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【短編小説】好みの問題

検査着を着用したさくらと陸は、それぞれ、診察台に横たわった。
歯科の診察台のようにリクライニングができるものだ。

スタッフが、二人の頭、体にセンサーをつけていく。
別のスタッフが、診察台の頭部を覆うドーム状の覆いを装着した。覆いはチタンのように鈍く光っている。

診察台は2メートルほど離れている。
さくらが横たわる診察台からさらに2メートル離れたところに、全面ガラスの壁がある。
ガラスの奥には、白衣を着たスタッフが2名着席し、モニターを見ながら忙しく準備をしている。

さくらと陸がこれから受けようとするのは、健康診断や医学的な検査、実験ではない。
二人は、仮想世界で結婚し、その後の結婚生活を仮想世界で経験するために、この施設に来た。

この装置が開発されるまでは、実際に結婚するか、同棲するかしなければ、日常生活での相手の行動や考えかたを知ることができなかった。
この装置で、仮想の結婚生活をすごせば、家事、育児をシェアできるか、物理的な暴力や精神的な暴力はないか、価値観は互いの許容範囲内か、耐えられない癖はないか、実の親との関係はどうかなどがわかる。
特に相手のハラスメントが心配な女性にとって、この装置の利用は、結婚の絶対条件になっていた。

さくらが陸からプロポーズされたのは、先週のことだった。すぐに受け入れる返事をしたが、その時に出した唯一の条件がこの装置で仮想の結婚生活を経験することだった。

全ての準備が整い、さくらと陸以外のスタッフが室外に出た。

「それでは、これから、仮想の結婚生活を始めます。よろしいですか」

白衣のスタッフの一人がマイクを通じて、呼びかけた。

二人は、特に返事をしない。頭の中で返事をすれば、それでいいのだ。

「では、始めます」

軽い作動音がする。その瞬間、二人の意識は仮想の世界に飛んだ。

二人は、仮想世界で半年の結婚生活を過ごす。しかし、それはあくまで仮想の世界での時間経過だ。リアルでは3時間程度で終わる。仮想の生活でイベントが多く起こるほどリアルの時間もかかる。

心拍や脳の異常は、コンピュータが監視しているため、仮想経験それ自体にはスタッフが常に張り付く必要はない。何かトラブルがあったときのための念のための要員だ。

担当するスタッフにとって、長い待ち時間が終わったのは、4時間を過ぎたころだった。

仮想経験が終了したばかりの時は、まだ意識がはっきりとしないため、二人はそれぞれ別室で休憩をとる。そして、その後、カウンセラーと3人で仮想での生活を振り返る。

「いかがでしたか」
カウンセラーが二人に問いかけた。

「はい。陸との生活がどのようになるか、わかりました。陸は、ハラスメントも全くなく、火事も育児も助け合ってできる夫だなと思いました」

「私も、さくらが理想的な妻だということが改めてわかりました。最初は、結構緊張しましたが、施設を利用できてよかったです」

「では、お二人はゴールインですね」

「いえ。私は陸とは結婚できません」

「え?」

カウンセラーも陸も、さくらの予想外の発言に驚愕した。

「さくらさん。理由はなんですか?』

「だって、陸は、玉子焼きにマヨネーズをつけて食べるんです。それ、私は絶対許せません。そんなことするなんて知らなかった」

(終わり)

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