モリダイ生協のミハラさん

モリダイ生協のミハラさん 第2話

(第1話はこちらから)


2.不穏なMTG

18:00からのMTGには、わたしと4名の用品チームの学生の、計5名が参加した。わたしとまどか、さっき話題にした岩貞、2年生の細川さん、4年生の初芝くん。元々学生6名のチームなので、主要なメンバーはだいたい揃っている。今日は、来月からはじまる商品研修の内容協議の日だ。新生活用品は品数が多く、モデルルームまるごとお買い上げの「セット」組もするが、基本的には新入生のニーズに合わせて細かく購入されるカテゴリなので、どれだけ学生アドバイザーが商品に愛着が持てるかがカギになる。
着々と議題を消化し、MTGの終わりが見えたところで、わたしはまどかに目配せをする。そろそろ、あの話題を切り出すぞ、と。
「ねぇ、みんな、ちょっと話があるんだけど」
わたしは緊張してやや震えた声で、レジュメには書いていない議題を切り出した。
物件の仮予約が、新生活用品に与える影響は大きい。普通、住まい成約後、つまり部屋の間取りや大きさがわからないと、ベッドやテーブルなど、大物の家具家電は売れない。仮予約は、受験生が合格後のお部屋の成約を前提条件に、合格前に物件成約をするものなので、一見すると新生活用品にとっては有効な取り組みに見える。ただ、手問題が大変煩雑になる。新生活用品は、九州地方にある共同受注センターが全国一括で仕入れを行うため、今回のように、仮で受注をあげると全国在庫をモリダイが食うことになり、その対応が問題ないのかを、方方に確認する必要があった。
「あの、それもう決まりですか?」
説明を終えると、案の定岩貞が質問してきた。
「ううん、まだ職員の方で細かい調整があるから、まだ確定ではないかな。でも、そういう方向性だから、みんなには知っておいてほしいと思って」
わたしはそう答えると、学生たちの反応をうかがう。“こちらが何を言ったかではなく、相手がどう受け取ったかが全てだ”、これは松岡センター長の口癖だ。
「在庫管理とか大変だと思うけど、大丈夫なんですか?」
最年長の初芝くんだ。彼は事務スタッフという、新入生に個別対応するアドバイザーではなく、後方で電話受けや受注をおこなう裏方出身のスタッフだ。なので、この質問も想定内。
「実はまだ全国の方たちと調整とかはしてなくて、もっと全貌が見えてきたら、一緒に考えようね」
“一緒に考えようね”、この言葉を大事にしようと教えてくれたのは、共済担当の森原副センター長だ。大学生協の新学期事業は、学生の力なしには2500名もの新入モリダイ生を迎えることはできない。学生と職員は、立場が違うだけで、同じ目標に向かう仲間なのだ。けしてただのバイトの上司部下の関係ではない。
「わたしはがんばれそうだと思います」
「心配事もあるけど、やってみましょうよ!」
穏やかな性格の細川さんと、さっき事前情報を得ているまどかは、賛成の意を示してわたしに助け舟を出してくれる。ああ、ありがとう!
「いや、やっぱちょっと納得できないっす」
岩貞は、むくれ顔でそう言った。何が気にかかるのだろうか。
「岩貞くんは、何が気になってるの?」
「だって、仮予約って、お客さん部屋を変えるか可能性あるんですよね?住むかどうかわからない部屋のために、新生活用品売れますか?」
これは想定していたが厳しい質問だ。仮予約は合格後の入居を前提にはしているが、その場で重要事項説明まで終えない手法をとる場合は、キャンセルに対して違約金を請求する法的根拠がない。
「そ、それは…」
「そもそも三原さんはどう考えてるんですか?」
答えに詰まるわたしに、岩貞はさらに追い打ちをかけた。わたしの、考え??
「上から言われたからやるって言ってるようにしか聞こえないっす」
後頭部をガンと殴られたような衝撃。たしかに今日のわたしは、いかに学生たちに波風立たせず、仮予約のことを落とし込むことしか考えていなかった。その取り組みにどんな意義があって、それが新入生にとってどんないい事があって…そんなことまで、考えはとても及んでいない。
「い、岩貞、今日はとりあえず懸念事項出しの日なんだから、それも一意見ってことでいいんじゃない?ですよね、三原さん」
答えに詰まって黙り込むわたしにまどかがまたも助け舟を出してくれた。
「そ、そうだね…ちょっと一旦職員で持ち帰るね。また来週、チームのみんなには共有します」
そうMTGを締めくくり、わたしはなんとかその場は終わらせた。が、岩貞の言葉は、今もわたしの後頭部付近にずきずきとした鈍い痛みを与えている。くそう、くやしいMTGになっちゃったな。

***

どんよりした気分のまま事務所に戻ると、約束通り竹内さんがパソコン作業をしながら待っていた。もう教材チームの学生は帰ったあとみたいだ。
「三原、どうだった、MTGは」
「…この顔でわかりませんか、最悪でしたよ、岩貞に痛いとこ突かれました」
ちょっと棘のある対応になってしまったが、ごめん竹内さん、許してほしい。
新入生サポートプラザ、通称「新サポ」職員は、学生と一年中一緒に顔を合わせてともに仕事をしていく。彼らは大人の職員のように「家庭の事情」や「金銭」や「待遇」では動かない代わりに、「楽しさ」や「やりがい」といった、ある意味純粋な動機で動いたり動かなかったりする。今日、わたしが岩貞に言われたことばは、その学生の「やりがい」を損ねるマネジメントをしてしまったという裏付けだ。彼らは組織の理論や、単なる上意下達のシステムで動くことはない、いや、正しくは「動いてくれるがそこに想いはない」。
今日のわたしは学生たちに「上から降りてきたことだから、とりあえずやろうか」という話をしたに過ぎなかった。そんなことで彼らがワクワクしたりするわけないんだよなあ…。
「三原さ、今日あんまり三原の想いって話せなかったんじゃない?」
「竹内さん、いままさにそのことを脳内反省会してたんですから、わざわざ言葉にして浴びせ直さないでくださいよ」
教科書通りの竹内さんの指摘にむくれてみせる。自分だってわかってる。それを今一度ことばにされるのは、やっぱりくやしい。
「まあ、昼のかんじだとそんなんかなと思ってた。新サポ職員なら、誰しも通る道だよ」
竹内さんはなにやらわかった風なことを言うと、帰り支度をはじめる。ほんとうにこの人は私と話すためだけに待っていたらしい。
「竹内さんも、この道通ったんですか?」
「通った通った。三原は、オレの新サポでの同時期よりはぜんぜんよく動けてるよ。ま、明日の職員MTGで、松岡センター長から具体的に話があるはずだから、楽しみにしていよう」
竹内さんから雑なフォローを受けたわたしも、一緒に帰り支度をはじめる。お互いチームのMTGがある水曜は、わたしはだいたい竹内さんと一緒に帰る。この人も、面倒見がいいんだか悪いんだか。

事務所の鍵を守衛室に返すと、わたしは竹内さんと別れて自転車に乗り、天谷通のアパートまでの帰路を急ぐ。生協職員は薄給だ。入協してすぐに車はなかなか買えない。いや、持っている同期もいるけど、わたしはなんとなくまだ買う気になれなかった。
天谷川のほとりを通って、アーケード街を横目に走る。季節は初夏から、徐々に本格的な夏に向かっていた。冬生まれのわたしは涼しいと言われるS市の夏でも十分堪える。そして今年の夏は、なんだか気温以上にぐったりしそうな予感がしていた。

(第3話につづく)

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