見出し画像

[全文無料: 小さなお話 0.03] 放浪の代償

[約2,000文字、3 - 4分で読めます]

どういうわけかこの三年ほど、奥さんと二人アジアをふらふらとしています。その前も、半年はマレーシアで日本語教師をしていたり、何年もアジアを中心に、遠くはカリブ海まで足を伸ばしたりと、何やら旅暮らしの人生です。

どうしてこんなことになったのか、簡単に振り返ってみましょう。

  *  *  * 

子どもの頃に「何になりたいか」と聞かれた記憶はないのですが、同時に「何かになりたかった」という記憶もありません。

高校生くらいになって、なんとなく「将来どうするか」といったことが頭に浮かんでくるようになったとき、「サラリーマンにはなりたくないな」と思った覚えがはっきりあります。

けれども大学を出るときには、「一生に一回くらいは会社員になるのも経験としていいかな。まあ二、三年なら」と思って、技術職で会社勤めを試みました。結局、二年を待たずにやめてしまったのですけれども。

1990年、まだバブル経済がそれなりの勢いを持っていた時代のことです。

会社をやめるとき、せっかくだからこの機会に外国にでも行ってみようと思い、本屋で目に入ったガイドブックをぱっと気分で買って行き先を決めました。

ヒマラヤの国ネパールです。

たぶんこれが、ぼくの人生の行く末を決める、大きな分かれ道だったのでしょう。

ネパールと合わせてタイにも少し滞在したこのひと月の旅で、ぼくの中に日本とは違う世界のあり方というものがしっかりと根を下ろしたことは間違いありません。

車もバイクも通れないヒマラヤ山麓の山道を一週間ほど歩き、電気もガスも水道もない宿で寝泊まりしました。

人間というものはきれいな水と煮炊きのための火さえあれば、文明的な暮らしができるんだなとそのとき思ったことは、今もくっきりと心に刻まれています。

そのあとは専門学校や塾で先生をしたり、身体や精神の「障害」を持つ方たちのための施設で働いたりといった、非常勤の仕事で食いつないできました。

結婚は二度しました。はい、一度目の結婚は四年で終わりを迎えまして。円満に離婚ができたことは幸いでしたが、今改めてこのことを文章にしてみると、そのときの痛みがまだ完全には昇華できず、体の中に残っていることを感じます。

二度目の結婚をして、いつの間にか二十年近い歳月が立ちます。人からは仲がよいですね、と言われることが多いのですが、決しておしどり夫婦というわけではありません。

今でも小さなことで喧嘩を続ける日々で、けれども、二人ともしばらく前からヴィパッサナ瞑想というものをやるようになったので、昔よりはずいぶんこなれた関係になってきたかなと、少しほっとするほどの想いもある今日この頃です。

うちの奥さんは、ぼくに輪をかけて日本の社会に違和感を感じる人間なもので、彼女はぼくと結婚して初めてタイを初めとするアジアの国々に行き始めたのですが、実のところ今ぼくがこうしてインドで不思議な時間を過ごしているのは、彼女の力によるところがほとんどなのです。

この文章の題名として「代償」という言葉を使ってみましたが、それはこの「放浪生活」をすることで失った何かがあるのだ、という意味ではありません。

それは、「人生においては、二つのことを同時には選ぶことにはいかない場面が多々ある」という意味の、前の奥さんの言葉をなんとなく思い出してのことなのです。

「日本を離れる」という道を選べば、「日本で暮らす」という道は同時には選べません。

「定職につく」という道を選べば、「自由に生きる」という道は同時には選べません。

「ある人と一緒に暮らす」という選択をすれば、「別の人と一緒に暮らす」という選択や「一人で生きる」という道はあきらめなければなりません。

「この道がいい」と言いたいわけではないし、「違う道を選べばよかった」というわけでもないのですが、「今とは違う、ひょっとしたらありえた人生」というものが、いつも「今生きている実際の人生の裏側」に無数に存在するのだということを、ありありと意識しながら生きていくのもおもしろいじゃないかと、そんなことを取り留めもなく思う次第でして。

さて、みなさんは、今までにどんな分かれ道を通過して、今日という日にどんな人生を歩んでいるのでしょうか。

いつかみなさんのお話も聞いてみたいものだと思います。

[2018.11.19 西インド、ブンディにて]

追記: 敬愛するKさんがこの記事にスキをくれたのを機に、少しだけ文章を直しました。書いてある内容については、3年後の今も「確かにそうだな」と一人納得するばかりで、ずいぶん変化したような気もするのに、まったく進歩のない自分だなと、父が逝ったばかりの実家で、母と奥さんが仲良く夕食の支度をしている横で微笑む、幸せなひと時の夕刻です。

[2021.11.27 東京、世田谷野沢にて]

☆有料部には何もありません。投げ銭として購入していただけたら、跳び上がって大喜びします。

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 100

いつもサポートありがとうございます。みなさんの100円のサポートによって、こちらインドでは約2kgのバナナを買うことができます。これは絶滅危惧種としべえザウルス1匹を2-3日養うことができる量になります。缶コーヒーひと缶を飲んだつもりになって、ぜひともサポートをご検討ください♬