【短編小説】停電の夜
「あれ?」
いきなり停電した。ちょうど居酒屋の座敷で鍋を囲んでいたところだった。短い悲鳴のような声も聞こえた。いきなり真っ暗になったのだ。そういう反応も仕方ない。
今日は勤め先の同期で企画した忘年会だ。出席者は20名。内訳は、男が15名、女性が5名だ。昨年の春に入社してから、ずっとこのメンバーで飲み会をやっている。
「お客様、すいません。原因はわからないのですが、この地域すべてが停電しているようです」
店の店員が懐中電灯を手に私たちがいる座敷にやってきて、状況の説明をした。
「電気がつくのってどれくらいですかね」
幹事の男が尋ねた。
「すみません。わからないんです。何か情報が入ったらお知らせします。足元が暗くて危ないですから、できるだけ席に座っていてくださるようお願いします」
「カンテラみたいに周りを照らすものってありますか」
この声は私の左隣に座っている三瀬加代子の声だ。
「すみません。懐中電灯がいくつかあるだけで・・・」
「わかりました」
加代子が答えた。
「みんな、鍋はカセットコンロで温められているから、たべちゃおう。スマフォで照らせば手元はわかるだろ」
場を取りなすように幹事の男が声をあげた。
「そうだ。せっかくだから面白いことやろうよ」
同期の大林が言った。いつも突拍子もないことを言う奴だ。
「闇鍋じゃないけど、それっぽいじゃん。鍋の位置はガスの炎でわかるから、手探りで鍋の中のものをとって、右隣りのやつに食わせるのはどう?そうだ、おれ、会社でもらったお土産の饅頭があるから、それを各鍋に投入していくわ。これこそ、闇鍋」
「おーおもしろいねぇ」
そう言った後、大林が、饅頭を投入していった。困った奴だ。
「じゃあ!私からやります!!私が、隣の健二に食べさせます!」
加代子の声がした。私に食べさせるらしい。
「まず、健二は目をつむって。少しでも見えたら面白くないから。その後、私が食べさせるものを小鉢にとるね。そうだ、だれか健二の口元をスマフォで照らしてくれる?目を突いたら危ないから。私は、健二の口元に食べさせるものを持っていく。そして、唇に触れさせる。ここでスマフォは消して。健二は嫌でも絶対食べること。みんなこれでいいかな?」
「いいぞ!!」
停電でも楽しむのがこいつらだ。
「今からやるよ」
加代子が宣言する。私は目を閉じた。
「小鉢にとった。じゃあ、大林君、スマフォで健二を照らして」
大林が私の顔をスマフォで照らしているらしい。
「今、口元に持っていった。大林君、スマフォ消して!健二、いい?」
「ああ、いいよ」
「少しだけ唇につけるよ」
何かが唇に触れて離れた。
「健二、いい?」
「うん」
私はそう答えた。
「じゃあ、行くね」
食べ物が口に入るかと思ったが違った。何かが唇をふさいだ。そして離れた。
「え?今の何?」
「ふふ。私の唇よ。健二」
私の耳もとで加代子のささやきが聞こえた。
びっくりして目を開けた。その時電気がついた。
「ヒュー!!!」
そこにいる全員が拍手をしていた。なぜか、店員も拍手をしていた。
「お前と加代子が両想いなのはわかってたんだよ。周りで見てていらいらするわ。健二、加代子を幸せにしろよ!」
大林が言った。
(終わり)