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宇津保物語を読む4 吹上 上#1

神南備種松の富裕 源涼を大切に養育する

 かくて、紀伊国きのくに牟婁郡むろのこほりに、神南備かんなびの種松たねまつといふ長者、限りなきたからの王にて、ただ今国のまつりごと人にて、かたち清げにて心つきてあり。それがにては、源恒有つねありと申しける大納言の娘、よき婿取りなどしたりけるを、ほどもなく、親も夫も失ひて、世の中に住みわづらひたるを、種松たばかり取りて、その腹によき娘一人ありければ、うちの蔵人仕うまつりけるが腹に、源氏一ところ生まれたまひけり。母生み置きて隠れぬ。帝知ろしめさず、母奏せずなりにけり。かかれど、祖父おほぢ祖母うば二人をり。
 ふきあげの浜のわたりに、広くおもしろき所を選び求めて、金銀の大殿を造り磨き、四面八町の内に、の垣をし、三つの陣を据ゑたり。宮の内、瑠璃を敷き、おとどとを、廊、楼なんどして、紫檀、はうくろがいからももなどいふ木どもを材木として、金銀、瑠璃、しやなうの大殿を造り重ねて、おもてめぐりて、東の陣のには春の山、南の陣の外には夏の陰、西の陣の外には秋の林、北には松の林、面をめぐりて植ゑたる草木、ただの姿せず、咲き出づる花の色、木の葉、この世の香に似ず。せんだうどう、交じらぬばかりなり。じやくあうの鳥、遊ばぬばかりなり。
 種松、たからは天の下の国になきところなし。新羅しらぎ高麗こまとこの国まで積み納むる財の王なり。その種松思ふほど、わが君は、わが娘の腹にまれたまはざりせば親王みこにもなり、帝にも知られたてまつりて、都にてぞ生ひ出でたまはまし。わがつたなき娘の腹に生まれたまへれば、かく知られぬ君にもあるなり。その代はりにも、わが国の内にだに、われ一人して、国王の位に劣らぬ住まひせさせたてまつらむとて、仕うまつることかぎりなくめでたし。
 春は一、二万町の田に、なはしろをまき、苗を植ゑても、これわが君の御年の料に乏しかるべしと嘆き、二、三十万疋の綾、こんを数へ納めても御飾りに乏しかるべしといそぎ、かみしも仕うまつる人、女三十人ばかり、男上下合はせて百余人ばかり、女は髪上げて唐衣では御前に出でず、男はかうぶりし上の衣着では御前に出でず。あざやかに清らなる装束をかへて着せむ。豊かに飽き満てむ、とてすること、同じく作る田といへども、車の輪の大きさなる日七つ出でて、年の内照らすとも、一筋焼くべからず、天と等しき水、たたへてひたすとも、一筋流るべからず。山の末、いはほの上にも、種松が落とせる種は、一粒に一二こく取らぬはなし。飼ひをすれども、種松が一つに、糸の十、二十両取らぬなし。
 かくて、名ある限りはをはじめて、、絵師、つくどころの人、金銀の鍛冶かぢなどを、所々に多く据ゑて、世にありとあるものの色を、ありがたく清らかに調てうじ設くること限りなし。山を崩し海を埋めても、わが君の願ひたまはむものをつかまつらむといそぐ。
 かく仕まつりありく源氏の君のおはしますほどに、この世には生まれ生ひ立つ人もあらず、顔かたちよりはじめたてまつりて、さま、心、ざえにいたるまでかたきなし。ふみを読み、遊びをしたまへど、習はす師に多くしましたまふ。都のものの師といふ限りは迎へ取りつつ、かれが才をば習ひ取り、わが才をばかれに教へつつ、かしこききんの上手、朝廷おほやけを恨みて山に籠れるを迎へ取りて、さながら習ひ取りなどして経たまふほどに、二十一なり。御なし、よき人の娘ども奉れども、思ふ心ありて得たまはず。

(小学館新編日本古典文学全集)

