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ペニー・レイン

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若かりし頃に書いた短編小説です。全22章+あらすじ
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2019年1月の記事一覧

ペニー・レイン(1章)

ペニーレインはぼくの耳と目の中 あの青い郊外の空の下に ペニーレイン Penny Lane − The Beatles 1「ちびっ!ちびっ!」 「ちび、じゃないでしょ?『しび』よ、しび」 鋭角なセルフレームのメガネをかけた母親が、ろれつの回らない息子をたしなめている。うなじを薄っすらと濡らした男の子は必死に首を伸ばし、無造作に展示された巨大な鴟尾を見上げていた。 「ちょっと、触っちゃダメだからね」 母親はそう言って、鴟尾のそばに立つ監視員のあまねを窺ったが、彼女はそれを注

ペニー・レイン(2章)

2「ところでカレ、どんな人?」 「何がですか?」 あまねは頬を赤らめ、手に持ったメロンパンを見つめたままぶっきらぼうに答えた。 「ここでは、『ティファニー』なんか着けちゃいけないんじゃありませんこと?」 可織は、薬指に流し目を送りながら言った。 「外した方がいいですか?」 「いいんじゃない、それくらいなら。それに、外したくないでしょ?」 「……はい」 「で、カレは何してる人?」 「広告代理店でコピーライターやってます」 「へぇ、クリエイティブなカレってわけ。『おいしい生活

ペニー・レイン(4章)

4その日あまねは、平成館の中をぐるぐる回るだけのローテーションの真っ只中にあり、倦怠を感じていた。ここ数日可織が旅行で不在にしており退屈なことも手伝って、なおさら強く彼女に迫った。 そんな心境でぼんやりと時代の変遷に沿って歩いていると、無造作に並べられた埴輪コーナーの横で五歳くらいの女の子に出会った。女の子は、そのうちの一番大きいものと背比べをしているらしく、その丸いあごを思い切り突き上げている。 「ねぇ、おねえさん。私よりはにわちゃんの方が大きい?」 あまねの目には明らか

ペニー・レイン(3章)

3「もう、本当危ないわね、コレ」 階段の中腹を過ぎた辺りに例のゴージャスな貴婦人が佇み、手すりに向かってぶつぶつと呟いている。独り言にしてはかなり強い非難を帯びていて、否が応にもあまねの気を引いた。あまねは、ツキのないローテーションを恨みながらも、階段を下りて「何か?」と微笑みかけた。 「あら、またあなたね。さっきのことはちゃんと伝えた?それより、こんな作りじゃ手すりの意味ないでしょ。もっとお客様に優しくして欲しいものね」 確かに、そのスロープは壁に埋め込まれたようになって

ペニー・レイン(5章)

5「もしもし」 「話しても、大丈夫?」 「うん、帰り途中」 あまねは、なんとなく響太の声が聞きたくて、電話をかけていた。 「あのね、この前言い忘れたんだけど、今普段は出さない伎楽面の展示やってるよ」 「ギガクメン?お面?」 「うん。一年に一度だけ、より貴重なものを出すの」 「ふーん、見る価値ありそうだね。それも宝物館?」 「そう。私は十五時四十分から三十分間一階だから」 「じゃあ、そのくらいに行くよ」 「ありがとう。そうそう、今日すごい嫌なおばさんがいてさ。ああいう人って文

ペニー・レイン(6章)

6「オネサン、ギガァクメン、ハドコデスカ?」 あまねが訝しげに振り返ると、鼻をつまんだ響太がにやにやして立っていた。 「やめてよ、仕事中なんだから」 あまねは小声でたしなめ、澄ました顔をするように努めた。 「ココカ?ココデエエノンカ?」 響太はそんな風にふざけながらも、ガラスケースの中身に釘付けになっている。 「あのさ、さっきミュージアムショップ行ったんだけど、鳥獣戯画モチーフのジュエリーだけセール除外品なのは何故?売れ筋なわけ?」 「知らないよ。もう全部見てきたの?」