モリダイ生協のミハラさん

モリダイ生協のミハラさん 第1話

1.突然の決定事項

「え、今年から物件の仮予約やるんですか!?」
「そうだよ、ただ、まだ理事会通ってないから、取扱は慎重にな」
私は驚きを隠せず大声をあげてしまった。壁をはさんだ向こう側にいる購買のパートさんたちに聞かれたかもしれない。ただでさえ声が大きいことで話題にされるのに、うっかりだ。だが、大声くらい出させてほしいレベルの案件であったこともまた確かだ。
「竹内さん、それどこからの情報ですか?」
「不動産の石原次長と昨日喫煙所で一緒になってさ、たまたま聞いた」
竹内さんの「たまたま」はだいたい嘘だ。というか、この人の偶然はだいたい嘘だ。きちんと計算して動いているのに偶然ぶることが多くて、気取っている感じがいちいち気に障る。
「ともかく、おそらく次の職員MTGで松岡センター長から話があると思うから、三原と用品チームは覚悟しておいた方がいいかもな」
「覚悟って、どんな覚悟ですか?」
「それくらい、考えなって、自分のチームでしょ」
ああ、また出た「考えなって」。竹内さんがほんとは自分もよくわかんないときの方便だ。なのになんだかマネジメントできる雰囲気が醸し出される言い回しでこれもなんだか腹立たしい。
「今日はちょうど、用品チームとうちの教材チームのMTGの日だろ?ちょっと今日のMTGで仮予約の話題出して学生の反応見てみなって。それを教えてよ。多分おれ残ってるからさ」
竹内さんはそう言い残すと、視線をパソコンに戻して事務作業に戻った。どうやら話題は終わったらしい。くそ、また言い逃げされた。
「わかりました、考えてみます。でも、一旦お昼行ってきますね」
私はそう言うと、事務所を出て同じ厚生会館内の学食「YELL」へ向かった。ああ、どうして私はこうも「引き」が強いんだろう。

私は三原勇気。ここM県S市にある杜王大学の中で事業を営む杜王大学生協(通称モリダイ生協)の2年目職員だ。大学生協というと、世間の方は学食や教科書、いわゆる「本とメシ」のイメージがあると思うが私の配属先である新入生サポートプラザは、受験生・新入生・新入院生・そしてその保護者を対象とした、新生活準備のお手伝いをするお店だ。といってもふわっとしているので、具体的には不動産や家具家電、共済保険にパソコン電子辞書、ついでに自動車学校や自転車も売っている、まさにモリダイ生の「新生活準備」を専門としたセレクトショップだ。
その中で私は家具家電の担当者だ。大学生協グループでは家具家電を「新生活用品」と呼んでいるので、私の担当する学生スタッフのチームも名前は「用品チーム」という。よーひんちーむ。語呂は悪くない。

「よう、水原ちゃん、今メシか?」
YELLで昼飯にハンバーグ定食をいただいていたら、食堂部の梅津次長に声をかけられた。がっりしボティで昔ながらの職人気質のおじさま。気さくな人柄で、次長でありながら、職員を見かけたら必ず一声かけている。
「『ミズハラ』じゃないですよ、『ミハラ』ですよ、三原じゅん子の『ミハラ』!」
「あは、そりゃ失礼。仕事、今から忙しくなって大変だろうががんばってな!」
いつものやり取りを終え、梅津次長は食堂の厨房へと消えていった。私は三原勇気。「勇気」という名前だが、女だ。勇気凜々の女だ。
「お父さん水島新司のファンかなにか?」
ある年代より上の方とご挨拶をすると、よくこう聞き返されるが、残念。ドリームボールの使い手は「水原」勇気だ。小学校の先生にはじまり、幾度となく間違えられてきたのでさすがに飽きた。ある時期から「三原じゅん子のミハラ」というとウケがいいことに気づいたので、そのテンプレも使っている。水島新司を知っている世代は三原じゅん子もピンとくるらしい。
余談だが、大学生協は50代のオジサンと20代の若手が多い極端な年齢構成の職場なので、この水原勇気ネタはこの仕事をはじめてからずいぶんアイスブレイクに役立っている。
そもそも「勇気」という男か女か迷う名前をつけた上に、日本屈指の野球漫画家の人気キャラクタに語感を寄せてくるなんて、と父親を恨みに恨んだものだが、こうなってしまえば結果よかったのかもしれないと、最近になって思う。

