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【ネタバレあり】「天使」が出てくる特殊設定ミステリと探偵の存在意義の物語――斜線堂有紀「楽園とは探偵の不在なり」感想

どうも、とったんです。
今回はネタバレありきの感想記事でございます。
後半部は本編を読み終えてから読むことを推奨します。

・でかい本屋さんに行ってきた

久々にでっかい本屋さんで本を爆買いした。
散財した。
後悔はしてない。
いや、ちょっとはしてる。
一日の買い物で本に一万近く使うのはさすがにやり過ぎだ。

最近、本を読む機会がめっきり減った。
社会人になって、生活費や各種料金の支払いのために労働をして、対価を得る。
その繰り返しをしているうちに休日の過ごし方が平日に減った体力の回復にあてがわれ、インターネットの海をさまよいながらYoutubeやニコニコ動画などで過去に何度も見た動画をBGM(BGV?)にして一日を過ごしてしまう。

実に不毛である。
だけど惰性、というか慣れというものは恐ろしいもので、どんなに自堕落でもそれが当たり前になってしまうとなかなか習慣を変えれない。
我に返って現状を把握すると「俺はなんてダメな奴なんだ」と自己嫌悪に陥り、そこから逃避するようにさらにインターネットに没頭する。
負のスパイラルだ…。

さすがにこれはまずいので少し出かけることにした。
外の空気を吸い、新しい刺激をうけることで活力を得るのだ。

・昔は割と読書してた。昔はね

ぼくは大型書店に向かった。膨大な量の中から興味を持った本と出会って買って読むことで文化的な健康を取り戻そうとしたのだ。

大学時代は京都河原町のジュンク堂によく通い、少ないバイト代を演技や脚本の指南書やらキャッチーなタイトルのビジネス書に費やしていたものである。今やジュンク堂は閉店してしまったが。悲しいね。

油断すると自分語りの暗黒面にめちゃくちゃ引っ張られてしまうな?
おじさんになってきた証拠かもしれない。
そろそろタイトルにある本の話、つまり、本題に入ろう。

そんなわけでいろいろ本を買ったのだが、その中の一つが
斜線堂有紀「楽園とは探偵の不在なり」
という小説である。

・斜線堂有紀「楽園とは探偵の不在なり」

ある絶海の孤島にある大富豪の屋敷で連続殺人が起きてしまう。「人を二人以上殺すと「天使」が現れ、地獄に引きずり落とされる」世界で、犯人はどのようにして連続殺人を行ったのだろうか?という推理小説である。

この作品、まず世界観がすごい。
推理小説に「天使」が出てくるのである。
言葉の比喩でなく、超常の存在として。
作中の「ルール」を規定する存在として。

この作品内における「天使」は、異形の存在であることが強調されている。
頭に輪っかを携えた白い羽をもつ美しい人、ではなく、骨張った羽につるんとした無貌の顔をもつ怪物。でも目撃した人の認識ではそれはあたかも天使にしか見えないのだという。
クトゥルフ神話のナイトゴーントやニャルラトホテプ(真・女神転生)に相当しそうである。
認識災害を引き起こしているからSCPの類に近いか。

「天使」が出現したことにより、この世界にはあるルールが規定される。
「二人以上殺すとどこからともなく「天使」が現れ有無を言わさず地獄に引きずり落とされる」
このルールができたことにより、事実上連続殺人が不可能になった(二人目を殺した時点で天使に地獄へ連れていかれる)のである。

推理小説って現実的な状況設定に則って描かれるものだと思っている人にとっては面食らう設定だが、驚くことはない。むしろこのような「特殊設定」はトレンドになっている。
そもそも推理モノで有名な『名探偵コナン』だってアポトキシンなんとかとかいう「子どもになる薬」が存在するじゃん…あれは漫画だからOKか?じゃあ本格推理小説のシャーロックホームズだって謎の東洋の武術「バリツ」とかいうとんでもスキルをもってたり薬中だったり…ここまでいくとめんどくさいことになりそうだからこの辺にしておく。

