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ラブカプチーノ 1

2月14日。
世間はバレンタインデー。
でも、アタシにとって2月14日はバレンタインよりも大切な日。
彼、慧くんと付き合って1年記念日で、彼の誕生日でもある。
そんな大切な日なのに……。
二人で会えるのは夜しかないのに……。
今日じゃなきゃ、意味がないのに……。
何で分かんないのよっ!

 バカ慧っ!!

*    *    *    *    *

今日は生憎の雨。
街はバレンタインだからか、カップルのあいあい傘が目立つ。
一人そっとそれを横目で見るアタシ。
……別にうらやましくなんかない。
アタシにも彼氏はいる。
ただ……今は隣にいないだけだもん。
アタシの隣にポッカリ空いた慧くんの特等席。
こんな大切な日なのに、知ってか知らずか慧くんはバイトを入れた。

慧くんは製菓の専門学校に通っていて、就職も今のバイト先に決まっている。
それが今、アタシの目の前に立っている、カフェ・ブルーム。
個人オーナーが経営するコーヒー専門店。
ここのコーヒーに慧くんは惚れ込んで、バリスタを目指して頑張っている。
慧くんの夢を応援してあげたい。
でも、2月14日はアタシにとっても慧くんにとっても特別な日。
だけど、アタシも昼間は学校があるから会えるのは夕方から。
アタシは専門学校の受験も終わって、慧くんのバイトのない日は会えるはずなのに……。
この日だけは……そう思ってたのに、肝心の慧くんがいなきゃ意味がない。
それが頭にきたアタシは慧くんと大ゲンカ。

大切な日を忘れられてた悔しさと、慧くんとアタシとの大切さの重みの違いとに慧くんの言葉なんて聞く耳もたずだった。
普段は温厚な慧くんもそんなアタシに嫌気がさしたんだろう。
『勝手にしろよ!』
そう言われて連絡をしなくなったのは3日前。
もちろん、慧くんから連絡もなく、アタシも変な意地を張ってて、連絡なんてしなかった。
せっかくの慧くんの誕生日、二人の記念日なのに、会うことも、一言も言葉を交わすこともなく最悪な1日が終わろうとしていた。

 
だいぶ前からずっと大切に楽しみにしてきたこの日。
やっぱり、こんなふうに終わらせるわけにはいかない。
とりあえず、仲直りだけはしなきゃ……そう思ってここに来たものの……。
……中に入りずらい。
店の入り口付近で、何人ものお客さんを迎え入れて見送って……でも、アタシには入る勇気すらない。
ドアが開くたびに温かい明かりが漏れ、コーヒーのいい香りが店内へ誘う。
雨の寒さに体も冷えてきたし、勇気を出して入ろうかな。
でも……。
店の前で悩んでいると、後ろから声をかけられた。

「ちぃちゃん?」
「あ、カズさん……」
声に振り向くと、バリスタのカズさんがそこに立っていた。
カウンターに立つカズさんとはまた違う雰囲気で、カズさんの隣には小柄な女の人もいた。
彼女さんかなぁ……。
「何してんの? 入んねーの? 慧いるでしょ?」
「あ、うん……」
悩んでるなんて気づかれたくなくて傘で顔を隠す。
「ごめんな、今日、ムリヤリ慧とバイト変わってもらって……」
「え?」
それ、どういうこと?
「実はさ、今日、こいつにプロポーズして……」
「うそっ! カズさん、結婚するの?」
「まぁ……な」
と、今までに見たことのないくらいの笑顔で彼女に笑いかけてるカズさん。
彼女の薬指に光る指輪が幸せを物語っていた。

「そうなんだ……おめでとう!!」
こんな幸せな話が聞けるなんてうれしくなる。
「ありがとな。慧ももうすぐバイト、終わりだろ? それまで中にいたら? 寒くない?」
「あ、うん……」
言葉を濁すように返事をすると、カズさんがアタシの顔を覗き込んできた。
「……何かあった?」
「いや、別に……って、ちょっと……」
フワッと傘が浮いて、アタシはカズさんの手によって店の中に入れられていた。

店に入ると、いつもの雰囲気とはちょっと違って、オレンジ色の幻想的な光が店内を照らす。
ほとんど女性客が占める狭い店内でゆったりとしたジャズが流れていた。
「温かいカプチーノでも飲んできなよ」
後ろからそう背中を押されて店の奥へ入ると、カウンターの向こうに慧くんがいた。

いつもはマスターと慧くんとカズさんかタケさんがいる。
今日は慧くんとタケさんの二人がカウンターで女性客の相手をしていた。
それはいつもの光景。
アタシは1席だけ空いていたカウンター席に行こうとして、足を止めた。
だって……。
慧くんがカウンター越しに一人の女性から、うれしそうに小さな袋を受け取っていたから――。

今日はバレンタインデー。
きっと、あの中身はチョコレート。
営業スマイルかもしれない。
でも……あんなにうれしそうにチョコを受け取るなんて……。
一番見たくないシーン。
慧くんは仕事とはいえ、アタシ以外のチョコも受け取るんだ……。
ケンカしてるくせに、沸々と湧き出る嫉妬心にアタシはため息が零れる。
――やっぱり、帰ろう。
きっと、このまま慧くんに会ってもまたケンカになるだけだ。

「カズさん、アタシ……」
「ちぃちゃんはあそこだろ?」
アタシが動かなかったのをカズさんはどう捕らえたか分からなかったけど、
さっきと同じように強引にアタシを引っ張って一席だけ空いていた一番奥のカウンター席に座らされた。
ここは慧くんの持ち場で、特等席。
いつものアタシの限定席。
フッとテーブルに目をやると、一枚の紙が置かれていた。

―reserved seat―

予約席?
じゃぁ、ダメじゃん。
アタシが立ち上がると、愛しい人の手でそれが取られた。

「どうぞ」


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