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【短編小説】藁をもつかむ思い-追い詰められて-

1 自治体スレッド

インターネット上の大規模掲示板サイトには、自治体毎に少なくとも1つはスレッドが立っている。

小山新伍が常勤の公務員として働いている市のスレッドも存在する。

新伍は、毎日1回は、このスレッドをスマフォでチェックすることにしている。

スレッドには、主として、市政、市長への不満、職場の同僚や上司の愚痴、給料や期末勤勉手当への要望等が書き込まれている。
時には、所属で起きたパワハラ次案が、かなり具体的に記載されていることもあり、ひまつぶしにはもってこいである。

新伍は、このスレッドについては、前から気になっていたことがあった。
それは、「xyz」というアルファベットのあとに4桁の数字、そして、また「p」や「s」というアルファベットという書き込みが時々あることだ。
この書き込みに対して、5分も経過しないうちに、「了解」の文字と何らかのサイトのURLが記載された返信がある。

今週も同様の書込みがあった。
今回は「xyz 1301 P,S」という内容に「了解」とURLの返信だった。

新伍はどうしても意味が知りたくなり、この書込みと返事の意味を掲示板で質問してみた。
そうすると、「以下を参照」の下にURL、そのさらに下に「このURLはワンクリックだけで無効になります。」という書込みがあった。

新伍は、そのURLをタップした。シンプルな内容のサイトが表示された。そこには次のように記載されていた。

「市役所の上司や同僚の横暴に苦しんでたら、相談してください。お役に立てます。
相談したい方は、この掲示板でつぎのようなレスをお願いします。」

「『xyz』+『あなたの所属コード』+『P:パワハラ、S:セクハラ、M:モラハラ、I:いじめ、O:その他』』」

「上の書込みの10分以内に、URLを返信するので、アクセスしていただき、あなたの名前、所属、役職、担当業務の内容、私生活で利用しているメアド、お困りの内容を詳細に入力してください。音声ファイルや動画ファイルも添付することができます。」

「後日、上記URLの記載内容をチェックし、あなたの所属メアドにメールを送信しますので、受信したら、メール記載のURLをクリックまたはタップしてください。このタップで正式に受付となります。」

「受付後は、メールでのやり取りになります。」

2 課長

新伍は35歳。係長になってまだ1年目だ。係員から昇格となり意気揚々としていた新伍だが、本年度から着任した幣原五郎課長から、些細なことでも執拗な注意を受けるようになった。

幣原課長は、大声で怒鳴ったり殴ったりするようなタイプではない。
しかし、威圧的とまでとは言えない口調で、相手のプライドを傷つけたり、直接的ではない物言いで相手の能力を否定するかのような発言したりする。

また、一度、注意を始めると、些細な内容であっても、ネチネチと相手を攻め続ける。

同じ職員に対して、上記のようなことを長期間行うことから、ターゲットとなった職員は精神的に耐えられなくなる。そして、長期の療養休暇、辞職、自殺に結び付くことも珍しくなかった。

3 市役所内でのパワハラの位置付け

新伍が務める市は、このような管理職を排除することができない。一応、内部告発のための窓口はあるのだが、内部告発したという事実が簡単に漏れてしまい、さらに状況が悪化することもある。

告発したとしても、パワハラを証明する音声記録やビデオ記録がある場合は稀である。多くの場合、直接証拠がなく、周りの職員からも証言が得られないことから、「そのような事実は認められなかった。」という結論になってしまう。
結局、告発の窓口自体利用されることが少なくなっている。

この市役所では、職員の懲戒について、管理職に対して非常に甘い。パワハラやセクハラでは、懲戒処分になることはないと言っていい。
口頭注意、文書注意という単なる指導のようなものすら行われることは少ない。

事実上の降格という例もあったが、人事当局が、臨時の人事異動を行い、短期間で処分前の役職に戻してしまうということもあった。

昇格においても、パワハラ、セクハラを行う職員が、要職に昇格することが多いため、昇格するたびに、被害を被る職員の数が増えていくということも珍しくない。

職員の育成には多くの公費が費やされており、コストという面でも、行政の質の維持向上という面でも、職員をつぶすことは組織に対して多大な不利益をもたらす行為である。このようなことを行う職員は誰であれ許されることではないが、新伍の組織の管理職にはそのような意識を持つ者は皆無であった。

3 相談

新伍は意を決して、幣原課長のパワハラを相談することにした。このままでは、自分自身がおかしくなってしまいそうだ。

確かに自分に至らないところもあっただろう。しかし、幣原課長は、例えば、句読点のつけ方や助詞の使い方、段落のあとに一行入れるかどうかそういう正解がないことにまで、執拗な指導を行ってきた。それも、部下の面前で。

さらに、幣原課長が新伍に伝え忘れていた会議の開催について、調整がまるでできていないと執拗な指導をし、さらに部長にまで報告してしまった。

庁内の相談窓口は信用ならない。組合もあるにはあるが、御用組合と化しているため、相談したとしても自分の名前がでてしまうだけで、何らメリットはないだろう。

新伍は、スマフォを使い、掲示板のスレッドに、「xyz」で始まるレスを書きこんだ。
すぐに返事が来た。

新伍は、レスへの返信に記載されているURLをタップし、名前、所属、役職、私生活で利用しているメアド、幣原課長のパワハラの詳細を入力した。
最後に、幣原課長のパワハラの音声を録音したファイルも添付し、送信ボタンを押した。

