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JOMON ポッター

土器職人の青年は悩んでいた。
師匠が亡くなり、村の土器は今後青年が全て手当する事になったからである。

青年は手先が器用で、土器職人に抜擢され、
近隣のコミュニティからも名人と名高い師匠の元で修行していた。

師匠から造形と焼成は教わったが
教わっていない事があった。
煮炊き用の壺だ。
水瓶は作れるが、
煮炊き用の土器は、まださわりを教えて貰っていたところだった。

「こんな事ならもっと早くに色々教えておいて貰っておくんだった、、。」

煮炊き用の土器まで教われなかったのには訳があった。

師匠と生活必需品を作る傍ら
青年は器用な手先と芸術的思考で
縄目紋様だけでなく
動物をモチーフにした図柄の壺などを作成していた。

師匠は
「生活の中に遊びがあっても良かろう」
と、生活必需品作りを教えながら
青年の芸術性を伸ばそうと理解してくれていた。

『弟子は土器職人より土偶職人の方が向いているのでは?』
と周囲には話をしていた様だ。

師匠に連れられ
隣のコミュニティの土偶職人の作業見学しに行ったことがあるが
何か違うと感じた。

青年は祭事でしか使われない物より、
いつも生活で利用される物に何かしら施すという、
そういったところに喜びを感じていた。

取り敢えず、師匠が残してくれた煮炊き壺を参考に構造を把握しよう。
焼くのはまだ教えて貰ってなかったけど
確か水瓶より薪を多く焚べていた気がする、、。
薄い生地を一気に焼かないといけないから。

見様見真似で作ってはみたが
師匠が作った煮炊き壺に比べて耐久力が
無い。
師匠の土器の寿命半分くらいで壊れてしまう。
クレームの嵐だ。

縄文時代、コミュニティでは参加するヒト各々に役割が分担されていた。
生きていくには自分の役割をこなしていく必要があった。

まずいなぁ、、。
このままだとみんなに迷惑をかけてしまう、、。
師匠レベルの職人を探して、教えてもらいに行くしかないか、、。
青年がこれからの対応を考えている時、

「久しぶりだな!」
話しかけてきたのは、青年の幼馴染だった。
「帰ってきたのか!いつ振りだ?」
「3ヶ月振りくらいかな、、。」

青年の幼馴染は特にこれといった特技は無かったが、
体は丈夫で体力があったので、他のコミュニティへ物々交換する為に荷物を運ぶ行商としての役割を担っていた。

「調子は?」
「師匠が亡くなって水瓶以外を作る様になったけど、強度が出なくて困ってるよ。
行商先で土器作りの上手いヒトの話とか聞かいた事ないかい?」

「そう言えば、結構離れた北のコミュニティだけど、お前みたいに変わった土器を作る職人がいたぜ。」
「どんな感じの?!」
土器職人は、煮炊き壺の事より、どんな変わった土器なのか?そちらに興味を持った様だ。

「説明するのは難しいけど、なんか、、、
ゴワってしたというか、
とても奇抜な感じでイカしてたよ。
誰もあんなイメージ思いつかないくらい超クールだったぜ。」
「絵に描いてくれ!!」
「ムリ!俺に描け流訳ないじゃん?!」

確かに立体の物を平面に表現するのって難しいよな、、。

「次は、いつから行商に出るんだ?」
「ん?コミュニティの交換物を回収して2ヶ月後。でも今度は南の村だ。」
土器職人は北の村に連れて行って貰いたかったが、行商の青年はすぐ北には向かわないらしい。

「土器、もっと数作んないとみんな困るんじゃね?」
「そうなんだけど、そっちも気になるんだよね、、。
そのコミュニティって行って帰るのにどれくらい掛かるんだ?」
「行きと帰りの移動で2ヶ月くらい。」

土器作りを習うのに1ヶ月くらいとして3ヶ月くらい空ける事になるのか、、。
村長に相談してみよう!

「村長のところに行くから一緒に来てくれよ!」

青年は、今後の村の為に土器作りを習得しに行きたいと村長に相談した。
当然行商の青年が教えてくれた土器を見たい気持ちが優っていたが。

「3ヶ月間、皆が困らない様にしてくれたら良いじゃ。それよりひとりで帰って来れるじゃか?」
「村長、俺が一緒に居てやればいいんじゃね?俺、あの村結構気に入ってるし。知り合いもいるし。」

