ピンチをピンチに! ~ハブタエンヌは眠らない~ その5
* * *
人間体に戻ったコブタエが、大鏡の前でおしろいをはたいている。
シロネも猫の姿に戻っている。
「何してんだよ、コブタエ」シロネが不思議そうにのぞき込む。
「打ち粉の片栗粉を打ち直しています。さっき、だいぶ崩れてしまって」
「粉振っても顔は直らねーぞ」
シロネの顔の横の壁をグーで殴るコブタエ。壁にヒビが入る。
「ひいっ」
「打ち粉は羽二重餅にとって仕上げの生命線。試験でも実技があるのです」
シロネが震えあがっているところに、ブタエが風呂敷包みを運んで来た。
「ササミ缶です。コブタエが無茶をしたようですので十個用意しました」
外から匂いを嗅ぐシロネ。
「今回は、いいババアじゃねえか」
コブタエがウルウルしながら頭を下げる。
「ブタエ姉さま、ありがとうございます。私のためにこんな…」
無表情に言うブタエ。「代金はお小遣いから天引きです」
「ええっ!」
コブタエの前で正座し、コブタエにも座るようにと目で指示するブタエ。
慌てて正座するコブタエ。
「いいですか、コブタエ。おまえはシロネを危険な目にあわせただけですよ」
「はい……」うつむくコブタエ。
「ポイントを1点マイナスします」
「そんな……」
涙目のコブタエを気の毒に思ったのか、シロネが言う。
「別にそこまでしなくていいよ。犬狛の城に入ってわかったこともあったしな」
「弟のクロネはいなかったのですね」確認するように言うブタエ。
「ああ。それに、ダイヤモンドツナも、何か普通っていうか…」
「そして王女は羽二重餅の虜になったのでございます!」頬を紅潮して叫ぶコブタエ。
「マイヌの奴、のんびり餅食うなんて、余裕かましてやがったぜ」憎々し気なシロネ。
うなづくブタエ。
「シロネに毒を盛られてもおかしくない状況でしょうにね」
「まあ、ともかく、ここから出て部下に連絡を取るから」シロネは風呂敷を背負った。「お、重い…!」
やれやれと言わんばかりに微笑むブタエ。
「ササミ缶ならキープしておきます。お腹が空いたら、ここへおいでなさい」
風呂敷を下ろして苦々し気に言うシロネ。「勝手に食うなよな」
「ご安心を」
「…じゃあ、頼むわ」
大鏡から素早く出て行くシロネ。その後を慌ててコブタエが追いかける。
「待って、シロネ!」コブタエも続いて大鏡から出ていく。
ブタエが慌てる。
「コブタエ。あなたは謹慎を…!」
閉じる大鏡を眺めながら、ため息をつくブタエ。
そこに、シンケイがやって来る。
「もう少し様子を見るとしよう」
「シンケイさま……」
大鏡に映るシロネとコブタエの様子。シロネはコブタエに後ろから抱きかかえられ、大暴れしている。
くすりと笑うブタエ。シンケイも微笑む。
「失敗しながらわかることもある」
そう言ってシンケイは大きな水晶玉を撫でた。
* * *
コブタエは、犬狛国の上空でパラグライダーを操っている。コブタエのお腹のハーネスには、シロネがくくられている。
窮屈そうにシロネが言う。
「こんなもん使えるなら、最初から使って逃げればよかったろうが」
「うーん、でも、金平糖が3つかかりますしねえ」
コブタエのベレー帽にキラキラと輝く金平糖を睨みつけるシロネ。
「そんなにたくさんあるのにケチるなよ」
「受験の時に使う金平糖をとっておかないと試験が受けられなくなりますから」
上空で風が旋回する。
鼻を鳴らすシロネ。
「やっぱりクロネの匂いがないな…」
「では次」
パラグライダーの方向を変えるコブタエ。機体はやがて猫魂国の上空に到達する。風に乗って来る匂いを嗅ぐシロネ。
「こっちにもいない……」
「ではいったいどこに?」
「残るは一か所だ」
シロネは重々しくつぶやいた。
* * *
大きく口を開け、ものすごいスピードでケーキを食べているマイヌ。口元のクリームをぬぐいながら、フントを見る。
「ダイヤモンドツナが奪われそうになったというのですか?」
「はい」
「それはまずいですわね。猫側に渡ったら大変なことに…」
「承知しております」頭を下げるフント。
「本当に大変なことになるのですから」
「今まで以上に警戒を強めます」
さらに深く頭を下げると、フントは部屋を出て行く。
「はあ…」
マイヌのため息が部屋に響き渡った。
* * *
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