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言語学フェス2021―マジックのセリフと選択体系機能言語学について発表しました!

今回、「言語学フェス2021」というオンラインの言語学交流会に参加させて頂きました。

私は博士前期課程でアカデミアを離れ、民間企業に勤めながら趣味でゆるーく言語学を続けているだけの人間です。

そのためアカデミアの最先端の先生方や学生さんたちがいらっしゃる場に参加させて頂くのは非常に恐れ多いと思っていたのですが、結果として今回研究発表という形で参加させてもらってよかった、楽しかった!と思える貴重な時間を過ごすことができました。

ポスター発表を聴いて頂いた方々、運営の先生方、改めましてありがとうございました。

発表テーマ:選択体系機能言語学とマジックについて

今回は「選択体系機能言語学によるマジシャンのセリフ考察―Paul Gertner UNSHUFFLEDを例に—」というテーマの発表でした。

内容はマジックマーケット2020という「マジック界のコミケ」で販売した同人誌をポスターにまとめたものです。

表紙 名前なし

選択体系機能言語学(SFL)の枠組みを用いるというだけでも日本ではかなり少数派。さらに扱う題材がマジックのセリフということもあって少しは興味を持って頂けたかなぁ。

言語学フェス発表用にまとめた要旨は下記の通り。

ひとことでいえば、マジックのセリフってマジシャンの経験論的な知見から「こうすべき!」みたいなアドバイスがあるけれど、言語学という観点からみたら何か学術的に言えることがあるんじゃないかと思い、SFLで分析してみた、というものです。
あくまで1例を分析したのみですので、帰納的に何かが言えるということは全くなく、ただの言語事象の観察と考察にとどまるものです。

マジックというエンタメにおいてセリフの重要性は広く認められているが、その知見の多くは偉大なマジシャンの経験論によるところが大きいのが実情である。本発表は、Halliday & Matthiessen(2014)による選択体系機能言語学(SFL)の枠組みからマジックのセリフを捉えなおすための試験的な分析結果と推察を述べるものである。 分析対象は米国のテレビ番組『Penn & Teller: Fool Us』で多くの観客を煙にまいたPaul GertnerのUNSHFFLEDアクトを選定した。 SFLの根幹である観念構成的機能、対人的機能、テクスト構成的機能の三つの観点から各文法的要素の具現を分析することで、マジシャンがマジックにおける自身の演出及び主導権のコントロール、マジックを観客へ効果的に伝えるための時間・空間的な意識のコントロールをしている可能性の示唆について述べる。

分析した演技は下記の5:10頃までです。
(マジックとして面白いので、是非ご覧ください)


否定と語用論、テクストを見る視点について

今回のポスター発表では、SFLの対人的機能の観点の分析から、Paul Gertner UNSHUFFLEDの演技において、否定表現がマジックによって可能になっているということを述べました。

これについて語用論の観点からのお話をして頂いたのがおもしろかった。

今回の演技では、「トランプの側面にしるしをつけたんですが、油性ペンで書いたので変えられないんですよ」といった否定表現をともなるセリフを述べ、マジックを使ってそのしるしを変化させています。

改めて考えてみると、マジックは日常世界を支配する物理法則では決して起こりえない現象を起こすものです。それにより、観客に不思議を提供するのがマジシャンの役割となると思います。

マジシャンとしては、現象による不思議を高めるために、不可能性の確認・共有を行うことがあります。
実際にこんなセリフは言わないのですが、マジシャンが「このハンカチ、種も仕掛けもありません」と言うようなものです。種も仕掛けもないことは(少なくとも観客からみて)当たり前なんですけどね。

私はマジシャン側の立場からテクストを眺めていたので、今回の分析についても、否定表現で具現した意味内容はマジックという行為によって可能になる可能性があると考えました。

これについてポスターをご覧になった先生から、Griceの会話の公理から考えると「トランプの側面にしるしをつけたんですが、油性ペンで書いたので変えられないんですよ」という(ほぼ)自明のことが言及される以上、それは会話の公理に違反し、何らかの含意が発生するという意のコメントを頂きました。

これは私に欠落していた語用論の観点についての指摘という点で重要というのは言うまでもないことですが、マジシャンではない観客目線でのテクストの解釈がされているという事実に強烈な面白さを感じました。

私はマジシャンという立場を知っているだけに、マジックの筋書きありきでマジックのテクストを分析していたのだ、と反省させられました。

そして語用論、関連性理論についての入門書をご紹介頂き、さっそくポチリました。(不勉強でお恥ずかしい…)

