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アヴィニヨンの偽物とマルセイユの天使たち:その5 - 天使たち登場 -

ユースホステルの玄関前アプローチには車がちらほら。
大きなバスも停まっている。

ドライバーさん、車を停めると私に鞄を手渡し、今度は中までついて来た。

持っていた携帯電話からカード会社へ電話しようと試みるも、
何度やってもつながらない。

どういうこと?

フランス語の早口メッセージ、聞き取れません!
英語が話せるレセプショニストの男性に、電話を渡し通訳してもらう。

「なんか、海外通話に制限かけてるの? 
解除するには日本の携帯会社に連絡しなきゃだめかもね」

頭真っ白。
はい、日本の空港で、その設定をしたのは私です。

幸いWi-Fiが繋がっている。
高級ホテルより、よっぼど利便性が高い。

その分セキュリティがまずいかもとは思ったが、辺りを見回しても走り回る子供や中高生たち。
ホテルというより学校に来たみたいな、ほのぼの感満載のユースホステル。

急いで携帯会社のホームページで対応策を確認するも、

Web上では対応できませんので、
対応可能時間内に下記までお電話をおかけください

と、書いてある。

はぁ? なにそれ? その電話をかけることが出来ないんですが。
帰国したら、速攻解約してやる。

知人に連絡でもしようもんなら、大騒ぎされること間違いなし。
だからろくにフランス語もできないくせに、止めとけと言ったのにと、
説教されるに違いない。
ヘタしたら、ここまでやって来るかもしれない。

う~む。

絶体絶命のピンチの中、部屋の空きを確認すると、

「あのさ、ここ、どういうところか知ってる?」
という、怖い疑問形で答えを返す、男性レセプショニスト。

「ユースでしょ?」
「そうだけどさ。日本人でしょ? いいのここで? 駅前まで行けばホテルいっぱいあるよ。今さ、休み前の子供達が団体の合宿で使ってるから、満室なんだよね。空きあるかなぁ」
「ホテルで、またカード使えないとマジで逮捕だから。空いてる? 泊まれますよね?」
「う~ん。男性用は空いてるんだけど……」

テンパってきた私。
高速で、頭脳を回転。

ともかくフリーメールで日本へメール発信。
今、電話とカードが使えない、と。

「ここ、キャッシュディスペンサーない?」
「あるわけないじゃん、そんな物騒なもの」

キャッシュディスペンサーが《物騒》な状態を生み出すところなのね。
理解。

辺りは暗い。銀行はもう閉まっている。
コンビニもない。あったとしても現金をこんな時間に出せる場所じゃない。
そんなことしたら、命が危ない。らしい。

「明日の朝、近くのキャッシュディスペンサーまで連れて行ってあげるよ」

男性レセプショニストの隣にいた、素敵なブルネット色の髪を持つ、スリムで凛々しい顔の女性が言う。
周りの騒ぎに動じずにPCを高速の手さばきで叩いている。

「あ、ベッドひとつキャンセル出たよ。四人部屋の二段ベッドの上だけど」
「全然オッケー! ありがとう」
「じゃこっちのPCから直接予約とるね、パスポート貸して」

ありがとう神様。

「でもお金無いんでしょ? どうすんの?」凛々しい顔で尋ねられる。
「明日には電話繋がるようにして、カード会社に確認する。ごめんなさい。明日まで待ってもらえませんか? 少しだけど現金あるから、半分で良かったら先払いしておくよ」という私に、
「シッ!」という凛々しい女性レセプショニスト。

「明日になったら、お金何とかなるんだよね? どっちみちそのお金じゃここの料金には足りないしさ。あのドライバーに見つかったら、それさえ持ってかれるよ。隠しておきなよ」

カウンターの向こうから大学生風の男性が聞く、
「何でタクシー代、払えないの? 何か事件に巻き込まれた?」

おいおい、そういうエリアかよと、怯えながら返答。
「ちょっと高すぎてね。おまけにカードが使えない。キャッシュしかダメだって言うんだよね。後で送金もダメだって。信用されてなくて……」
「あるあるだね。だから俺たちタクシーなんか絶対乗らないもん」
隣にいるギリシャ彫刻みたいな顔立ちの若い男性が呟く。
とにかく全員が、二十代前半にしか見えない。

「カード会社に電話かけて、確認したいんだけど……、電話借りられる?」
「まず、そのカードが使えるかどうか調べてあげるよ。使えるんならここの料金も先に払えるじゃん」

そうか!と思ったが、何回もカードを機械に通すレセプショニストの男性。

支払い請求何回もされたりしないよね?

