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デートをしたことがない20代の主張(という名の負け犬の遠吠え)
ご無沙汰しております。どうも、とったんです。
・前置きとして近況
久々に何かを書き始めたということは、また病み始めたんだな、
ということでもありまして、
もしくはモヤっとすることがあったんだなということでもあります。
そう考えると更新頻度が少ないということは、逆説的に精神衛生上健康だったということにならないだろうか?ならないだろ。怠惰なだけである。
別に僕とて恨み節ばかり書く訳ではなくて、これよかった!っていうのを共有したくてnote書くこともあるから!あまり読まれないけど。
やっぱり知名度も地位も名声もないただの一般ピーポくんの記事でも読みたい!ってなるのは、ネタバレに配慮した布教記事より、むしろガンガンネタバレして考察してる感想記事の方がPV数・スキ(高評価)が稼げる印象がある。この辺は以前書いた記事でも述べたけれど、すでに一定の評価がある有名人やインフルエンサーでもなければ布教は困難なのだ。
・本題「20代の男性の4割がデート経験がない」
前置きはこのくらいにして、本題に入ろう。
曰く、「20代の男性の4割がデート経験がない」らしい。
自明の話だけど、ぼくはその4割の一人だ。
これが少子化につながるのではないかと政府は懸念しているようである。
若者の低賃金だとかコミュニケーション能力だとかいろいろ言われているけど、ぼくがひっかかったのはそこではない。
ある専門家は「現代の若者は恋愛の失敗を過剰に恐れているのではないか」と分析している。とテレ朝のニュースサイトで見た。すごい又聞きだ。
・・・・・。
うっせええええええええええええええですわ!!!!!!
失礼、ぼくの頭の中のお嬢様が叫んでおりました。
現代の若者は恋愛に消極的、結局ここがひっかかったのである。
・以下、言い訳ですわよ
正直、過剰反応なのは否めない。
そして、恋愛に対して消極的だとか臆病だとか言われて(誰も臆病とまでは言ってない。認知の歪んだ人間特有の勝手な言葉のつけたしである)、言い訳めいた言葉を重ねれば重ねるほど、自分が哀れで情けないやつ、負け犬だと露呈するだけである。
それでも吠えずにはいられない。負け犬だから。敗北者だから。
そしてこんな言い訳の、弁明の記事を立てている時点でもうモテない人間のマインドであることはさらされているも同然。
そして弁明の記事が自己愛というか自意識にさいなまれている文章なのも芸術点が高い。面白い文章点は低いけど。どこぞのラーメン評論家とどっこいではないか。すこしネタが古い。古い気がするけどあれからまだ数か月しか立ってないはずやぞ。時の流れは速いね。
こんな自意識まみれの人間の思考から紡がれる文章に一体どれだけの知性と論理が含まれているというのか、甚だ疑問ではあるけれど、そもそも言い訳だから屁理屈なのは間違いない。詭弁である。
・ぼくは恋愛をあきらめた人間である。
ぼくは恋愛をあきらめた人間である。
どうやらモテる人、というか恋愛の出来る人というのは、人に気を遣えて、女の子の歩くスピードに合わせて歩くことができて、適度に休憩のタイミングも用意できて、行動に計画性(次にどこ行くか、何食べたいか決めておいてる)があって、歩道を歩くときは車道側にそっと立てる人で…。
とどのつまり、まっとうな人であるらしい。
人として当たり前のことが当たり前にできる人らしい。
(「当たり前」のことを当たり前にこなすのって結構難しいけど)
(なんでそれができないの?と責めたい気持ちは分かるけどその人の背景やバックボーンになんかあるのかも?知らんけど)
逆に言うと、それができない人はモテないし、嫌われるし…
つまり、ダメな奴なのである。生きている資格がないのである。
それがぼくである。
…今、明らかに論理に飛躍があった気がする。
急に消失点‐バニシングポイント‐を作り出すな――。
恋愛する以前に僕の精神構造に問題があるって話は後述するとして。
そんな気を遣えないダメな奴だからぼくに恋愛をする資格はない。資格はないって勝手に決めるなお前に資格を与える権限はない、って話だけど、こんな状態だとどちらにしても長続きしないだろう。
