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コロナウィルスの不平等な影響 ― あるいは地域格差が抱える問題 ― 中原駿 特別コラム

米国の大統領選挙に地殻変動を起こしつつある原因の一つは、間違いなく人種差別問題である。


だがもう一つ、大きな争点となり得る事象が。それはコロナウィルスがもたらした広範囲に及ぶ不況が、必ずしも平等に訪れていない―という点にある。この不況が相当人種差別的であった事は既に指摘されている事だが、米国においてそれは、地方格差という問題にも繋がっているのである。
大打撃を受けているのは、シェールオイル暴落による所謂オイルステート、次に不況と中国との摩擦による影響を受ける農業州、最後に自動車産業等のラストベルトだ。


特にオイルステートは農業州を兼ねていることも多く、事態は深刻である。
例えば、ノースダコタ州が典型例と言える。
新型コロナウィルスが初めて米国で確認された頃、石油採掘で潤っていたこの州は当初の予算を上回る資金を抱える―という恵まれた状況にあった。だが現在、財政赤字の拡大を食い止めるために広範囲にわたる州政府機関の予算削減を進めている。


原因となったのは、コロナウィルスのパンデミック(世界的な大流行)化が引き金となって起こった記録的な石油価格の暴落。そこに来て、未だに米中貿易紛争の余波に苦しむ州内農業の不振が自体にとどめを刺す。
ダグ・バーガム州知事は、歳入が急減する状況を「経済的アルマゲドン」と表現。この事態をやり過ごすために、州政府機関に対し、来年度予算の5―15%削減に着手するよう要請したという。


一方、石油・小麦に関して国内トップクラスの生産量を誇るオクラホマ州では、両産業の不振で13億6,000万ドル(約1,450億円)の財政赤字が生じる見込と発表された。また、アラスカ州の信用格付けは引き下げられ、ニューメキシコ州、オクラホマ州の格付け見通しもネガティブになり、格下げの危機が迫っている。


話をノースダコダに戻そう。


3月にはわずか2%だった同州の失業率は、4月には8.5%へと跳ね上がった。ノースダコタ州立大学のエコノミストらの分析によれば、失業の増加により州の税収は半減、また州の域内総生産(GDP)は1年以内に15%~25%低下し、過去10年で最も低い水準になるという。
街角の光景は既に大不況のそれだ。トラック販売店では買い手がほとんど見当たらない中、ピカピカの新車が手付かずのまま並べられている。
全米自動車ディーラー協会の最新データによつと、2020年1―4月の自動車販売台数は、前年同期比で中型―大型車で29%、より小型の車種でも4%減少している。普段なら油田作業員で賑わうノースダコタ州内の石油産出地域の長期滞在型ホテルも、空室の状態が続いている。ホテルの稼働率は80%から20%まで落ち込んだ。


石油関連の収入は85%ダウンが平均とされる。毎月の生計を立てている人間にとって、これほどの減額は衝撃的だ。何を節約するか選択せざるをえなくなる。光熱費か、医薬品代か、食費か―。 米国人にとっては、医療費と新車であろう。


こうした石油・農場、製造業の集中する州はカリフォルニアや東部のニューヨーク等から離れた中部、南部などに集中している。報道されるアメリカの声は、殆ど東部の豊かな州であったり、カリフォルニアである。だが多くのリアルなアメリカ経済は、目下大打撃を受けている真っ最中といったところ。しかも、希望の光は全く見えない。


ノースダコタ州には、全米で2番目に生産量の多いシェール油田があるものの、テキサス州の巨大なシェール油田に比べて採掘コストが高くなっている。つまり価格変動にたいして耐性が低い。にもかかわらず、同州の税収全体のうち、石油・天然ガス生産からの税収が占める比率は53%と、他のどの州よりも高く、米国の税収全体に占める比率(1・73%)に比べて大幅に高い。


また、州最大の産業であり、州内の雇用の4分の1近くを直接・間接に担っている農業は、長引く不振に陥っている。
農業部門はこの3年間、世界的な供給過剰による価格低下、農作物に被害を与える暴風雨、そして米中間の貿易紛争という相次ぐ危機に見舞われてきた。州で生産されている大豆の約3分の2は中国向けに輸出されているが、貿易紛争のため、2018年以来、輸出量は減少している。州内の農家は支出を切り詰め、収穫した穀物は損失覚悟の価格で販売するのではなく、在庫を積み上げている。


この春、トウモロコシ、大豆の州内在庫量は過去2番目に高い水準となった。これは危険な賭けだ。実際、原油においてはこうした在庫戦略を採用した結果、備蓄基地が満杯となり、引き取りが不可能となった結果、史上初のマイナス価格が実現してしまった。あの時の原油相場と同じ事がトウモロコシ、大豆で起こらないという保証はない。


米中両国が暫定的貿易協定に調印して5カ月、ノースダコタ州からの輸出は回復している筈だった。だが、新型コロナウィルスや香港政策を巡って中国との対立は再燃。つまり事実上の輸出不振が継続されている。そして問題は、収穫期まで左程時間がない事である。


夏の終わりに収穫期が始まり、利益の出る価格で穀物を販売出来ない状況になれば、低迷の影響は更に厳しい実感を伴うものになる。今の価格水準では、農家が利益を得られる作物は1つか2つしかない。しかも、トウモロコシや大豆、小麦といった主要作物は含まれない。そうした状況に主要品目の暴落が待っているのかもしれないのだ。


今アメリカで起こっているのは、IT産業の復活と巨大な財政による回復期待だが、こうしたアメリカの中央部を支えるエネルギー、農業、製造業が簡単に復活しないのは明白。こうした状況の全て―とは言えないまでも、多くの責任があると思われる現政権に市民が厳しい審判をするのは当然なのではないか?


焦ったトランプ大統領はロックダウン解除を早めた結果、サンベルト―即ちカリフォルニア州やフロリダ州において感染爆発というべき状況に。現在、大統領の周辺では就任当時にやることなす事全てが滅茶苦茶でも、経済が好転したまさに真逆の状態になっている。多くは自業自得―とはいえ「詰んだ」とでも言っていい状況ではないか。


我々は、トランプ大統領のいないワシントンD.C.を考える必要がある。

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