・「楽園とは探偵の不在なり」とは特殊設定ミステリなり

「楽園とは探偵の不在なり」は近年のミステリジャンルのトレンドとも言える「特殊設定ミステリ」に該当する。

「特殊設定ミステリ」とは超能力や幽霊、ゾンビといった現実には存在しないものがギミックに組み込まれたミステリのことである。
近年映像化された作品だと「屍人荘の殺人」や「medium」などがそれにあたる。

ゾンビや幽霊といった特殊設定は一見荒唐無稽すぎて推理小説と食い合わせが悪そうだが、超常の現象を作品内のルールやギミックに落としこむことで破綻することなく上手く機能しつつ、古典になりつつあった本格推理的な謎解きに役割を与えることに成功している。本格推理はマンネリ気味だと90年代から東野圭吾が「名探偵の掟」などで警鐘してきたが、かけ離れた要素に類似点や関係性を見出して新しいアイデアを創造する近代のコラボレーション的発想で打破してみせたのである。安易な言葉で言えばマリアージュといったところか。

そのうち異世界ミステリーとかファンタジーミステリーとか出てきそうで楽しみである。種族間の因縁で動機を疑われたりとかそれを利用したなすりつけとか、冒険者パーティでなぜ仲間を殺したのか(ホワイダニット)に焦点があてられるとか。…いやでも推理小説には「ノックスの十戒」とかいろいろしがらみがあるからまだ厳しいか?
まあそれはそれとして。

ここまでの説明だけだと「なんだ、じゃあ奇をてらっただけの小説かぁ?」とひねくれたことを思ってしまう人もいるかもしれないがこの作品の魅力はそれだけではない。
この物語は「過去に大切なものを失った探偵が再起するための物語」でもあるのだ。

・天国の在処を探す探偵、青岸焦

主人公の名は青岸焦(あおぎしこがれ)。探偵である。
世界がこうなってしまう前は数々の難事件を解決してきたいわゆる「名探偵」だったが、「天使」の登場により起こったとある出来事がきっかけで大切な仲間を亡くし、無気力になっていた。
青岸は天使が引きずり落とす「地獄」が存在する(天使が地獄に落とす際、他者からも地獄の様子が見える)なら天国は存在するのだろうかと考えており、天国の所在と失った仲間はそこにいるのかどうかを求めていた。

そんな中、青岸は大富豪の常木王凱(つねきおうがい)に「天国が存在するか知りたくないか」という誘いを受け、天使が集まるという「常世島」を訪れる。
常木は島にある館に関係者を呼び集め天使に関する何かを見せようとしていた。

島には常木と懇意にしている天使研究家、政治家、新聞記者、主治医、館の使用人の執事、メイド、料理人、常木の不正を暴こうとしているライターが集まる中、殺人事件が起きる。
疑心暗鬼になりかける一同であったが全員の頭の中にはある程度信頼できる前提条件があった。
「殺した犯人は連続殺人を行えない」
少なくとも共犯でもいない限りは皆殺しはほぼ不可能である。
もし同じ犯人が一人ずつ殺すのなら二人以上殺した時点で天使によって地獄に連れていかれるのだから。

しかし、次から次へと起こる止まらない惨劇。犠牲者は増えていく。
犯人は誰なのか?そしてどのようにして連続殺人を可能にしているのか?
この謎を軸にミステリーとして展開していく。

一方で青岸の物語も同時進行で浮かび上がってくる。
青岸の背景は冒頭時点では伏せられており、「何かを失い」「失意に暮れている」ことが示唆されている。青岸の視点で進むので青岸にとっては思い出したくない過去であり、積極的に思い出そうとしない。島には旧知の者もおり「過去」のことで責められてもいる。
ここで読者には「青岸は過去に何があったのか?そしてそれがどのように影響を与えてしまったのか?」という謎が提示される。
これは映画脚本用語における「セントラルクエスチョン(中心になる問い)」というもので、読者が物語に関心を寄せるポイントにあたる。

・推理小説読者は皆ちゃんと推理しているだろうか?