 さて、紀伊国きのくに牟婁郡むろのこおりに、神南備かんなびの種松たねまつという長者がいる。彼はこの上ない財宝の王者で紀国の政治に携わり、容姿美しく思慮深い人物である。その妻は源恒有という大納言の娘であるが、この妻、はじめ身分の高い貴族と結婚したのだが、ほどなく親も夫も失い生活が苦しくなっていたのを種松はうまく言い寄り、一人娘をもうけたのである。その娘を女蔵人として宮中に出仕させたところ、帝のお手がつき、源氏となるお子を一人お産みになった。しかしその娘はそのままお亡くなりになり、お子が産まれたことを帝に報告なさらなかったので、帝はその事情をご存じない。そのお子は祖父母の元で成長なさったのである。
 種松はその子を育てるにあたり、吹上の浜のあたりの広く趣深い場所を選んで金銀瑠璃の大御殿を磨き上げるように造り、八町四方の敷地の中に三重の垣根をめぐらし、三つの詰所となる陣を設置した。宮殿の中は瑠璃を敷き詰め、大殿を十棟、回廊や高楼を設け、紫檀・蘇芳・黒柿、唐桃などという木を材木として用い、金銀・瑠璃・しや・瑪瑙でできた大殿を重なるように造り、その周囲には、東の陣の外には春の山、南の陣の外には夏の木陰、西の陣の外には秋の林、北には松林を造る。四面をめぐるように植えた草木は立派なもので、そこに咲く花の色や、木の葉はこの世のものとは思われない良い香りがする。この世のありとあらゆる植物が咲き競い、仙界にあるという栴檀やうどんげの花がないばかりである。鳥においても同じく孔雀やオウムがいないくらいで、たくさんの鳥が鳴いている。
 種松は天下の全ての財宝を所持しており、新羅や高麗、常世の国の財宝までもその蔵の中に納めているほどの財宝の王者である。
その種松が思うには、
「この源氏の若君は、私の娘が産んだのでなければ、きっと親王にもなり、帝にも認知されて都で成長なさったであろう。劣った娘の腹からお生まれになったので、このようなむくわれないお子となったのだ。ならば、その代わりとして、せめて私の国の中だけでも、私の力によって国王の位にも劣らぬ生活をさせてさし上げよう。」
と思って、たいそう大事にお世話申し上げた。
 春は1~2万町ほどの広大な田に苗代をまき、苗を植えても、これではわが君の今年の料としてはまだまだ不十分であると嘆き、2~30万疋の緋金錦を数え上げ蔵に収めても、飾りにとしては不十分であるとさらに支度をさせ、御殿の内外に仕えさせる使用人として女を30人ほど、男は上下合わせて100人以上、女は御所の女官のように髪上げをし唐衣を着ないではお子の前に出ることはさせず、男は冠をつけ袍を着ないではお子の前には出させない。お子には目立って美しく、清らかな装束を何度も取り替えてお着せになる。
 お子の暮らしを豊かなものとし、何一つ不自由させまいと生計に励むが、不思議なことに同じ田を作るとしても、車輪のような太陽が7つも出て一年中照らすような旱魃になっても種松の田は1本も枯れることはなく、天にまで届くような水害が起こっても、1本も苗が流れ損じる事はなかった。たとえ山の頂や岩の上であっても、種松がまいた種は一粒から1~2石は必ず収穫でき、蚕を飼うにしても、種松の蚕は、1匹から糸が10~20両もとれるのであった。
 さらには、有名な仏師をはじめ、鋳物師、絵師、調度品の職人、金銀の鍛冶職人などを屋敷のここそこに多く住まわせて、この世のありとあらゆる種類の美を作り出すこと、このうえない。たとえ山を崩し、海を埋めてでもわが君の願いなさることにお応えしようと用意をする。
 これほどまでにかしずかれ成長した源氏の君は、お顔立ちから、しぐさ、性格、才にいたるまで、かなうものがいないほどに優れている。漢籍を読み、楽を奏でなさるにつけても、それを習う師よりも多く優れていらっしゃる。都の名のある限りの師を迎え取りつつ、師の技術を学び取るとともに、お子の技術をその師に教えことさえある。優れた琴の名手で朝廷を恨み山に籠もっている者を迎え入れては、その技術すべてを習得なさるなどして過ごすうちに、21才となった。まだ妻はいない。身分のある者たちが娘をさし上げようとなさるが、思うところがあるのかおうけにならない。


四方四季

 宇津保物語のもう一人の主人公である源涼(すずし)の登場である。
俊蔭は、異界をさまよい、異能を身につけた。
仲忠は異界との境界で生まれ、異界で育ち、異能を身につける。
涼も異界で生まれ育つ。異能についてはまだ具体的なものは示されていないが、やはり琴の才能を持っている。その琴は朝廷を離れた世捨て人から習得したという。

ここ吹上の御殿は四方に四季が配置されている。一つの所に四季が共存しているということは、時間を超越した空間であるということで、仙境を象徴するものであるとの指摘がある。室町時代に書かれたお伽草子「浦島太郎」の竜宮城も四方の窓から四季それぞれの庭を見ることができた。この四方四季の御殿は源氏物語の六条院にも通じる。また、俊蔭が琴の技を伝授された七仙人の山も春と秋が共存している地であった。(俊蔭8,9)

この吹上をどのように物語り世界に位置させるか。
七千人の山と、同等に対立する異界とするか。
現実と地続きの異界もどきとするか。仲忠が育った山のうつほは、人界から断絶した世界であった。
一方吹上は誰もが訪れることのできる場所である。
しかし、それは竹取の翁のように、種松が不思議な力によって手に入れた富によって営まれている。

種松を単なる田舎の成り上がり豪族と見ると、見失ってしまうものがある。彼もまた「涼」というヒーローを生み出すための装置だったのであろうか。
源氏物語の明石の入道とも対比させて、物語の構造を解く必要があろう。

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