昼休みを終え事務所に戻ると、竹内さんと用品チームのコアメンバーの南まどかが談笑していた。
「あ、三原さんおかえりなさい!」
まどかはモリダイ工学部の3年生で、用品チームのまとめ役をやってくれる子だ。ショートカットに黒縁眼鏡をかけているので、大人しい文学少女のようなイメージを持つが、活発に意見を出して場を盛り上げてくれるムードメーカーだ。そしてかわいい。うらやましい。
「あれ、まどかどうしたの?打合せの予定だったっけ?」
「いえ、来月からのシフトの調整の相談に来たんですけど…三原さん、今年ほんとに仮予約するんですか?」
「へ???」
まどかから予想外の言葉を聞き、思わず古典的な驚き方をしてしまった。90年代かよ。
「まどか、どうしてその話を知っているの?」
「今竹内さんからそう聞きました」
またこいつか。ほんとろくなことをしない。どうせあとで「いやあ三原じゃうまく伝えられないかと思ってさ」とか先輩面してくるんだろう。
「竹内さん、さっきまだ理事会通ってないって言ったじゃないですか」
わたしは涼しい顔でパソコンに向かう竹内さんに文句を浴びせた。
「いやあ三原じゃうまく伝えられないかと思ってさ」
うわあ、私の想像と一言一句同じだったよ。
竹内さん、たしかフルネームだと竹内瞭平さんは、私の3つ先輩の28歳。大学生協は若いか大ベテランかの組織なので、この世代でも中堅にあたる。元々入協時は購買配属だったが、3年前にサポートプラザに異動になり、パソコン電子辞書などを提案する「教材チーム」と、わたしと一緒に「広報宣伝チーム」の2つのチームを担当している。カールした長めの髪にべっこう色の眼鏡。いつも口元にニヤニヤした笑みを浮かべているお調子者だ。店長とさほど年齢は変わらないはずなのに未だ一般職なのは、なんとなく軽薄な感じがオジサマには受けが悪いからだろうか。
その軽薄な先輩のせいで、わたしは今日のMTGで仮予約の話を触れずにはいられなくなった。いや、元々触れる予定だったけど、竹内さんのアシストがあったように見えるのはなんだか癪だな。
「仮予約があると、用品チームでも色々決めないとですよね、用品の受注どうするかとか、在庫の管理が大変そうですね。モデルルームも、もし別会場で仮予約するなら持っていかないと」
まどかが今日のMTGで話題になりそうなことを挙げ、手元にメモをしている。ああ、やっぱりこの子頼りになるなあ。職員として、まどかみたいに「職員寄り」の視点を持ってくれる学生の存在は非常にありがたい。
「まどか、色々ありがとね。今日のMTGで、みんなで問題点を出してみよう。誰か、反対しそうな人はいるかな?」
「そうですね…岩貞くんは、突然職員さんが情報下ろすといつもびっくりして一波乱起こす印象ありますけど」
用品チームの法学部2年生、岩貞真琴はマジメで熱血漢の男子学生だが、今のどかが言ったように、あまり職員から「決定事項」として降ろされるのが好きじゃない。ひと悶着はありそうだ。
「あー、岩貞はなんか言いそう。まあでも、それも含めて今日は懸念事項出しの日にしましょ」
私はそう話して、事務仕事に戻った。まどかはシフトの調整を終えると授業があると言って事務所から出ていった。竹内さんは、時折雑談をわたしに投げてきつつ、夜のMTGの準備をしていた。

そして18:00になり、わたしは用品チームのMTGを迎えた。この日のMTGを境に、私の今年度の新学期は大変なものになろうとは、このときは考えもしなかった。

(第2話につづく)



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