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【投機の流儀 セレクション】安倍三選はなるか

多分三選は通るであろう。
総裁選は現職の総裁に有利なようにできている。
総裁選に立候補するには国会議員の20人の推薦人が必要であった。
昔は50人だった。
中曽根さんですらこの50人の推薦人には党内の中間派から助太刀を頼んだほど立候補自体のハードルが高かった。
今は20人を集めれば足りる。
今のところ、岸田さん・石破さん・野田聖子さんが立候補するであろうと政治通は語っていたが、岸田さんは降りた。

派閥は何のためにあるのか。
「それは総理総裁をつくるためにあるのだ」、これはかつて金丸氏が竹下総理の擁立に際して語った言葉だ。
その宏池会を引き継ぐ現会長の岸田文雄氏は「平成災害の豪雨災害に対し、政治としてやりべきことに取り組む。
その上で総裁選のことを考えるのが順序というものだ」と述べ、総裁選に打って出るか否かの判断の先送りの理由を語っていたが結局は降りて次の機会に備えるのだ。

しかし、ファイティングポーズを示さない派閥会長は求心力を失う。
政治家に求められるのは品位と闘魂である。
石破氏も岸田氏も自分の政策を明言する部分もあり前者は本まで書いているが、野田聖子女史が政策について語っているところを聞いたことがない。
そもそも品位がない。
筆者が時々言うように、票田をマーケットに例えれば政治家の商品価値はその政策である。

平成になって以降の法務大臣で任期中に死刑を一番多く執行したのは上川陽子法相であろう。
彼女は死刑執行前日、自民党が開催する飲み会に出席していた。
これは違法行為ではないが、かつて「悪人死すべし」と言ってどんどん死刑執行の判を押したとされている鳩山法相さえも判を押す前には斎戒沐浴してサインしたという話しがある。
言うまでもなく法務大臣は死刑執行の最高責任者だ。
7人も同時に死刑執行をしてその前日飲み会で騒いでその写真を仲間がツイッターで公開する、それ自体は違法行為ではないが、そんな軽率な女に死刑になった7人は可哀想だ。
しかも自分の宗教的信念に従ってやったことだ。
オウム真理教の残党に暗殺される恐れもある。
7人を同時に死刑執行して良いものだろうか、という迷いを振り切って、法務大臣としてやるべきことはやったのだと決然とした意思決定をもってサインしたと思えない。
こういうところに少しも違法行為ではないが品性の無さが出てしまう。
また、大雨や大きな災害が予測される時に大々的な飲み会を議員宿舎内で開催したとはいえそういうことは首相官邸の危機感の希薄さを強く印象付ける。
自民党総務会長の竹下亘は9日の記者会見で頭を下げた。
「これだけすごい災害になるとは予想しなかった。もう開いてしまった。もう開催してしまった。どのような非難も受ける」と言って開催してしまったと後悔はしたという。
少々はマシである。

総裁選について補足

自民党長老が「これだけ総裁選に力を入れている現職総裁は初めてだ。
異常ではないかと思うくらいだ」と語っているということをあるジャーナリストから聞いた。
12年の総裁選で地方党員票300のうち安倍が獲得したのは87票。
これに対して石橋は165票を獲得した。
決選投票で大逆転して安倍総裁となった。
このトラウマが安倍首相にあるのであろう。
例の豪雨の最中の飲み会に出席したのは首相として再選事項を示したのであろう。

総裁選についての追加

野党は首相に対して、理想ばかり述べると批判するが実は、理想を含まない現実は単なる状況追随である。
逆に現実を踏まえない理想は単なる夢想耽溺である。
少なくともオトナの世界ではそういうものである。

