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ペニー・レイン(4章)

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その日あまねは、平成館の中をぐるぐる回るだけのローテーションの真っ只中にあり、倦怠を感じていた。ここ数日可織が旅行で不在にしており退屈なことも手伝って、なおさら強く彼女に迫った。

そんな心境でぼんやりと時代の変遷に沿って歩いていると、無造作に並べられた埴輪コーナーの横で五歳くらいの女の子に出会った。女の子は、そのうちの一番大きいものと背比べをしているらしく、その丸いあごを思い切り突き上げている。
「ねぇ、おねえさん。私よりはにわちゃんの方が大きい?」
あまねの目には明らかに埴輪の方が大きく見えたが、女の子の声には特定の返事を期待するニュアンスが含まれていた。

「どうかなぁ、同じくらい?」
「本当に?ママ、おんなじだって!」
「良かったわね。ほら、お姉さんにありがとうって」
母親は、そう言うと女の子の柔らかい髪を撫でた。彼女の口元には、美しく刻まれた皺がそっと寄せられていた。
「おねえさん、ありがとう!」
女の子は、そう言うとすぐさま隣のガラスケースに目を移し、古墳出土品の装飾具に心を奪われた。
「ママ、これは何?」
「これはね……」

《私は今、どの辺りにいるのかな》
あまねはふと、自分が女の子と母親のどちらに近いのかを考えた。背は埴輪より明らかに高いが、かといってあの母親のような優しい眼差しを持ってはいない。母親になれば、皆そうなるのか、いつになれば母親になれるのか。そんなとりとめのない疑問が、あまねの小さな胸に去来した。

そんな風に物思いに耽っていると、目の端にちらりと影が引っかかった。あまねは我に返り、「弥生時代」のケースの陰に例の目の不自由な男性を捉えた。大きな黒いサングラスをかけ、滑らかな質感のステッキを手にした彼は、少し首を傾げるようにしてゆっくりとケース沿いに歩いている。幼少期に住んでいた家を久しぶりに訪れて噛み締めている、そんな歩き方だ。

あまねは、その光景をさりげなく観察している内に、ある種の違和感を覚えはじめた。怪しいところは特にないのに、そうであることが逆に不自然に感じられる。

それはあるいは、視覚障害者に特有なものなのかもしれないが、とにかくあまねにとっては、どこか均衡を欠いた動作に思われて仕方がなかった。

(続く)

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