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【ショート・ショート】春はゆく

私は窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。桜の花びらが風に乗って舞い、春の訪れを告げていた。しかし、私の心は重く、春の喜びを感じることができなかった。

数日前、恋人の健太から別れを告げられたのだ。突然の申し出に、私は言葉を失った。健太は海外への留学が決まり、数年間日本を離れるという。

「遠距離恋愛は難しい。君を縛り付けたくない」

健太はそう言って、別れを切り出したのだ。

「距離なんて関係ないわ。私は別れたくない。あなたを失うのは耐えられない」

私は、涙ながらに訴えた。しかし、健太の決意は固かった。

窓の外では、桜吹雪が美しい春の情景を作り出していた。去年の春、私たちは桜の下で出会い、恋に落ちた。今年の春、その恋は幕を閉じようとしている。

季節は巡り、花は咲き誇る。しかし、人の心は移ろいやすい。春は出会いの季節だと言われることがある。でも、それは別れの季節でもあるということなのかもしれない。

明日、健太は飛行機で日本を発つ。最後にもう一度、顔を見たい。別れの言葉を交わしたい。私は、空港に向かった。

玄関を出ると、風が頬を撫でた。私は足早に駅に向かった。

最寄りの駅の改札口に到着した。ちょうど、そこに健太の姿があった。

「来てくれたんだね」

健太が微笑む。私は無言で頷いた。

「これまで、ありがとう。君の幸せを祈ってる」

健太が私の頬に手を添えた。温もりが伝わってくる。

「ありがとう。あなたも幸せになって」

私は精一杯の笑顔を作り、別れの言葉を口にした。

健太は改札口を抜けると、後ろを振りかえることなく前に歩いて行った。私は、その後ろ姿を見つめ続けた。

すると健太が立ち止まった。こちらを向いてくれるのかもしれない、私はそう思った。

でも、それは私の儚い願いでしかなかった。知らない女性がキャリングケースを引きながら健太に近づいてきたのだ。そして、健太の腕に抱きついた。健太は女性の頭を撫でた。

そのとき、駅の校内を吹き抜けたまだ冷たい風が、私の心の中まで吹き抜けた気がした。

「なんなの」

気がつくと私はそう言っていた。健太にとって出会いの春でも、私にとっては別れの春。でも、私にとって、この別れは多分最高の別れなんだろう。

駅の構内から出た私は空を見上げ、舞ってきた桜の花びらを手のひらで受け止めた。桜から一斉に放たれた花びらは、風に運ばれ、辺りを桜色の点描で飾っていく。しかし、それも刹那の出来事。辺りはまた元の姿に戻り、そして、春はゆく。

(終わり)

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