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[全文無料・読み切り短編]あなた、作家になりたいですか? じゃあ、この小説を読んでみるといいですよ!

[約1,900字、400字詰め5枚弱]

久しぶりに短い小説でも書くかと思って、折りたたみ式のキーボードを開き、タブレットに向かってみたぼくは、小説の書き方というものがすっかり分からなくなっていることに気がついた。

タブレットとキーボードは安宿の素晴らしく凹んだマットレスの上に、キーボードのケースと小さなメモ帳を台にして置いてある。

足は組まずに平らに並べてベッドにつけたあぐら的姿勢を取ると、特に疲れることもなく長時間の執筆が可能だ。

考えてみればぼくが小説を書いてみた数などまったくたかが知れたもので、一番長いものでも某新人賞に応募した百枚ほどの短編なのだ。

文庫本にしたら三、四十ページほどの読んだら短いものだが、書くとなるとこれが大変なのは、書いたことのある人なら力強くうなずいてくれるに違いない。

そんなに長いものを書いたのはそれが初めてだったので、このときばかりは、
「おっ、おれもやればできるじゃないかっ」
と大いに自分を見直したものだが、第一次選考にも通らないという哀しい結果に打ちのめされて、*いつか作家になってやる* というささやかな野望すらまたたく間もなく爆縮したものだ。

つまりそんな程度の執筆経験しかないぼくに、小説の書き方などというものが分かっていると考えるほうがむしろおかしな話というもので、気がついてみればこのかけがえのない青い水の惑星(ほし)地球の上で、半世紀を超える歳月をのんべんだらりと綱渡り的に暮らし続けてきただけの青二才に、小説の書き方など分からなくて当然、書こうと思っても書くことのままならぬ、その暗中模索のぬばたまの、闇夜の鴉の放つ真白き一条の輝きの中から、玉虫色の完全虹が立ち上がる瞬間にいつの日か相まみえんと、なけなしの空疎で虚ろで虚空王の秘宝のような脳内語彙集成から、一織り一織りと紡ぎ出したのが、この空飛ぶ魔法の絨毯なのでございます。

しかしぼくは作家になるなんて簡単なことだとあるとき気づいちゃったんだよね。

だってほら、あのは○ちゅうさんとかいう慶応出のブロガーの人が、作家を自称しててね、そりゃ何冊も著作があるんだから作家といえば作家かもしれないけど、日本で作家って言ったらやっばり小説を書いてる人って気がするじゃないですか。でも、そのは○ちゅうさんが作家と自称するのを本物の作家の林真○子先生が「いいんじゃない」と言ったらしいから、まあつまり世の中そういうものなわけでして、いやだから何っていうほどのこともないけどさ、つまりは自称すれは誰だって作家になれるっていう当たり前の事実を確認してるってだけのことでしてね。

逆に作家として食ってるのに、救急車で搬送されてるときに職業を聞かれて「作家です」と答えたら、救急隊員が「無職の人を搬送中」と連絡したとかいうツイートもしばらく前に見かけたし、作家になんかなったって、大金が入ってくるのはほんの一部の人気作家だけの話で、無名の作家になんかなったって、大して自己承認欲求が満たされるものでもなし、くだらない夢にうつつを抜かしてる暇があったら、自分にとって幸せってなんだろうと考えながら、左の胸に左の手のひらと右の手のひらをしっかりと当てて、大きく深く長く呼吸を三回してから、三べん回ってワンって言ってみたらいいと思うってことなのさ。

かくのごとく灰色の脳内遊園地にて至高の思考を十二分に空回りさせてみたとき、作家などというものは何ほどのものではないことが、ついに明々白々と白日のもとにからからと転がるしゃれこうべ同然にさらけ出されてしまったのでありますから、次なる段階といたしましては、近代がぎしぎしと音を立てながら作り上げてきた小説という巨大構造物の徹底的な脱構築という順番になる次第ではありますが、これにつきましてはすでに幾多の議論と実践があるわけでございまして、わたしごときのものがわざわざここで付け加えるほどのものはといえば、限りなくゼロに近いブルーな憂鬱というよりは、そんなようなあんなような案外いい塩梅のいい加減な塩加減のおいしい梅干し売ってますといった事態になります、板橋区、東京都。

以上、水晶の如く透き通った議論とは到底言えないものの、小説というものの持つ自由さと不自由さと、不可解さと不可思議さと不可能性について、読者諸兄にとってなにがしかの理解の助けにでもなればこれ幸いと書き置いて、このだらだら駄文のらくだ文の幕引きとさせていただきます。

常夏の国タイにてひねもすのたりと暮らす午後、曇り空の白い光が風に揺れるカーテンの隙間から凹んだ寝床をゆらゆらと照らすのを見守りながら、読者のみなさんの幸せをお祈りいたします。

[2018.10.02 タイ、サコンナコンにて]

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