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「戦争と平和」 1️⃣ 第一部 第一篇 トルストイ 感想文

世界文学史に残るような偉大な長編をを果たして通読できるものか。
不安をよそに読んでみるとても読みやすく面白い。なんとか全六巻行けるかもしれないと今は思っている。

ナポレオンがフランスの皇帝になり、ロシアもナポレオンと戦う少し前、既にペテルブルグに宣戦布告の詔勅が出ていた1805年、刹那の平和を楽しむような名門の集まるパーティーから始まる。

体裁と利得を求める下心と、虚飾に満ちた上流階級の人々中にも、誰かの役に立ちたいという思いや良心も見えてくる。その人間の心の動きを細かく捉えているトルストイの視点が断然光っていた。

莫大な財産を持つ「べズーホフ老伯爵」が瀕死の状態にあり、遺産をめぐり醜い争いに発展して行く。

主人公は、へズーホフ老伯爵の私生児であるピエールであり、彼はフランス帰りで、欲も得もなさそうな姿がこのパーティではとても新鮮に見えた。

職も決められなく、これからの行く末も何も考えず、放蕩に走ったことさえ、そこに全くピエール自身の意志を感じられない人生の一過程に、ただいるだけのような不確かさを感じるのだが、「笑顔は彼の場合、ほかの人たちのように、笑わない顔とまじりあっているようなものではなかった」p.62
と、人のいい子供のような純粋さが魅力であった。

アンナがこの「生きることを知らない若者」を厄介払いするシーンが面白かった。手に負えない。

親友、ボルゴンスキー家のアンドレイとの再会は、ロシアの敵であるナポレオンの士官としての采配を認めている二人が、立場の違いこそあれ、互いに心を許す存在であり、この先ロシアの変革の兆しのような存在に映った。

アンドレイは、戦争に行くことを決めていた。

引用はじめ

「じゃ、なんのためにあなたは戦争に行くんです?」ピエールがたずねた。
「なんのために?僕にはわからん。それが必要なんだ。それに僕が行くのは・・・・・」彼は言葉を途切らせた。
「僕が行くのは、この生活が、僕がここで送っているこの生活が気にくわないからだ!」岩波文庫p.72

引用終わり

ロシアを守るためにという確固たる決意と信念のもとに戦争に行かれたら、アンドレイはこんなにも深く苦しみ傷つかなかったのかもしれない。

美人だが俗にまみれているような妻リーザをどうしても愛せない苦しみが、彼を不幸にしていたのだ。
「僕は幸福じゃない」と言葉にするほどに思い屈する姿が心に残った。

何れ「自分はなぜ戦争をしているのだろう」というような不確かな気持ちに繋がるようで、アンドレイの行く先に目が離せない。

作中、軸となるべズーホフ家、ロストフ家、ボルコンスキー家、クラーギン家、ドルベツコイ家に共通するのは、子供への思いである。
息子には立派な仕事を、娘には身分の高いところへの嫁ぎ先探しで奔走する。少しでも多く財産を残したいと。

親を見れば子がわかるというのは、この作品を読んでいて感じたところだった。

べズーホフ老公爵がピエールを相続人にしたのも、病床で敏感に感じた周りの人間への諦観からだったのではないかと思われた。欲というのは病人には伝わるものだと感じた。そしてピエールを愛していたのだ。

おおらかで人の良いロストフ伯爵の家には、ナターシャという、周りの物をよく見て考える自然な子がいる。一方神経質な長女もいるのだが。長男ニコライの性格の良さも父譲りであろう。

結局クラーギン家のワシーリー公爵のように、実質べズーホフ老公爵の財産を狙っていたのに、表面はスマートに取り繕い、姪たちが財産のことで騒ぎ、ドルベルツコイ公爵夫人との争いの時も、他人事のように構えていたその狡さが、アナトールとイポリットのような放蕩息子を育ててしまったのだと思われた。子供は親の狡さを見抜いているものだ。

そして解説いただいたように、最後のボルコンスキー老公爵の、思慮深いしたたかな態度は、アンドレイと敬虔な信仰を持つマリアという堅実な二人を育てたのだと大いに納得したのだ。
この父は本当に魅力的だった。その父を深く愛しまた理解している兄妹もとても好ましかった。
人の話を聞いていないふりをして、全てを理解している、それは田舎にいても世界の情勢に目を向け強い関心を持っていた父の伶俐な頭脳からだった。「うまくいってないな、え?」と父、妻とのことにはっとしたアンドレイ。

戦場に向かうアンドレイに、「行け!」と怒りながら怒鳴る父の悲しさが沁みた。

登場する一人一人を細かく愛情深く観察し描いているトルストイの力強さをこの先も楽しみたい。

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