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私がオークションを選んだ理由

他人に研究分野を訊かれたらオークションですと答える。私の場合、オークションを研究テーマに選んだ理由が自分の二つのオークション体験にあることは間違いない。

ヤフオク!にはまった日々

20代初めにヤフオク!にのめり込んだ。ウィンドウズが市民権を得て、インターネットでの情報収集が当たり前になってきていたとはいえ、2000年当時、オンラインで物を売ったり買ったりするのはまだ特別のことだったと思う。実際、ヤフーがオークションのサービスを開始したのはほんの前年のことだった。スマホは当然まだこの世に生まれていなかったが、パソコンだけでなくケータイでヤフオク!を利用することはできた(当時の名称はまだヤフーオークションだった)。

これは、と思うシャツをヤフオク!で見つけた時のこと。さてどういう作戦で行こうかと考え、はたと思いついた。オークションの締め切り間際を狙って、その時点での最高入札額よりもほんのちょっぴり高い金額を入れるというのはどうだろう。その日は何かの用事があって家でパソコンの前に張り付いているわけにはいかず、ケータイで入札することにした。当時のケータイはインターネットに常時接続しているわけではなく、使う直前に「iモード」を起動していた。終了30秒前くらいに急いで金額を入力、送信ボタンを押した。入札結果を確かめるために、やや緊張しながら「リロード」すると、狙いがばっちりとはまって見事落札。欲しかったシャツが手に入ったのに加え、自分の「発見」した作戦が大成功に終わったことに気を良くした。「オークションなんて楽勝じゃん!俺って頭良いかも」そう思った。

実はこれが発見でもなんでもないことは次のオークションですぐに思い知ることになる。

前回と同じくケータイからヤフオク!にアクセスし、ぎりぎりに金額を入力、送信した。落札することをまったく疑わなかった。入札結果を確認するためにリロードすると、終わっているはずのオークションがまだ続いていて「残り時間5分」と表示されている。何が起こったのかまったく理解できず、「え、なんで」と思った。ケータイが壊れた可能性も疑った。つまり自動延長の存在を知らなかったのだ。

自動延長

「自動延長あり」と設定されたオークションでは、入札の締め切り間際に新たな入札があると締め切りが自動的に延びる。「自動延長あり」のオークションでは最後の最後でなかなか決着が付かず、自分のビッドが繰り返し打ち負かされるとうんざりすることもしばしばだった。そのうちに「自動延長あり」オークションを見るとそれだけで顔をしかめるようにもなった。そのくせ自分が出品する時には必ず自動延長を「あり」に設定する。入札を繰り返す苦い経験を思い出しつつ、その方が高く売れそうに思えたからだ。

とはいえ買手としてオークションを眺めていると「自動延長なし」のオークションにもしばしば遭遇した。自分の「発見」の誤りを知ったあの時以来、オークションの画面では自動延長の有無を必ずチェックするようになっていた。当然、こんな疑問が湧く。はて、本当に自動延長「あり」は「なし」よりも優れているのか。この疑問は後に、大学院生の時に初めて書いたオークションについての論文で詳しく分析することになる。

オークションハウスでバイトする

私にとって重要なもう1つのオークション体験はオークション会社でのアルバイトである。

大学を卒業後、私はある会社に就職すると人事関連の部署に配属となった。ほとんどが営業部に配属された同期と比べ、さて自分が彼らより恵まれているのかどうか判断は難しい。しかし社員全員の給与明細を作るという仕事は、入社したてのハタチそこそこの若者にとって刺激に満ちた面白いものとはほど遠いだろう。何せこの時点で自分の将来が完全に見越せてしまうのだから。仕事にどうしても馴染めなかった私は結局1年半ほどで会社を辞めた。私は退職者の事務手続きを担当していたので、自分の辞表を自分でファイルに綴じた。

退職して半年ほど経ったある日、オークション会社に勤める知人に声をかけられた。「オークション、興味ない?当日のスタッフが足りなくて、もし時間があったら手伝ってよ」大学院への進学が決まったあとだったので時間は有り余っていた。ヤフオク!に限らずオークションそのものへの大きな関心を持ち始めていた私にとっては願ってもないことで、二つ返事で引き受けた。

その時のことは拙著『ヤフオク!の経済学』(日本評論社)にも書いたのだが、何よりもまずオークションのスピード感に圧倒された。安ければ2、3万円でハンマーが振り下ろされる品物から100万円を超える高額商品まで、絶え間なく、本当に次々と落札されていく。オークションには独特のリズムやテンポとも言うべきものがあるのだが、不思議なことに、値段が違ってもそれらはほとんど変わらない。最終ロットの品物が落札されてもまだ惚けていた私は次の瞬間、盛り上がったコンサートが終わってしまった直後のように名残惜しい気持ちでいっぱいだった。この時の経験は、競り人の技量や会場の雰囲気が参加者のビッド、落札価格を大きく左右するのだという印象を私に残した。現在のオークション理論はこれらの要素をほとんど気に留めないのだが、もっと深く考える必要があるだろうと思う。

利用頻度が減ったとはいえ今も私はヤフオク!を使う。最近はスマホアプリの使いやすさに感心する。実際に使ってみて感じたことが研究上の疑問に昇華することもあり、まさに趣味と実益が一体となっている。

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