青年は、いつもの倍の数、煮炊き壺を準備する事、予備の水瓶を少し多めに準備する事を提案した。

「それと、、、
祭事用に何かひとつ作ってくれんかの?」

聞くに、祭事で使う土偶は隣の村からぶつぶつ交換で貰っていたが、最近、交換率が上がって困っていたそうだ。
「土器で表現して良いのであればやります。」

「石斧職人のところで子供が生まれるんじゃが、それを祝う祭を行いたいんじゃよ。」
「わかりました。早めにその土器は納品します。」

これまで色々なイメージを練り上げていた
青年はすぐ作れる気がした。

「これで土器の修行に行けそうだ!」
村の事も大事ではあるが、
行商の青年が言っていたクールな土器を見れる事がとても楽しみだ。


「村長こんな感じですが如何でしょうか?」

「出産を祝って生湯の壺を作ってみました。
この土器には使い道が2つあって、、、」
青年は言葉を止めた。
祝い事と聞いているので。
もし子供に不幸があっても、『もう一度生まれ変わるのを祈った棺にも使える』という2つ目の使い道は伝えない事にした。

「良いじゃ良いじゃ。それっぽいじゃ。祭事で使えそうじゃ!」

後は残りの煮炊き壷を準備すれば旅に出られる!

十分対応する時間はある。
土器職人は、初めての遠出もあってワクワクしてきた。


「じゃ出発だな!行商としても手伝って貰うからな!」
青年にもそれなりの荷物が配分された。
体力には自信が無いが、荷物は少し加減してくれたので、なんとかなりそうだ。

幾つかの山を越え北に向かい、ひと月が経った。

「ここがその村だ!」
青年の村の数倍のヒトが住んでいる
大きな村だ。
「この村の土器職人の事聞きに行こうぜ。」
行商に連れられて顔が広いという村の青年を訪ねた。

「あ〜。土器職人ね。腕は良いけど、変な物ばっかり作って困ってるよ、、。」
この村では青年の師匠の様に理解があるヒトは多くなさそうだ。
「年的には君らと同じくらいかな?」

驚いた事にそれほど歳の差はない様だ。
てっきり歴の長い老人かと思っていたが、、。

「村の南の外れに住んでるよ。俺の紹介って言えば良いから行ってみると良い。」
「俺は行商の仕事があるからここでな!夜には宿に戻って来いよ!」
青年は村を出るのが初で
当然村以外のヒトと接するのも経験がない。
行商の青年についてきて貰いたかったが、仕事が忙しいなら仕方がない。

「じゃあ、行ってくるよ。」
はじめてのヒトに会うのは緊張するが、
ここでもワクワクが優った。

ここだな。
「離れた村の土器職人ですが、ちょっと良いですか?」
「何か様か?」
聞いた通り北の村の土器職人は青年と同じくらいの世代だった。
「実は村の土器は私が作っているんですが、
師匠が亡くなって困っています。それで煮炊き壺の作り方を教えて貰えないかと。」
「こう見えて忙しいんだよな、、。」
「それと、、、行商の友人が見たというクールな壷を見てみたくて、、。」
「あの壺に興味あるのか!?早く言えよ!見せてやるよ!」

刺々しいがフォルムがスマートで
なんだか紋様と良くマッチしている。
なんだろう。不思議な魅力がある。
そして何処かで見た事がある形だ。

「これ、もしかして炎がモチーフなんですか?」
「よく分かったな。そうだ。点き始めの小さな炎と燃え上がる炎を一緒に表現するのが難しかったが、自分でも上手く表現できたと思ってる。大きな火は渦巻いてる様に動くだろ?そこは表面の紋様で表現してみた。」

「とても素晴らしいです!正しく炎だと感じます!私も創作意欲が掻き立てられました!」
「解ってくれるヒトがいて良かったよ!
村の連中には解って貰えなくてね、、。」
「友人に聞いて色々想像してましたが、思いも付かないデザインでした!見せてくれてありがとうございました!」

北の土器職人とは同じ感性を持っていたからか直ぐに打ち解けた。

「そういや、煮炊き壷だっけ?教えてやるよ。いつまでこの村に居られるんだ?」
「1ヶ月って約束で村を出てきました。」
「じゃ、一緒に作る時間もあるな。
教えてる間はここで生活すれば良い。」

土器職人の青年は住み込みで修行する事を行商の青年に伝えた。
「たまに覗きに行くからしっかりやれよ!
出発前に迎えに行くからな。」

青年の修行が始まった。

「煮炊き壺のポイントは、大きな火力なんだけど、実は生地にもポイントがあってな。」
ふむふむ。
「沼の泥をさらした物を乾燥させて表面に擦り付けるんだ。目の細かな土を付けると強度が上がるんだ。」
師匠とは違う作り方なんだろう。
そんな作業をしているところを見た事がない。
新しい製法だが今後はこの方法で作っていこう。
「一緒に10個も作れば覚えられるだろう。」