画面には、必要に応じて連絡しますと表示された。

これで、幣原課長のパワハラが収まってくれればそれでいい、新伍はそう思った。

4 結果

新伍が幣原課長のパワハラについて、掲示板のスレッド経由で相談してから、1か月が経った。

あの、相談をしてからというもの、幣原課長のパワハラは一切なくなった。うれしかった。心の平穏がもたらされたこの1か月、仕事にも集中することができた。

突然、安田部長が新伍の席に来た。

「ちょっと一緒に来てくれるか。」

「はい。」
安田部長が係長だけを呼び出すことは面接以外ではないと言っていい。新伍は不審に思いながらも部長の後を進んでいった。
幣原課長は、安田部長と新伍を見ることなく、下を向いて書類を読んでいた。

連れていかれたのは、人事課の会議室だった。
部屋に入ると、奥にある窓の手前に長机が1つ置いてあり、そこにはパイプいすが2つ。1つにはすでに職員と思われる男性が座っていた。長机の前には、2名と相対するようにパイプ椅子が置かれていた。

安田部長が長机の空いている椅子に座った。そして、新伍に目の前に椅子にすわるように促した。

「私は、人事課長の二宮です。今日、あなたをここに呼んだのは、あなたに処分を言い渡すためです。」

新伍は我が耳を疑った。なぜ、自分が処分されるのだ。
「なぜ、私が処分されるのですか?私がなにをしたというのですか。」

二宮人事課長は新伍に答えずに言った。。
「あなたを懲戒免職処分とします。理由は、外部サイトであることが明らかであるにもかかわらず、不特定多数が利用する掲示板を使い、重要情報を外部に漏らし、市政に多大な損害を与えたからです。」

新伍は、突然受けた衝撃に神経が耐えきれず失神してしまい、椅子から床に崩れ落ちてしまった。

5 幹部たちの雑談

新伍は、頭を打っている可能性があるため、救急車で運ばれた。安田部長は、幣原課長に付添いを指示した。

人事課の会議室で、安田部長と二宮人事課長が話をしていた。

「小山係長の懲戒免職はちょっとやり過ぎじゃないか?
外部サイトに書き込んだという匿名の告発があったんだよな。
しかし、幣原もパワハラやってたんだからな。」
安田部長がいう。

「部長。幣原課長がパワハラをやっていたという事実は確認できていませんよ。小山係長の部下からも聴取しましたが、全員、そういう場面は見ていないということでした。
事実ではないことを具体的な名前をあげて書き込んだのですから、処分は仕方ありません。」

「仮にそうであっても、懲戒免職というのはどうなんだろうか。」

「確かに、これまでの処分との比較や他の自治体における処分例からすれば、やりすぎですね。
しかし、今回は組織としてそういう判断をしていますから。」

「裁判になったりするんじゃないかね。小山が争うつもりならめんどくさくなりそうだぞ」

「まず、公平委員会に不服申立てがあるでしょうが、そこで市が負けることはないですね。

問題となるのは、取消訴訟でしょうね。訴えられたら、まず負けます。

でも、それならそれで構わないのです。市という組織にとって、職員の処分で敗訴しても取りに足らないことです。

昔、飲酒運転をした公務員を、即懲戒免職にする流れができましたね。
事故も起こしていない、飲んでバイクに50メートル乗っていただけで、懲戒免職にした自治体もありましたね。

案件によっては、復職の判決が出ていますが、自治体は、復職させ、利子を上乗せして懲戒免職期間の給料を支払って、それで終わりです。裁判に負けたからといって、誰かが処分されることはありませんし。

二宮人事課長は続ける。
「組織としては、復職になっても問題はありません。
懲戒免職になり、裁判で争うということを何度でもやりたいと思う職員はいませんから、復職しても大人しくなるでしょう。」

「まあ、そうなんだがな。どうもしっくりこなくてな。それに、手続きも問題じゃないか。懲戒処分を行うには、告知・聴聞の機会を小山に与えるべきだよな。」

「ええ。部長は正しいことをおっしゃっています。裁判でもそう言われてますからね。ただ、もう一度いいますが、手続きを省略することを含めて上が判断したことです。

裁判になったら、手続きの面も判決で指摘されるでしょうが、市としては痛くも痒くもないです。」

安田部長が、部屋を出ていった後、二宮人事課長のスマフォが鳴った。
スマフォの画面を見て電話に出る。

「今回もご苦労だったな。しかし、あの掲示板サイトから誘導して、告発する職員を炙りだすという君の考えはなかなか役にたった。
普通の精神状態ではない人間は、こんな誘導に簡単に乗ってしまうんだな。」
二宮人事課長は笑っていた。

「今回のように、音声ファイルや動画ファイルをアップするような奴がいたらすぐに教えてくれ。そういう輩には、痛い目にあってもらう必要があるからな。」

(おわり)

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