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「出発は遂に訪れず」 島尾敏雄 感想文

特攻隊というものが、飛行機だけではなく、たった一人で乗り込む船もあったのだという事を初めて知った。

小舟の先につめこまれた「二百三十キログラムの炸薬」。
敵機がもしこの「蟻の群れ」のような「一人乗りの艇」の一群に攻撃を仕掛けたら、その炸薬が炸裂することを思うと心が塞がれる思いになる。

「死」を前に、覚悟の毎夜をどのような気持ちで繋いだのか。
 「重なり過ぎた日」「生きてもどることの考えられない突入が、その最後の目的として与えられていた」p.346

日々の訓練と用意された「覚悟」、心に決めた「死」、その大きくなりかけた「志」が遂行出来ないかもしれないと感じられた時の「虚しさ」のようなものは、積み重ねてきた当事者でなければ到底理解できない。
死なない方が良いに決まっている、この植え付けられた扇動のようなものが、本当に恐ろしいと感じた。

「私の死の完結が美しさを失う」p.347

この言葉に本当の戦争の誤りが響く。
誰の為に死んでいくのか。


「ニホンハコウフクシタ」p.377
日本の降伏を受け入れられなく思いながら、生き残った実感を喜び微笑む、命を長らえた事を喜ぶ、これが本当の人の姿であると思う。

予定していた「栄光の死」を迎えられなければ、また「あとさきの約束ごとの中にもどっていかなければならない」というその異常な葛藤が、何ともいえない虚しさとして伝わってきた。
「あとさきの約束ごと」の煩わしさが伝わる異常な日常。

「無条件降伏」その後もう出動することはなくなった。

特攻参謀は隊長に、「信管は抜いて置いてほしいな」p.382と言った。隊長は「信管も挿入したままにせよ」p.388と部下に命令した。
この部分の温度差がよくわからなかった。

読書会で解説いただいて、理解が深まった。

特攻参謀も隊長も昨日までの積み重ねた訓練と目標とその覚悟に対する態度を、「無条件降伏」になったことで一変させることへのバツの悪さや対面を演技した見せかけの(ポーズ)で取り繕ったのではないかということであった。

なるほどよくわかる。特攻参謀は、取り繕いのポーズを取り、もしもの時の部下の激昂を恐れたため信管を抜かせた。隊長はポーズを取りながら一日だけはいつでも出動できるように信管を抜かなかったというニュアンスを解説いただいた。

心の保持もあったのだろうと思う。

急変した状況に人は色々工作するものだと、その本音と立前、またジタバタさ加減が正直に書かれていて面白かった。

ともすると神経質で、しかも大様な部分もある隊長のなみなみならぬ葛藤が細細に描かれ、毎日の緊張、指揮官としての任務、部下との関係、トエとの恋愛、そして「死」を美化する心とそれに反する肉体、この交錯する日常にとても目を引かれ興味深かったが、なかなか難しかった。


「原爆投下」の前に「無条件降伏」が成されていたら、あの大切な多くの命を犠牲にすることはなかったのだと何度も考えてしまう。
当時の軍部の「国体の護持」とは何だったのか。軍部は何を考え何を守ったのか。

どうして国民の命を最優先しなかったのだろう。悔しい思いを断ち切れない。 

この時代の背景をしっかり理解しなければ、自分の思いなど語れないと思うが、身をもって攻撃しなければならない「特攻隊」を二度と出動させることのない世界をつくらねばならない。


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