「やっぱり筋が良いな。
これだけ作れれば大丈夫だ。」
「ありがとうございます。」
土器職人の青年は1ヶ月も経たず煮炊き壺の製法を習得した。

いや、北の土器職人と一緒に芸術作品を作りたくて必死に覚えようと努力した。

「まだ時間があるので一緒に壷作っても良いですか?
あの壺見てると何か作りたくて、、。」
「良いねぇ。一緒に作るか!」

青年は北の土器職人のコピーにならない様、
イメージを膨らませた。

「これは、、、森?」
「そうです!解って貰えて良かった!
表面の紋様で木の皮を表現して、
取手にはゼンマイとかの山菜をあしらってみました。」

「なかなか良いじゃないか!
深い彫りで強調してて良いと思う!」

「まだまだです。
まだ形のある物しか表現出来ていません!
炎の様に形のない物を表現しているあの壺には敵わないです、、。」

「これからも創作活動は続けるんだろ?
今度納得いくものが出来たら是非見せてくれ。」

修行を終えた青年は村に戻った。


煮炊き壺に強度を上げれた事で、発注は減り、
その分、生活に余裕ができた。

創作活動に時間が割ける様になり、
青年は生活に必要な壺の発注がない時は山に出掛けて、
何をする事なくただ自然を感じる日々を送っていた。

「最近自分の作品、作ってないんじゃねえの?」
行商に青年に問われた。

「もう少しなんだ。自分の作風と自然とが一体になるの。イメージを練ってるんだけど、もう少しなんだ。」

「同じ事してても先って無いんじゃね?」

そうか、、。
「ありがとう!良いヒントになったよ。」
青年はある事を試してみようと早々に寝る事にした。

真夜中に起き出した青年は、夜の山に向かった。

特に夜村を出てはいけないと言ったルールはないが、明かりが月や星しか無い暗闇に好んで出掛ける者は誰もいなかった。

新月で全く明かりがないな、、。
でもこの環境が自分に足りなかった事かもしれない。
何かしら自然を目で追っていた。
全身で感じる事ができる自然ってこんな状態の時かもしれない。

青年は夜の山で神経を研ぎ澄ました。

今自分が感じる事ができるのは
動物の気配と『空気の流れ』だけ。

次の日、青年は早速創作活動を始めた。

「これから北に行商で出掛けるから顔出したが、なんか吹っ切れたっぽいじゃん。」

「帰ったら新作見せてやるよ。」

青年は思いつくまま、イメージした壺のパーツを作っていく。

いいぞ!良い感じだ!
このままイメージを膨らませるんだ!

ざっくりした全体イメージを思い浮かべながら本格的な創作に入った。


出来た!
自分の感性を形にできた。
北の土器職人に自信を持った見せれる物を。

「お。なんか出来てるじゃないか!」
行商の青年が声を掛けた。
「そうそう、連れて行けってうるせえから、
北の土器職人を案内してきたぜ!」

「久しぶりだな。
彼から新作が出来ると聞いて、居ても立っても居られなくて、連れて来てもらったよ。」

「お久しぶりです。丁度今朝完成したところで、、。」

「これは、、。いつも感じている何か優しいものを感じる。
いつも感じる自然そのもの。
なんだろう、、。見た事が無いが確かに感じた事がある何か、、、。
心に訴えてくるものがある!すごいよ!」

「これは私が感じた『風』です。」
「風、、!目に見えない物だな。」
「目で見える自然を追うと、どうしてもそれを模した造形になってしまって、、。
自分が自然の中で一番好きな物を、
感じたまま表現したんです。」

風は目に見えないけど、
確かに直ぐ身近にある。

暑さを和らげる様に優しい時も
家を吹き飛ばす荒々しい時も
どちらも同じ風だ。

それらを表現した。

「素晴らしい表現だ!感動したよ。
俺も自信を持って見せられる作品が出来たら連絡する!
これからも色々作っていこう!」

「これからも。よろしくお願いします。
みんなの生活に余裕が生まれて豊かに過ごせる様に頑張りましょう。」


長野県の茅野、山梨県の北杜、新潟県の十日町、青森県の八戸、、、幾つかの縄文文化の博物館を見学した時、8000年も前の情報網が発達していない時代に、土器の作り方がどんな風に伝わったのかなぁとか、たまに見かける奇抜なデザインを初めて作ったヒトがどんな事を考えて作ったのかなぁとか、いろんな事を考えてしまいました。
逆にその頃のヒト達は、奇抜なデザインの土器をどんな風に思って作ったのかなぁと。
生きていくのに必死な時とかでも、娯楽というか文化というか芸術というか、そう言ったものがもし生まれていたのなら、もしかしたらほとんどのものがコピーだったり、何処かで見た事がある何かだったりする今よりもとってもすごい事だなぁと思ったり。
「初めてコレを食べたヒトってすごいなぁ」とか考える時あるじゃないですか?
漆もこの頃もう使われてたとか。
0から1を作り出してたヒトの観察力凄いなぁって、色々想像したり。
特に歴史には詳しくないので、こんな事があったんじゃないのかなぁという、全くの空想です。
水煙紋様と説明されていた土器は私には渦を巻く水よりは風に見えました。
情報がない分、今よりヒトの感覚は純粋なものだったんじゃないのかなぁ。
そんな事を思いながら勝手な物語を考えてみました。

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