というか気の使える上位互換の男性がすでにほかにいるんだったら、(ぼくの好きな人が)その人と付き合った方がどう考えても幸せだろうと思う。
これをぼくが恋愛のために努力をしない逃避的な思考をしていると考えるかはあなた次第である。あなた次第じゃない、実際逃避しているわけだけど。
・現実逃避症候群(病名みたいにするとそれっぽく聞こえるが要は逃げ癖がついている)
現実逃避する癖があるのは自覚している。
自覚していても治そうとしなければ治らないものである。
仕事中も空想や妄想の中に入り込むことで辛さをやり過ごすこともある。
それは、重大なミスを犯す可能性があるからマジで止めた方がいい。
耐え難い理不尽からは時として逃げるのは有効な手段であるが、すり傷をあたかも致命傷のように扱ったり、破傷風になる!と騒ぎ立てるのはおかしい。おかしいというか叫んでないで適切な処置(消毒液を塗るとか絆創膏をはるとか)をしろ。
結局、逃げ癖のついたぼくのような人は誰とも付き合えないのである。
極論を言えばぼくのような人は誰にも迷惑をかけないところで一人ひっそり野垂れ死ぬのが一番理想である。
あまり自分で自分を貶し過ぎると悲劇に酔って気持ちよくなってやめられなくなるし、どうしようもない奴だと周囲から軽蔑され見捨てられるだけである。お願い見捨てないで!甘えるな。甘えないでよっ!ってアニメありましたよね?
・そもそもの、コミュ障問題~社会性の欠如を添えて~
こうして自分の思考を文章として書き起こし追いかけると冷静に(?????)見つめることが出来る。
ふと冷静になって考えると、ぼくは異性と付き合う前に、そもそも人付き合いそのものが苦手であることを頭からすっぽ抜かしていた。
コミュ障、というスラングがある。
コミュニケーション、会話が苦手な人を指すスラングである。病名ではない。
結構フランクに「自分コミュ障で…w」って使う人がいるけれど、
ガチガチのコミュ障であるぼくからすればそれはまだまだ人見知り程度である。ガチのコミュ障は例え人中で友人知人をみかけても声をかけられないし、初対面の場はテンプレートな会話で切り抜けられるけど二回目以降の会話やその場の後のやりとり(SNSとか)がぜんぜんできなかったりする。
あと、口数が多くても支離滅裂なことをやってしまったり会話のキャッチボールが出来てなかったり、それで一人反省会に突入して「もう一生人と話すのはあきらめた方がいい」ってなるくらいへこんだりするのである。
下からマウントという異次元マウントを取ってしまったが、ここからさらに下からマウントをとれる人もいるやもしれない。
低次元で切磋琢磨すなーっ!
・恋愛で自己を成長させる人(それはそれですごいことだと思う)
人によっては恋愛、恋人を通じて人付き合いの苦手を克服する人もいるのかもしれない。いわゆる「理解のある彼くん」。
テンプレ的な恋愛漫画も奥手な女の子主人公がコミュ強のイケメンに引っ張ってもらう印象があるし。恋愛をすることで成長をはかるタイプなのかもしれない。
しかしまあ「理解のある彼くん」のおかげで克服できた!は待て待て急に無から彼氏を生やすな何ナチュラルに彼氏作っとんねんこっちは恋人とかそう簡単にできんわ!ってなるよね。一気に生きづらエピソードに共感できなくなるやつである。まあそれくらいのデウスエクスマキナがいないとただただ陰惨な結末にしかならないし、救いのない終わり方だとただの露悪趣味っぽいしね…。
しかし、ぼくのような男はドールや衣装を買って部屋に飾るか、脳内設定を詳細に詰めた妄想をすることであたかも彼女が実在しているようになる(いわゆるタルパ)くらいしか無から彼女を作れないのである。
・あまりにもあんまりな結論(身もふたもない)
社会人になった今、現実的に恋人やパートナーを探すならマッチングアプリだとか何らかのコミュニティ(できれば宗教とか自己啓発セミナー系以外の)に参加するのが一番なのかもしれないけど、この社会性の欠如した状態で参加してもお互い不幸にしかならなそうなので、適切に社会性を獲得できる(改善できる)場所を見つけたほうがいいかもしれない。
それかメンタルクリニックに行って適切な治療をした方がいい。
結局はそんな結論。
メンタルへ!
(おわり)
更新頻度は低いですが、サポートしていただけると生活が少しばかり潤いますので、更新頻度も上がるでしょう。