ところで、評論家と称する人々は妙なことを言う。
麻生副首相が極めて率直に事実を話したことに対して、それを揶揄し批判していた。
麻生氏は衆院選が終わった時にこう言った。
「与党が圧勝したのは北朝鮮問題があったからだ」と発言したことに対して「国難が政治利用されている」という批判が沸き起こった。
北朝鮮問題が国難の一つであると認識しているならば、国難への対処策について論じない選挙などというものがあるものか。
麻生氏は率直に事実を言っただけだ。
ところが彼にはバカにされたり揶揄されたりする要素が首相時代からあった。
小4レベルの漢字がよめないことが3回くらいあった。
選挙や政治には株式投資と同じでツキがある。
安倍政権は今までツキにツキまくった。
最初に安倍政権発足直前の2012年選挙中に笹子トンネルの落盤事故があった。
そこで第二の矢である機動的な財政出動」は普通なら土建業者へのバラマキだと非難されるところを「国土強靭化計画」と誰が付けたか知らないが巧い表現で「機動的な財政出動」を謳い、落盤事故のおかげでバラマキとの批判を受けなかったし、北朝鮮が選挙中にミサイルを発射した。
そこで日本国内の凝集力は高まった。
すべてはタイミングのツキであった。

政治家の品位について

保守というのは、過去に持っていた長所は重んじ、過去をすべて捨て去って前進することはせず、過去の長所を重んじながら急激な革新には用心しつつ、しかも焦らず慌てず諦めず、一歩一歩前進していくというのが保守である。
過去のことは何でもかんでも良いとして過去を懐かしみ過去に戻そうとするのは「反動」であり「懐古趣味」に過ぎない。
これと保守とは違う。
一見保守の立場に立ったように見えるかもしれないが、平成時代に入る前までの一般国民の政治観・生活感情について簡単に触れたい。
当時から政治家の商品価値は何よりも政策とその遂行能力と統率力であったが、同時に品性とか品位とか見識というものが重視された。
筆者が入社した頃も品位とか品性が重視された。
「品がないとこはするな」「品がない稼ぎ方をした奴は自ら破滅するものだ」「最低限度の品位は保て」などと言われ、「品質のいいものをつくろう」というのがメーカーの基本姿勢であり、「貧しくても品のある生活」「品の言い儲け方をする」などということは日常口癖のように言ったり言われたりしてきた。
政治家に対しても本来の政治家の商品価値の他に品性とか品位というものを重んじてきた。
そして当時の政治家は悪いこともしたが、ある貫禄なり見識なり品性なりを持っていたように思う。
今の政治家は大きな悪事は働かないが品性や品位というものがほとんど感じられないような気がする。
今述べたことは客観的な尺度というものは無い。
アメリカ大統領の例で言えば、ケネディのスピーチには品格があった。
最近で言えばオバマのスピーチに品位と品格があった。
日本の政治家にも、失言も多くあったが政治家語録として残るような明言も多くあった。
今はそういうものがなくなってきた。
大きな悪事も働かなくなったが貫禄や品性がなくなってきた。
自分の妻が総理大臣夫人として相応しからぬ言動をとって許しておくような政治家はいなかった。
安倍首相の最大の弱点は昭恵夫人だという。
昔ならば「自分の女房一人ぐらいをコントロールできなくて1億2000万人の指導者が務まるか」と言って直ちに降板させられたものだ。
今はそういう言い方はしない。
以上述べたことは思い付きの雑談程度に読み流してもらえばよいのであって、安倍3選に際して岸田さんにも石破さんにも野田聖子さんにも同じことを言いたい。


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「投機の流儀 セレクション」のアーカイブは、電子書籍の紹介サイト「デンショバ」にてご覧になれます。

デンショバ
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【プロフィール】
山崎和邦(やまざき・かずくに)
1937年シンガポール生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。野村證券入社後、1974年に同社支店長。退社後、三井ホーム九州支店長に、1990年、常務取締役・兼・三井ホームエンジニアリング社長。2001年、同社を退社し、産業能率大学講師、2004年武蔵野学院大学教授。現在同大学大学院教授、同大学名誉教授。大学院教授は世を忍ぶ仮の姿。実態は現職の投資家。投資歴57年、前半は野村証券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築、晩年は現役投資家で且つ「研究者」として大学院で実用経済学を講義。
趣味は狩猟(長野県下伊那郡で1シーズンに鹿、猪を3~5頭)、ゴルフ(オフィシャルHDCP12)、居合(古流4段、全日本剣道連盟3段)。一番の趣味は何と言っても金融市場で金融資産を増やすこと。
著書『投機学入門』『投資詐欺』(講談社)など多数。

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