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宇津保物語を読む 俊蔭Season3 #3
母子、熊から譲り受けた杉のうつほに移る
そのかみ、この木のうつほを得て、木の皮をはぎ、広き苔を敷きなどす。芋掘りそめし童出で来て、うつほのめぐり掃き清めて歩けば、前より泉出で来る、掘り改めて、水流れおもしろくなりぬ。かへすがへす喜びて、母の御もとに行きていふほどに、(子)「いざたまへ、まろがまかる所へ。こことても、まろならぬ人の見えばこそあらめ、かく出でてまかり歩くほど、つれづれと待ちたまふほど苦しうおはしますらむ。かくて悪しうもようもまかり歩かむと思へど、人の馬、牛飼はせても使はば、親のために、さる下衆の母といはれたまはむことと思ふ。さらによきこと、はた難かるべし。同じくは、人も見ぬ山に籠りて、人に知られじとなむ思ふ。心には、片時にも通はむ、飛ぶ鳥につけても奉らむ、と思へば、それえさもあらず。いざたまへ、まろがまかる所へ。さてものしたまへば、木の実一つにてもやすくまゐらむ。まかり歩くことも休まむ」といへば、(母)「何にかは。わが子のいませむ方には、いづちもいづちも行かざらむ。里に住めども、吾子よりほかに見え通ふ人のあらばこそ」とて出で立つ。この家のうちには物もなし。屋もこぼれはてにたり。かの父の遺言したまひし琴ども、みな取う出て、また弾きし琴ども、この子して運ばせて、今はともろともに行くに、よろづのこと悲しとはおろかなり。
(母)涙川淵瀬も知らぬみどり子を
しるべと頼むわれや何なり
などいふほどに、うつほに至りぬ。
そのとき、この木のうつほを手に入れて、木の皮をはぎ、広く苔を敷いたりなどする。芋を掘り始めるきっかけとなった童が現れて、うつほのまわりを掃き清めてあるくと、うつほの前から泉が湧き出る。それを掘り整えると水の流れが風情のある様子となった。この子は繰り返し繰り返し喜んで、母のところに行って言うには、
「さあ、来て下さい。私の行くところへ。この家も私以外の人が訪ねてくるならばともかく、このように私が出歩くのを所在なくお待ちになるあいだは、辛くございましょう。こうして良くも悪くも私は外へ出て働こうとは思いますが、人が牛馬を飼うのに使われたならば、母上のためには「あのような下衆の母」といわれてしまうように思います。ここにいても今以上よくなることは難しいでしょう。同じことならば、人と会うこともない山に籠もって、人に知られないように暮らしませんか。心の中ではすぐにでも母上のところに行こう。飛ぶ鳥に託けてもお世話申し上げようと思うのですが、それさえも、ここではできません。さあ、行きましょう、私の行くところへ。そうすれば、木の実一つにしても簡単に差し上げられます。母上のもとを離れて出歩くこともなくなります。」
というと、
「なんも、わが子のいるところへはどこであろうと行きましょう。人里に住んでいても、あなた以外に訪れる人がいるならばともかく。」
といって出発した。
この家の中にはもう何も残っていない。家も壊れて果ててしまった。ただ、父が遺言として残しておいた琴をすべて取り出し、また今まで弾いていた琴もこの子に運ばせて、今となってはこれまでと、一緒に山に行くと、多くのことを思い出し悲しいのはいうまでもない。
(母)涙川の深き淵も浅き瀬もしらない、
世の中のつらさも喜びもまだ知らない幼いわが子を
道案内として頼って生きていく無力な私は一体何なのでしょう。
などといううちに、うつほに到着した。
人の馬、牛飼はせても使はば、
=「の」を主格と取り「使ふ」の主語と考えるならば、
「人が、子を馬や牛の世話をさせて働かせる」とも読めるし、
「この家の雑草を馬や牛を飼うために使う」とも読める。
熊から譲り受けたうつほを整える。きれいな泉も湧く。童も手伝ってくれる。いよいよ母を迎えて山暮らしとなる。
琴をすべて持って行く。今回は辻風は吹かなかったので、子が自分でもってゆく。5面の琴を持っていくのは大変だと思うけれど。
住みよいうつほ生活 母、子に琴を習わす
いと深き山道のほど、堪へ難く聞きしかど、うつほとも覚えず、前一町ばかりのほどは明らかに晴れて、同じ岡といへど、人の家の作れる山のやうにて、木立をかしう、ところどころに松、杉、花の木ども、くだものの木、数を尽くしてなきものなく、椎、栗、森を生やしたらむごとくめぐりて生ひ連なれり。すべて仏の現じたまへるところなれば、かからざらむ人も住ままほしげに見えたり。