推理小説を読んでいる人が皆真剣に謎解きをしているかといえばそうではない。それこそ「名探偵の掟」ではフーダニットの回で「大半の読者は下馬評を作って誰が犯人かダービーを楽しんでいる」とバッサリ切っている。

「本格推理」では原則として「作中の描写だけで犯人を当てることが可能でなければならない」というルールがあるらしく、「読者への挑戦状」という形で読者に推理させて探偵気分を体験することができるように設計されているらしい。

が、みんながみんな頭がいい訳でも知識があるわけではない。あくまで娯楽として読んでいる人が大半である。
叙述トリックによってあえて真相が描写されなかったなんてパターンもあるし、視点人物の見落とし(信用できない語り部)などもあるので推理が困難だったりする。というか、名探偵がズバッと解決する様を見たいって人がほとんどだと思う。ぼくもその口だ。

そういう意味では「楽園とは探偵の不在なり」は、探偵の物語を追体験したい、探偵の心情に感情移入したい人にも向いている小説といえる。
もちろん推理部分はしっかりしてると思う。
加えて言うなら青岸焦という男の物語も重厚に作られている。

ここから先はより作品の核心に踏み込んだ感想になるので、ネタバレを避けて読みたい人はブラウザバックして「楽園とは探偵の不在なり」を書店かネットで買い求めたほうがいいだろう。








では、ネタバレ込みで話をしよう。
元よりネタバレありきの感想記事だからね。






・以下踏み込んだネタバレ込みのオタクの感情

青岸には昔、大事な部下、仲間がいた。

赤城と名乗る青年は過去に青岸によって救われたことがあり、そのことがきっかけで探偵という仕事を「正義の味方」だと思い込んでいる。
赤城は青岸の事務所に押しかけ、弟子入りさせてほしいと懇願する。
青岸は赤城が探偵を美化しているふしを気にしつつ実際はそんないいもんじゃないと突っぱねるが、熱意に負けて部下にする。

名前の時点で「青」と「赤」の対比になってるの、いいよね…。
現実主義で冷静な「青」岸と、理想主義で情熱的な「赤」城。
「正義の味方になりたい」という夢想的な目標ながらも行動力が伴っている赤城にすでに探偵としての実力がありフォローする年上の青岸。
こういう凸凹コンビというかパズルのピースみたいにお互いの穴にカチッとはまる関係性、好きすぎる…。

赤城は世の中を良くしたいと願っており、できることの幅を広げるために色んな人材を引き連れてくる。前科ありのホワイトハッカー、機動隊ポジションの元不良刑事、我の強い元秘書。皆元居たところに居場所がなくて本当にやりたいことを求めていて、その求めていた居場所こそが青岸の探偵事務所であり、そして全員青岸を信頼している。
こういう有能だけどアクの強い愚連隊、本当に好き。
関係性のツボを押され過ぎている。うわらば、っていいながら爆散しそう。
そして年齢も性別も境遇も違うメンバーに生まれる疑似家族的な絆もめちゃくちゃ好き。さっきから好き好き言い過ぎて語彙力が死んでいる。

青岸探偵事務所の活躍とか、それぞれのメンバーとの出会いとか、青岸の過去に関わった事件が大分簡潔に描かれていることに関しては、個人的には想像の余地としてありだなとは思った。詳細に描写しすぎると話の興味がそっちに移りすぎるし。まあ部下たちへの思い入れは読者的に難しくはあるけど…。数ページ描写されてすぐ死だと勝手に出てきて勝手に死んだなって感じかもしれんけど。でもこれは、青岸焦の物語だしな。そこの補完は自力で妄想するか前日譚的な短編集に期待するしかないよ。

