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【短編小説】タクシードライバー

昼下がりの駅前、タクシーが静かに停車した。30代半ばの男性が乗り込むと、「△△商事まで」と告げた。運転手は頷き、車は滑らかに発進した。

男性の名前は、藤島幸一。彼は午前中の商談を終え、別の打合せに向かっていた。車内の芳香剤の香りがきつく、幸一は一瞬顔をしかめた。

「お客さん、この辺りにはよく来られるんですか?」

運転手の問いかけに、幸一は現実に引き戻された。運転手はミラー越しに後部座席を見つめている。運転手は50過ぎのように見える。

「一か月に数回くるかな」

「そうですか。どちらから?」

「○○県の□□町から出てきたんですよ」と男性は答えた。

「□□町ですか?なんと偶然ですね。私の故郷です!」

運転手の声が弾んだ。



二人は□□町の思い出話で盛り上がる。

「息子が○○小学校に通っていたんです」

「そうなんですか。私も同じ小学校でした」

幸一は驚いた口調で答えた。

「息子の名前は雄一と言うんです。多分あなたと同じくらいの年齢になるかな」

「雄一さん・・・ですか。私の同級生にも同じ名前の子がいたような気がします」

二人は郷土トークで盛り上がった。

「運転手さんは、いつからこちらへ出てきたのですか?」

「あれは、息子が小学校6年生のころでしたか。もう20年以上前です」

「そうでしたか。もうこちらに長いのですね」

「ええ。でも、故郷のことは忘れたことはないですよ。いい町でしたからね」

「町に帰られたことはないのですか」

「町を出てからは、ほとんど帰ったことはないんですよ」

「そうですか。機会があったら是非帰ってきてください。あ、息子さんもご一緒に」

「ありがとうございます。ただ・・・」

運転手は黙った。

「どうされました?」

沈黙に耐えられなくなった幸一が聞いた。

「ただ、息子はもう帰ることができないんです。小学校6年生の時に死んでしまったので」

「・・・」

幸一は反応することができなかった。

「うちの息子は、堂本進というのです」

「え・・・。も、もしかして、あの堂本くんの・・・」

「はい。私は進の父親です。やっと進のことを思い出しましたか」

「わ、私は、堂本くんに何もしてないです」

幸一の表情が恐怖で強張った。

「本当のことを言ってください」

「わ、私は、彼を校舎の屋上から突き落としたりしてない」

「そうですね。あなたは、見ていただけだ。それは知っています」

「そ、それなら」

「あなたは手を汚していないだけ」

「うちの息子を突き落とした子供達に指示を出してたのは、藤島幸一くん。あなただね」

「わ、私の名前を、どこで・・・」

「この20年。調べ尽くしましたから。あなたが、息子を殺した本当の犯人だとわかるまで時間がかかりました」

「じゃあ、今日は・・・」

「ええ。もちろん、あなたがこちらに出てくることはわかっていました」

「まあ、こんなに、すんなりとあなたを拾えるとは思ってなかったですけどね。私は幸運だ。やっと息子の無念を晴らせる」

「聞いてくれ。私は何もやってないんだ。あれは、あの、ばかな連中が勝手にやっただけなんだ」

「あははは」

運転手が笑い出した。

「私は見ていただけだ。たしかに、救おうとしなかったのは悪かったと思う。しかし、私には殺意なんてなかった」

「ほんと清々しいほどクズなんですね。あなたは」

その時、突然の衝撃がタクシーを襲った。何かがぶつかってきた。その衝撃で、タクシーが何回転もした。幸一は意識を無くした。



幸一は、気がつくと病院に入院していた。

タクシーは居眠り運転の車に衝突されたらしい。運転手は亡くなったと聞いた。一方、幸一は、いくつかかすり傷ができた程度だった。

「俺は、いろんな意味で運がいいな」

幸一は笑った。そして、ベッドから降り、そばの窓から外の風景を眺めた。

「この傷ならすぐに退院できるだろう」

そう言った幸一は、ふと、窓から下の方向を見た。幸一の病室は2階のため、タクシー乗り場がよく見えた。

見覚えのあるタクシーが病院のタクシー乗り場にやってきた。タクシーは停車し、運転席側から男性が降りてきた。男性は幸一の方角を振り返った。男性は、幸一の方を見つづけていた。私が見えるのだろうか、手に向かって手を挙げた。

「な、なんで・・・」

そこにいたのは、堂本進の父親だった。

(終わり)

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