『とある物書きの散歩』

 危なげなく生きてきた。それは自覚や自認にとどまらず、自責として表れるものだったりする。期待したところでこれまでが変わるはずはなく、つまりこれからも変わりようが無いだろう。危うげな君が褒めてくれた堅実さが、僕はそれこそ信じられなかった。揺らぎを渡るステップが、恐れを寄せぬ鼻歌が、それが生きるということだと君はつぶさに語りかけてくる。選択に制限時間がないことなどなかった。信念に仕様が伴うことなどなかった。差し迫る様々は賢しくも避けようなく、先回りもサボり癖も然もありなんと定められているようにー

 流石にしつこいとバックスペースを連打した。フゥとため息をつきコーヒーを口に含む。好きでもないのにブラックコーヒーを淹れているのは、そうするものだと思っているからだ。独自性というのは、一般論の中に浸らねば見つからない。持論である。とは言え順応には自信がなく、このパソコンも苦手だ。数年前、店員が1番人気だと謳った当時の最新機種は、型落ちになってようやく手に馴染んできた気がする。
 部屋にいたのでは、良いものは書けないかもしれない。そんな予感はいつだってある。外に出たところで何かある訳ではないのだが、とにかく封をされた書斎が息苦しくて仕方が無いと、わざと空気を重く内装を配置した過去の自分の所為にする。右手の壁に提げた電波時計の丸い銀の枠が、自分を取り囲んでいる妄想を何度しただろうか。同じ所を回るだけの思考が果たして一般論の中にあるのだろうかと、また思考を回す。
 玄関を一歩出ると爽やかな風を感じた。心地よい風はいつぶりだろうなどと思い返してみたが、自身の心持ち次第だなと気づき、尚のこと省みる必要を感じた。少し歩けば何か思いつくかもしれない。公園に行けば気分も晴れるかもしれない。思い悩んでも、落ち込んでもいないのに、それが解決されることを期待するというのもおかしなことだが、執筆中の精神状態からすれば自然なことであると言っておきたい。
 最寄りの公園には大きめの池があり、それを取り囲む歩道には等間隔にベンチが配置されている。地域住民の憩いの場であるこの公園には、平日の昼でもそれなりに人はいる。何をするでもなくここへきたときは、即興でこの公園に創作の人間を置き、その行動をなぞることにしている。

 今日は、そうだな、坂田明美29歳会社員。恋人との約束のため有給を取ったはいいが、その日を待たずつまらないことで喧嘩し約束が流れ、手持ち無沙汰になって昼過ぎに公園へ出てきた。恋人の心の狭さよりも、約束が流れたことよりも、30歳を目前にこんな休日しか過ごせないことに脱力感を感じながら、少し歩いてはベンチに座り、スマホを弄っては立ち上がる。なかなか時間が進まない。晴らしたい気分があるわけでもなく、解消したい運動不足があるわけでもなく、ただただ歩き、疲れたら座り、そうして時間が過ぎるのを願っていた。
 しばらくベンチのひとつに居た老紳士と何周目かですれ違った時に、違和感を覚えた。彼はウォーキングといった格好ではなかったが、誰より歩くことを楽しんでいると豪語するような表情をしていたのだ。次の瞬間には、違和感を覚えたことに疑問を抱いていた。私の心証ながら、何とも忙しいことである。老人がウォーキングを楽しんで何が不思議なものか。彼からすれば私の方がよっぽど不思議だろう。人が通る度、スマートフォンから顔を上げ、見送って顔を下げる。頭から爪先までを舐めるように観察したと思えば、スマートフォンを操作する。無礼極まりないが、私が今日以降ここへくることは無い。恥はかき捨てである。
 この公園にいて、自分の用がないのは私だけだ。と感じる。私は、ふらふらと出てきたこの公園で何を思うのか。喧嘩をしたとはいえ、彼が憎いわけではない。最早喧嘩の経緯など覚えていない。きっかけは覚えているが、それでなぜ喧嘩になるのか、今は全く理解ができない。かと言って自分から謝りはしない。謝りたくないからではない。先に謝った方の負け、確かにそう考えてはいるが、負けたくないわけでもない。ただそういうものだと思っているからだ。
 喧嘩というのはドラマだ。喧嘩に至るまでにドラマがあり、喧嘩自体がドラマであり、喧嘩からドラマが生まれ、そして喧嘩を終えるにはドラマが必要なのだ。せっかく始めた喧嘩をこんなところで終わらせるわけにはいかない、などと考えていた。
 つまるところ、真剣に向き合うことから逃げているのだろう。感情のぶつかりを恥ずかしいことだと捉え、主観を俯瞰視点に移して大人のふりを決め込んでいる。気づいてしまえばそちらの方が余程ガキ臭く感じてしまう。誰に見せるでもないのにはにかむ表情を作って大袈裟にため息をついた。先程の紳士が振り返った気がしたがそちらは見ない様にした。
 立ち上がり公園を出る。正確には池を半周してからだが、帰り道と思えば不思議と違う道に思えてくる。水鳥はこちらに目もくれず羽繕いに勤しんでいる。その水音が急き立てる様にも、激励されている様にも感じた。欲しい様に受け取るのも生きるコツだと、職場のいけ好かない先輩が言っていた気がする。悪い人ではないのだが我が強く、何を言っても強引に持論に引き込もうとする嫌いがある。
 そんな人のことはどうだっていいんだ。途中のコンビニで甘いものでも買って、夜には彼に電話してみよう。どちらが謝るとかではなくて、このドラマのオチを主役2人で相談しよう。ロマンチックなだけがドラマチックじゃない。お互いにとってせめて章を分けられる程度の納得をつけられるように。後の伏線にするためにも。


〜解説のようなもの〜

ショートショート3作目、前回からだいぶ空いてしまいました。
というのも別な書き物にハマってしまっていたからなんですが、
一口に文章と言っても色々な様式を経験すると、
また違うものが見えてきます。
ショートショートは割と好きな方なのでこれからも少しづつ書いていきます。

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