親切なレセプショニストを信用しないほど、闇に落ちて行っている私。

不思議そうな顔をして、レセプショニストの男性が、どこかに電話をかけ始める。そして、とんでもない事実、いいえ、大体予想していた事実が発覚。

「どっちのカードも全然使えるはずなんだけれどさ、ここでは提携してないから無理なんだって。多分、タクシー会社も同じ理由じゃないかな」

やはり……。

「ここさ、フランスだよ。そういうカード、観光客がいるような所しか使えないと思うけどね。有名店とかだけで使えるんじゃない? そんなカード見たことないもん。日本から出る前に決済しておかないと使うの厳しいよね。
日本も昔と違って景気悪いんでしょ。そのカード、観光地以外じゃ使えないところ増えると思うよ。怖くてうちみたいなところが直接提携なんか無理。日本だってそうでしょ? どんな国のカードでも、どこでも使えるの?」

ううむ。ごもっとも。

このカードは、海外旅行を余裕をもってするような金持ちになっておくことが前提条件だったのだ。それにふさわしい所に泊まり、ふさわしい食事をし、ブランドショップで買い物をする人が使うべきカードなのだ。
観光地以外の放浪の旅では、ほとんど《使えない》カードだった。

事の次第をレセプショニストから説明されたドライバー。
どこかに電話をかけ始める。そして皆に告げた。

「うちの会社でも、そのカード、ふたつとも取り扱ってないんだって」
呆然とするドライバー。やっぱりね、の顔のスタッフ。

「パリじゃないんだから。そんなカード、ここらあたりじゃ駄目だよ」
「あの、ここに来る前のホテルに電話していい?」
「どうするの?」
「ホテルに一旦立て替えてもらうよ。カード使える会社にしてくれって頼んだのに。ホテルにも責任あるから、ホテルが運転手へ支払った後、その金額を私がホテルへ送金するから」

名案だと頷くドライバー。
ホテルからなら自分の家からも近いし、有難い話のはず。
それでも、ここから帰るのに1時間は運転しなければならない。

タクシー会社が事後送金をオッケーにしてくれれば、話が早いのに。
そう思いながら、フロントからアヴィニヨンのホテルへ電話をかけた。

が、タクシーを呼んだホテルはうんと言わなかった。
「そんな費用をうちが払うわけにはいきません。大体、いくらになるか分からないじゃない」
「金額は領収書があるし、確定してます。メールで送りますよ」
「だって、あなたが後で私にお金を払う補償なんかないじゃないの」
「必ず送金しますよ。逃げたら訴えでもしてくださいよ。いや、そもそも、あなたが間違えたんでしょ。確認したの?」
「そんな使えないカード持ってフランスに来る方がおかしいし」
「他では使えたんですよ。そこでも使ったでしょ?」
「じゃあ、タクシー会社のせいじゃないの」
「だから、このカードを使えるところをってお願いしましたよね」
「知らないよ。このホテルを予約できたカードなら多分使えるんじゃないかって思ったの」
日本から予約しているのだから、日本のカードで予約できたのは当然だ。
「ほんとに困ってるんです。ドライバーも帰らないし」
「知らないよ! せっかく優雅な気分でディナーをとっていたのに。こんな時間に電話してきて、失礼なアジア人だね!」

ううむ。間抜けな私のせいで、日本人、いえ、アジア全体に被害が及んでしまった。

アヴィニヨンのホテル……最悪だったと、回想する次回へと続く。




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