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「帰省」すること

このゴールデンウィークは、東京に帰省した。
久しぶりの満員の飛行機。後ろから、「イヤダ。ヤダー!」という元気のいい絶叫が聞こえてくる。
私が知っている鳥取ー羽田便は、いつも静かで横の席もあいていて、寝れるくらいには空いていた。その上、観光客の姿もほとんど見当たらなかった。コロナ禍の終わりを感じた。
どうぞ、泣いていいんだよ、お子さん。私もそっち側だったから。

子どもの頃の「帰省」

私にとって、最初の「帰省」の記憶は、小学生の頃。関西に住んでいた私は、毎年の夏、東京の母の実家に「帰省」していた。
母の実家は、母が生まれて2、3年で越してきたマンションの一室である。年季の入った部屋だが、生まれてすぐの私はこの部屋で過ごしていた。自分にとっての最初の記憶は、この家で弟に足を噛まれる思い出だ。
新幹線に新大阪で乗って、東京駅で降りる。行きはワクワクするのだが、帰りが本当に嫌だった。
日曜日が憂鬱な社会人が休み終わりに震えるように、私も休み終わりの現実に戻る「感じ」がものすごく苦手だった。なので、たいてい最終日の夜、信じられないくらい泣く。祖母にすがって、大泣きする。
新幹線に乗る頃には気持ちも高ぶっているので、出発する頃には声をあげて泣き出して、新横浜手前くらいまで大泣きした。
東京から私を引きはがさないで、とでも言うように、しがみついていたかった。悲しかった。
今思うと、母はこの頃色々と神経を尖らせていた時期で、父も単身赴任して、大変だった時期だったと思う。そのストレスを私が無意識に感じ取っていたのか、おばあちゃんにいて欲しいなと思っていたのか、今となっては定かではない。後知恵バイアスも入ってしまう。

中学に入り、向きは逆になった。東京に戻ってきたので、今度は、関西にある父方の祖父母の家に「帰省」することになった。
中学生ともなると、1人で新幹線に乗るイベントが生まれだす。ちょっと特別なイベントになった。東京駅も改装されていき、普段は飲まないDEAN & DELUCAのドリンクを買ったり、お弁当を買ったりして、乗り込む。おしゃれイベントになった。
大概、新大阪駅か、最寄りの駅まで祖父母が迎えにきてくれる。
自分が少し大人になったように思える機会だった。もう泣きはしない。だって、大人だもの。

2020年と「帰省」

そんなふうな「帰省」が2020年、突如として忌むべきものになった。
人口最少県でなかなかコロナ患者が出ない鳥取と、大都会でコロナ感染者が増えていく東京。
4月にはコロナ対策とともに、新年度が始まり、人との距離を取るのが当たり前になった。初めての一人暮らしは、ソーシャル・ディスタンスを取るには好都合だった。
鳥取だと東京と違って、飛行機は鳥取ー羽田便しか空を飛ばない。1日5便だった飛行機も、2〜3便になっていた。それでも飛行機を見ると、「連れて行ってくれないかな」と思ってしまうところがある。
「帰省」したいと思うのは、この頃から東京に住む祖父母の体調があまり良くないと母に聞かされていたから、と言うのもあった。

初めて鳥取から出たのは、2020年の年末だった。
都会での歩き方なんて忘れてしまった。普段は、雪の道を必死に歩いている。だったはずの私が、行ってしまうとスクランブル交差点も歩けるし、新宿駅で待ち合わせもできる。ちゃんと東京の人間なんだな、と思ってしまう。
「いつ帰ってくるんだよ」と聞いてくる祖父。
「まあ修行みたいなものよね」と言う祖母。
とりあえず、まだ鳥取には染まりきっていなかった。
だからこそ、鳥取に帰ることにどこかワクワクしていた。年明け、もちろん泣いたりもせず、ビジネスマンしか乗っていないような空いた飛行機に乗って、鳥取に帰った。

祖父母と「帰省」

2021年には、鳥取にもコロナの波が来て、結局年末まで「帰省」しなかった。飛行機の機内も、まだまだビジネスマンが多く、女性・子どもは移動できないのだろうかと錯覚するような雰囲気だった。
「帰省」して、祖父母に会いにいくと、体は一応動くけれど、ちょっとボケてしまった祖母と、腰を痛めてベッドから動くのは辛いが、頭はキレキレの祖父といった状況で、罵り合いながら、2人で暮らしていた。
「違うわよ、お父さん」
「そうじゃねえだろうよ。困っちゃうよなあ」
というコントだと私は思っていた。

2022年3月に祖母が亡くなり、「帰ってこなくてもいいのよ」と言う母の制止を無視して、東京へ帰った。
余程、それが応えたのか、祖父も秋に亡くなった。

2023年になった。東京の祖父母の家は、主人を失っている。
その家に寄らない東京での生活というのは、どこか私にとってちぐはぐな「帰省」だった。
ああ、もう2人はいないのだと思うけれど、あの家に行って待っていれば、現れるのではないかという予感もする。

あの子は何を思って泣いていたのだろうか。

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