてこそ、ここらの人の御中に、君にしも聞こゆれ」とのたまへば、兵衛、「さらば、まめやかなる御心ざしにてのたまはするか。さかしてはかかることはのたまふまじとこそ覚ゆれ」など聞こえつつあるに、宰相、めづらしく出で来たるかりに書きつく、
  (実忠)「かひの内に命籠めたる雁の子は君が宿にてかへらざらなむ
とて、日ごろは」とて、(実忠)「これ、中のおとどにて、君一人見たまへ。人に見せたまふな」とて取らせたまへば、兵衛、うち笑ひて、(兵衛)「かばかりにをや。罪作らむ人のやうにもこそ。仕うまつれば」。(実忠)「いで、かばかりぞかし、御心は」とのたまふ。兵衛、賜はりて、あて宮に、(兵衛)「もりになりはじむるかり御覧ぜよ」とてたてまつれば、あて宮、「苦しげなる御もの願ひかな」とのたまふ。

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、どなたも美しくいらっしゃる中で、あて宮は12歳になった。2月に裳着をなさるや、たちまちに大人びてゆく。
 ご兄弟の中でも、姿麗しく、ご気性も優雅で、当世風の性格である。分別もおありなので、父大将も母宮もこの上なく大切にお世話なさり、この君をどなたと縁づけようかと、お悩みになるうちに、民部卿と中将の弟君であり、左大臣の三男でいらっしゃる"実忠"という宰相が、このあて宮に懸想なされ、なんとかして思いを伝えようとお思いになる。
しかし、父左大将に申し上げなさったとしても決してお許しなさるはずもなく、こっそりあて宮に申し上げたとしても、軽率であろうと思われる。
思い悩みなさって、ただ、兄民部卿の北の方が左大将の娘であるので、相談しようと思っているうちに、あて宮の乳母子で容姿も美しく、気だても良い"兵衛の君"と呼ばれお仕えしている者と昵懇になった。
「私実忠が、御殿にこうして出入りしていることは、中の御殿にお住まいのあて宮にお知らせ下さいましたか?」
などと思いの丈をおっしゃると
「ご冗談でも、このようなお戯れはけっしてお受けできません」
と申し上げると
「人の初恋はとがめないものですよ。
思いあまればこそ、他の人もいる中で、あなたに申し上げるのですよ」
とおっしゃるので兵衛は
「それでは、本当に誠実なお心でおっしゃるのですか。好奇心でこのようなことはおっしゃってはいけないと思いますよ。」
などと申し上げる。
 さてある日、宰相は手に入れた雁のたまごに歌を書いて送った。

  たまごの中に命を宿した雁の子(私)は、
  あなたの所で孵りたくない(帰りたくない)のです。
数日来ずっと……」

と書いては、
「これの手紙は中の御殿であなた一人の時にご覧下さい。決して人にはお見せしないように」
といって、お渡しになると、兵衛は笑って
「本当にこれを渡すだけでしょうね。罪を犯すようなことになったら困ります。私は姫様にお仕えしているのですから。」
「いやいや本当にそれだけですよ。それよりもあの方のお心をぜひお知らせ下さい」
とおっしゃる。
 兵衛は手紙を受けとると、あて宮に
「引きこもりにないそうな雁の子をご覧下さい」
といって差し上げると
あて宮「“かえりたくない”だなんて、ずいぶんと苦しそうな願い事ですこと」
とおっしゃる。


あて宮への求婚者第一号である。
特に何ということもなく、平凡なアプローチ。

歌については、解説を読んでもよくわからん。

まあ、前座と言うことで次にいこう。

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