そうして青岸探偵事務所の軌道が乗り出した矢先、事が起こる。
天使の降臨である。

天使が出現したことで人殺しを恐れるようになり、殺傷事件は減った…
かと思えばそうではなかった。
むしろ悪化してしまったともいえる。

「二人以上殺せば地獄行き」なことに開き直って殺人を起こす者、
大量虐殺兵器なら一人の地獄行きで多くの命を葬れるととらえて虐殺を行う者が現れだしたのだ。

どんな世界になってもルールの穴をつくものは存在するのである。
というか、作中でも過去の判例からルールの例外が確認され適応されている。ルール一つに多大な解釈や例外が存在し、直面するたびに事実が浮かび上がる。司法はその都度人の判断によって下されるが、天使という人の理を超えた存在の場合は実際に起きてどう動くか見てみるしかないのである。
こうした「ルールの不平等、不公平」もテーマとして描かれている。

前の世界とは違う恐慌状態に陥った中。
青岸探偵事務所は虐殺兵器を止めるために動いていた。
そんなある日。
青岸が赤城たちが乗った車を見送った直後、その車が爆破テロに巻き込まれてしまう。

一瞬にして大事な部下を、仲間を失った青岸は、自分たちが正義のために、世の中をよくするためにやってきたのにこんな理不尽な仕打ちを受けることに絶望して無気力になってしまう。
この強烈な体験から青岸は「天国の所在」を渇望し、願わくば赤城たちがそこにいることを願うようになる。

仲間を失った無気力な探偵の青岸。そんな彼が天国が存在するかもしれないと言われて食いつかないはずがなく。
屋敷で見せられたもの、それは奇妙な音、声?を出す個体の天使だった。
常木は天使を妄信しており、「かつて天使に祝福を受けた」青岸なら天国の場所を聞きだせるだろうと考えたのである。

かつて青岸は、仲間たちが巻き込まれた事故現場に行き生存している可能性に賭けて燃え盛る車に近づこうとした。
その時、なぜか天使によって行く手を阻まれてしまった。
天使は普通こんな行動をとらない。地獄に連れていくとき以外はそこら辺をふよふよしているだけである。
天使をかいくぐり車に手をのばした際、青岸は火傷を負ったのだが、後日その火傷は奇麗に治ってしまった。
これを世間は「神の祝福」だととらえたが仲間を失いショックを受けた青岸にはどうでもよかった。

奇妙な天使の顔に赤城たちの姿が見えたような気がした青岸は気を失ってしまう。気を落ち着かせているうちに事件は起きる。

過去の出来事に引きずられる青岸。
部下を失い、自らに探偵失格の烙印を押してしまった青岸は、生前の赤城たちが望んでいたように、自分の中に残っている探偵としての矜持として、真実を明らかにすることで誰かを救えると誓い探偵として再起する。

そして青岸は真実を明らかにする。
犯人の、最後の誤算まで明らかにして。
多くの命は失われた。
だが被害者たちは、別の悪、「天使」のルールをかいくぐった罪人であった。それも間接的に青岸とも因縁がある。
正しいこととは、何なのか。裁きは平等なのか。

その答えも、天国の所在も分からないまま。
謎を解き明かすことで犯人を救えたのかもしれない。
そんな希望に縋りながら物語は幕を閉じる…。

推理小説でありながら、倫理とは、ルールは、裁きとは、罪とは…。いろいろ考えさせられる小説であり、青岸焦の物語でもある、素晴らしい小説だった。と思いました。
登場人物が生き生きと描かれて魅力的であり、多面的な人間の側面が描写されているな、とも思ったり。
文体が読みやすかったのもあってすらすら読めたのもよい。
かといって安っぽさや低俗さはあまり感じない。
久々に本を読むのにちょうどいい塩梅だなと思う。

こうして読書を習慣づけしてアウトプットとして感想文を書けたらなと思うけど、感想文って時間めっちゃかかるんよなぁァァ~っ。
そりゃみんな自分の思考に近い他の人の感想文読んで言語化してもらって満足するわけだわな。

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