うつほの前に、一間ばかり去りて、払ひ出でたる泉の面に、をかしきほどの巌立てり。小松ところどころあるに、椎、栗、その水に落ち入りて流れ来つつ、思ひしよりも使ひ人一人得たらむやうに、たよりありて覚ゆ。朝に出でて夕べに帰りし暇のなさも、休まりぬ。ただ目の前なれば、われも人も、箱の蓋なるものを引き寄するやうにて、わづらひなくて、ただうち遊びて明かし暮らせば、ここにて世を過ぐさむ、と思ひて、子にいふ、(母)「今は暇あめるを、おのが親の、かしこきことに思ひて教へたまひし琴、習はしきこえむ。弾きみたまへ」といひて、りうかく風をはこの子の琴にし、ほそををばわれ弾きて習はすに、聡くかしこく弾くこと限りなし。人気もせず、獣、熊、狼ならぬは見え来ぬ山にて、かうめでたきわざをするに、たまたま聞きつくる獣、ただこのあたりに集まりて、あはれびの心をなして、草木もなびく中に、尾一つ越えて、いかめしき牝猿、子ども多く引き連れて聞く。この物の音を聞きめでて、大きなるうつほをまた領じて、年を経て、山に出で来るもの取り集めて住みける猿なりけり。このものの音にめでて、ときどきの木の実を、子どももわれも引き連れて持て来。
とても深い山道のほどは、耐えがたく辛いものだと聞いていたが、着いてみるとうつほとは思われず、前一町ほどは明るく広々と開けていて、同じ丘といっても、人の家の造営した築山のようで、木立は趣深く、ところどころに松や杉、花の咲く木や果物の木が数限りなく、ないものはないばかりで、椎の木や栗の木は森のように周囲をめぐり生え連なっている。すべては仏がお作りになった場所であるので、このような零落した親子でなくても住んでみたくなるように思われる。
うつほの前に一間ほどはなれて、湧きだした泉の正面に、風情のある岩が立っている。小松がところどころに生えており、椎の実や栗がその水に落ちて流れ来て自然と集まり、手間もなく手に入れることができるので、思いがけずも、使用人を一人手に入れたようで、具合がよい。朝出発して夕方に帰る今までの暇のない生活もなくなった。すぐ目の前に椎や栗があるので、子も母も、箱の蓋にあるものを引き寄せるようで、苦労なくて、ただ遊んで一日を過ごすので、母は、ここでくらしてゆこうと思い、子に言う
「今は暇があるようなので、私の親が大切なことだと思い私に教えなさった琴を、教えましょう。弾いてごらんなさい。」
といって、りうかく風をこの子の琴として、ほそを風を自分で弾いて習わせると、子は聡明に上手に弾くことこの上ない。人の気配もなく、獣、熊や狼でなければ訪れない山で、このようにすばらしい演奏をすると、偶然聞きつけた獣たちがこの周囲に集まって、憐憫の情を抱いて、草木までが琴の音に応じてなびく中に、尾根ひとつを超えて、大きなメス猿が子どもを多く引き連れてこの琴の音を聞く。この琴の演奏に感動し、この猿は大きなうつほを所有していて長年山にできる木の実を集めて住んでいる猿であった。それが、この琴の音に感動して、ときどき木の実を子どもも引き連れて持ってくる。
うつほの快適な暮らし。木の実はたくさんなっているのみならず、川の流れで自然にうつほの前の泉に集まり、苦労なく暮らすことができる。仏の作ったユートピアである。
琴の伝授を始める。琴の素晴らしさに獣たちは感動し、ついには山の主と思われる猿の親子の耳に届く。
このうつほの様は、Season1で描かれていた波斯国の仙人の住む世界さながらである。琴の秘術の伝授はやはりこのような異世界においてなされる。
現実世界と異世界
今までくらしていた三条邸は現実世界と異世界との境界線であり、現実世界から迷い込んだ若小君はそこで俊蔭の娘と契る。しかしそこはあくまでも境界線上であり、真の異世界には、俗世の存在である若小君は入ることはできない。
仙人の生まれ変わりである子は、この境界を自由に越えることができる。子と仏の使いである童の協力を得て、娘は異世界へと入る。そして秘術の伝授は行われる。
子(仲忠)は、さらにその子犬宮に琴を伝授するために楼を造りその上で伝授を行おうと計画するのも、この異世界を作り出すためである。しかし、人の手で作られた「楼」という異世界ははたして十分にその機能を果たしうるのか。それは、最終巻「楼の上」にて再度考察したい。
それぞれの琴の役割
日本に持ち帰った琴は以下のようになっている。
なん風・はし風=別格として秘蔵。
ほそを風=俊蔭→娘
りうかく風=娘→仲忠
やどもり風=予備として手元に。(→後に源涼へ)
残りの7つ=宮中への献上
伝授の場面においては、ほそを風が「師」、りうかく風が「弟」の琴とされるようである。それぞれの琴にはやはり個性があるのだろう。(りうかく風の方が弾きやすいのか)
最終巻「楼の上・下」において、俊蔭娘が孫の犬宮(仲忠の子)に琴を伝授する場面では、犬宮がりうかく風を弾いている。
「楼の上・下」の七夕の日は俊蔭娘がはし風、犬宮がほそを風、仲忠がりうかく風を弾き、クライマックスの8月15日のシーンでは、俊蔭娘がりうかく風→ほそを風→はし風と弾き、犬宮がりうかく風でそれに合わせる。
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