見出し画像

宇津保物語を読む5 吹上 下#2


九月一日、院吹上に御幸 管絃の遊び

 かくて、嵯峨の院の親王みこたち、殿上人も、ざえあり、かたちあるは、みな出で立つ。くにの源氏、かかることを聞きて、御設けしたまふこといといみじ。
 九月一日に出でおはします。道のほどのことども、いひ尽くすべくもあらず。紀伊国に入り立ちたまふ境よりはじめて、道のほどのことども、種松、金銀瑠璃して造れるなり。
 吹上の宮に着きたまへれば、西の陣を開きて入らせたまふ。日さるのときばかりにおはしまして、めでたく磨きしつらへる所に、みな着き並みたまひぬ。(院)「いとになき所なりけり。いかでかくて住むらむ」と御覧ず。ものはさらにもいはず。上達部、親王たち、沈、紫檀のついがさねして、海山の物を尽くして参り、六位の衛府、諸大夫、品々にいかめしくあるじしたり。上よりはじまりて、御箸下り、御かはらけ参る。源氏殿上許されて、御前に召して御覧ず。そこばく選ばれたる人々に劣らず御覧ぜらる。
 御遊び始まりて、上、琵琶の御琴、仲忠に和琴、仲頼に箏の琴、源氏にきんの御琴賜ひて遊ばす。つつむことなく、おぼめくことなし。(院)「いかでかくはし習ひけむ」と仰せたまひて、また、箏の御琴賜ひて弾かせたまふ。いづれもいといとめでたし。こくばくの上手どもにまされり。御琴を取りてさぶらふを御覧じて、
  (院)昨日まで二葉の松と聞こえしを陰さすまでもなりにけるかな
式部卿の親王みこ
  根を広み陰も及ばぬ庭の松に枝の並ぶぞうれしかりける
兵部卿の親王、
  昨日今日岸より生ふる松なれどすぐれてさせる枝にもあるかな

(小学館新編日本古典文学全集)

 こうして、嵯峨院の親王たちや殿上人も、文才があり、容貌の美しい者たちは皆同行して出立する。紀伊国の源氏(涼)はこのことを聞きつけ、念入りな準備をなさる。
 9月1日に出発する。道中の配慮も言い尽くせないほどである。紀伊国の国境を越えるやいなや、道の周辺は種松が金銀瑠璃で飾り立てる。
 吹上の宮に到着なさると、西野陣を開いてお入りになる。申の時(午後四時頃)にお着きになって、美しく磨き上げた所に皆並んでお座りになる。
院は「またとないほどにすばらしい所だ。どのようにして暮らしているのだろう。」
とご覧になる。
威儀の御膳(儀礼的な御膳)の豪華さはいうまでもない。上達部や親王たちには沈や紫檀の衝重つきがさねに海山の産物を数を尽くして盛り、六位の衛府や諸大夫まで身分に従って、盛大に饗応する。
院をはじめ食事の箸を取り、盃を酌み交わす。
源氏の君(涼)は昇殿を許され、院は御前に召してご覧になる。大勢の選ばれた人々にも劣らない器量であるとご覧になる。
 管弦の遊びが始まり、院は琵琶、仲忠には和琴、仲頼に箏、源氏の君(涼)にはきんを賜り演奏なさる。源氏の君は技を惜しむことなく、臆することもない。
院は「どうしてこれほどまでに修得したのだろう。」
とおっしゃって、また今度は箏の琴をお与えになって弾かせなさる。どちらの演奏もたいそうすばらしい。優れた名人たちの演奏にも劣らないものであった。琴を持って控えている様子をご覧になり、

 (院)昨日までは、双葉の松のように幼いと聞いていたのに
  大きく成長して、木陰をなすまでになったのだな

式部卿の親王

  根が広く張り成長したために、
  今までは蔭も及ばなかった庭の松に
  枝を並べることが出来たのがなんとうれしいことよ

兵部卿の親王

  昨日今日岸から生えたばかりの松ではあるが、
  たいそう優れて伸ばす枝であることよ


親子の対面である。涼の優れた才能に驚く。琴(きん)の演奏は評判通りである。
院は涼の成長を言祝ぐ歌を詠み、式部卿、兵部卿の兄たちもそれに唱和する。
晴れて涼は認知されたのである。

この記事が参加している募集

#国語がすき

3,864件

#古典がすき

4,218件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?