【短編小説】大義のために
「あれ?英樹?」
パンツスーツの若い女性がテーブルのそばで立ち止まった。
英樹はデザートを食べる手を止め、若い女性を見た。
「あ、ああ」
「英樹。こちらの女性は職場の方とか?」
若い女性が、英樹の前にいる大坪昌美を一瞥して詰問口調で言った。
「いや」
「こんにちは。私、英樹とお付き合いさせてもらっている。柏木綾乃と言います。いつも英樹がお世話になっております」
若い女性がそう言って、頭を下げた。
英樹の前に座っている女性の顔が引きつった。
「あ、すみません。お食事中。英樹、後でね」
若い女性はそう言い残してテーブルから離れて行った。
「英樹。今の娘は?」
「あれは、その・・・」
「私。先に帰ります」
昌美は、隣の椅子に置いてあったセカンドバックに入っていた財布から1万円札を数枚取り出し、机の上に置いて席をたった。
「お金はいらないよ」
英樹の言葉に反応することなく、昌美は店のドアーに向かって早足で歩いて行った。
昌美がレストランから出ていったことを確認した英樹は、手をつけていなかったケーキを食べるためフォークを手に取った。
※
「大越さん」
レストランから駅に向かって歩き始めた英樹に若い女性が声をかけた。
「ああ。綾乃か。さっきはありがとう」
「あれで、よかったですか」
「ああ。十分だよ。あれで、昌美は俺と別れる気になるよ」
「お役に立ててよかったです。ただ・・・」
「ん?」
「もう少し別の別れ方の方がよかったような」
「もちろん、昌美に別れてくれと話したよ。でも、彼女は受け入れない。どうも俺は嘘をつくのが下手なようだ。理由を言ってもそれは嘘ねと言われるだけなんだ」
「鋭い女性なんですね」
「ああ。大学で知り合ったんだが、そのころから感は鋭かったな。頭の回転も速いし。会社は別だけど、できる社員だとおもうよ」
「ところで、大越さん。私たちのグループは本当にやる気なんですかね」
「ああ。あれか。会長がきめたらしい。後戻りはできない。だから、俺は昌美と別れないといけないんだ。迷惑をかけるからな」
「会長ですか。私は顔も見たことがないんですよね」
「それは俺もだよ。会長と会ったことがあるのは幹部だけみたいだ」
「会長の決定は絶対ですもんね。私たちのグループじゃ」
「まあな・・・。俺たちのグループは最初はこんなことをするようなところじゃなかったんだけどな」
「そうですね。最初はボランティアグループだったみたいですね」
「そう。まあ、俺も会長の考えには賛同しているから今回のことを反対するというわけではないが・・・」
「私も複雑なんですよね・・・」
「明日は、実行前の最後の全体会合だ」
迷いを振り払うように英樹が言った。
「はい。例のビルでしたね。特に事前に打合せることもないのですけどね。大越さんも私と同じ本部要員ですよね」
「ああ」
「よかったです」
「ん?」
「実行チームだと、もう会えないですから・・・」
「じゃあ、明日の会合でな」
綾乃の言葉に答えず、英樹は駅に向かって再び歩き出した。
※
「静かに。それでは全体会合を始めます」
グループの幹部が厳しい表情で言った。
都内の古ビルの2階にある会議室。英樹のほか20名くらい座っているだろうか。その中には綾乃もいた。
「では、執行委員の私から明日の段取りを説明します」
同じ幹部が続けた。
「明日I国の首相が来日します。我がグループは、I国が今行っている戦争でたくさんの子供達が犠牲になっていることに対して実力で抗議するために、I国首相が乗っている自動車への爆弾攻撃を行います。これは、いいですね」
その場にいる全員が頷く。
「絶対に成功させるためには、ここにいる全員の協力が必要となります。当日の役割分担と机上演習は実施済みですから、ここにいるみなさんの頭には必要な事柄はすべて入っていると思いますが、それぞれがもう一度確認してください。いいですね」
別の幹部が話を続けた。
「今、執行委員が言った役割分担だが、会長から変更の指示があった。爆弾を持って自動車に向かっていく役割が今は2名となっているが、もう1名増やせということだ。追加するメンバーについても指示があった。これから読み上げるから返事して手を挙げるように」
「柏木綾乃」
「・・・。はい」
表情をなくした綾乃が手を挙げた。
「よろしく頼む。君を追加することで失敗を避けられると会長はおっしゃっていた。日頃のグループへの貢献度から判断したそうだ」
「・・・。ありがとうございます」
「みんな、このグループの大義に柏木が貢献してくれるのだ。拍手してくれ」
綾乃に対して万雷の拍手が起こった。周りにつられて英樹も拍手をした。しかし、綾乃が実行部隊に追加された理由が理解できなかった。
鳴り止まぬ拍手の中、会議室に幹部が入ってきた。今まで話していた2名の幹部に何か耳打ちし、また、会議室から出て行った。
「みんな。聞いてくれ」
拍手がやんだ。
「会長が皆に話をしたいそうだ。明日の実行に当たって皆に直接感謝を伝えたいとのことだ」
出席している者たちは一様に驚きの表情を見せている。これまで会長は名前も顔も声も秘匿されていた。その会長が直々に皆の前にでてくるのは異例なことだった。
出て行った幹部が会議室のドアを開けた。幹部の後ろには会長らしき人物がいる。
「では紹介する。会長だ」
会長が会議室に入ってきた。話していた幹部が場所を会長に譲った。
会長が、深く被っている帽子を脱いだ。
英樹と綾乃の表情が凍りついた。
「みなさん。私が会長の、大坪昌美です。幹部を除いて初めてお目にかかりますね。あ、正確ではないですね。私を知っている人が2名いましたね」
(終わり)
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