いずれにしても、様々な言語学の見地からひとつのテクストを眺めるというのはそれだけで面白いなぁ、と感じました。言語学の幅広い分野の先生方が集まる言語学フェスだからこそ、感じられたおもしろさでした。

発表の反省と難しさ

・SFLの概要を1分で話すのは無茶すぎないか…?
・おそらく生成、認知、音声音韻、言語変種、言語教育などのトピック・理論が多数派の中、枠組みの前提が異なるSFLってどこから紹介すればいいんだ…?
・用語についてもSFL独自のものが多いのに理解されるのか…?
・三つのメタ機能とその具現方法なんて数分で話し切れないじゃないか…。

同じ言語学という分野でも、今回のように広範囲にわたる分野横断的な発表の場では、マルチな視点からコメントが頂けて刺激的な分、どの程度説明すれば伝わるか、どこまでを諦めるかという線引きが非常に難しいなぁ、と思いました。

悩み抜いた挙句、中学生が書いたようなゴミの如きMethodologyの説明が…

各メタ機能を具現する文法事項の出現数をカウント

何だこれは…。何も伝わらない…。
同じテクストを三つの観点から三重に別々の方法で分析しないといけない労苦も手法も、全く入ってこない…。猛省。

ほかの先生方のスライドを拝見すると、シンプルにすっきりとまとめていらっしゃって、今度はそこまで追いつきたい。

でも理論背景が異なると、説明省略で誤解を生んでも困るし、悩む…。
こういう場合は先生方はどうされているんでしょうか。

生成文法の樹形図は一般教養でも、SFLの選択体系網は一般教養じゃないですよね…。

選択体系機能言語学についての宣伝

SFLはM.A.K.Hallidayを中心として提唱された言語学の理論の一つで、コンテクストとテクストを理論的に関連させた、(難解で分析に手間はかかるけれども)パワフルで魅力的な理論だと感じています。

認知・意味的な視点とも考え方を共有する部分もあり、非常に広範な分野と関連を持てるはず、なのになぜかSFLについては国内ではあまり学ばれていないようですので、これを機に興味をお持ち頂いた方、一緒に勉強して頂きたいです。

入門書は少ないですが、下記2点を順番に読むといいかなぁ…。
(ほかにたくさん読んでいるわけではないですが)

日本語の文献でSFLの概観をつかむなら、この本か『機能文法序説』になりますが、SFLの用語に馴染んでいないと混乱しそう。(している)

入門だからといってHalliday&Matthiessenの『Halliday's Introduction to Functional Grammar』に挑むとおそらく追い返されます…。

SFLについては、2ヶ月に1度のペースでゆるく勉強会を開催しておりますので、他分野の方でもご興味があればお声かけ頂ければと思います。
(次回は2月で、4月から新しい本を読むことになると思います。おそらくEgginsの本)

Remoでの開催について

Remoは今回初めて触れましたが、運営の先生方のガイドが非常に分かりやすく、Remo体験日で十分感覚をつかめました。

カメラ・マイクありだからこそ、Web上でもオープンにお話しして頂けたような気もします。カメラ・マイクオフだったら、自分が聴き手の場合は見る専になって終わってしまうような気がしましたので、ひとりの参加者として交流という点ではこのシステムにとても助けられました。

Twitter上ではいくつか改善してほしいというようなコメントもあるようですが、私としてはどんな形であれ今回のような機会をご準備頂けたことに、感謝、感謝です。

最後に:嬉しかったこと

今回の発表自体は、拙いものだったとは思いますが、そんな内容でも言語学に真剣に取り組んでいらっしゃる方に、「わくわくした」とか「こういうトピックでも言語学で分析できるんだ」という感想を頂けたのが本当に嬉しかったです。

アカデミアを離れるということは、言語学に関わる方からのコメントを頂けるような場は非常に少なく、その研究の質についても担保が非常に難しくなります。

その一方で、アカデミアで生きて食っていくことに執着しなくても良い分、研究のトレンドや業績に拘らず、個人的な興味をベースにマジックのセリフのような特異なデータを扱って分析をするような、奇抜な研究もできることが野良で言語学をする魅力なのかもしれない、と改めて思いました。

今回の言語学フェスで、言語学の話をするのは楽しい!と思えましたし、今後も言語学を続けていきたい!と思えたのは、大きなモチベーションになりました。

来年も言語学フェスのような機会があれば参加できるよう、計画をねりねりしていきたい所存です。




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