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📗夕暮れに夜明けの歌を📗



図書館から借りてきた4冊の本の2冊目は
中川五郎さんおすすめの
【夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く】です。

著者は名倉有里さん。

1982年12月東京生まれ。
父は歴史学者の奈倉哲三。弟は作家の逢坂冬馬。2002年からペテルブルグの語学学校でロシア語を学び、モスクワ大学予備科を経て、ロシア国立ゴーリキー文学大学に入学、2008年に日本人として初めて卒業。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程を経て博士課程満期退学。『アレクサンドル・ブローク 批評と詩学 ――焼身から世界の火災へ――』で博士(文学)。2021年、博士論文で第2回東京大学而立賞を受賞、2022年同著でサントリー学芸賞受賞。2022年『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』で紫式部文学賞受賞。研究分野はロシア詩、現代ロシア文学。早稲田大学講師。

wikiより


未知なる恍惚


1991年、横浜市にある賃貸住宅に、どうやらとんでもないニュースが飛び込んできたーー
「クーダターだ」「どうなった?」「ソ連が崩壊した!」「まさか・・・・」
と騒いでいたのは、もうすぐ9歳になるところだった私・・ではなく、父と母だ。

(P5 冒頭)

記憶を辿ってみると、「ソ連崩壊」のニュースに驚いたものの、
私は有里さんのご両親ほどには衝撃を受けていなかった気がします。
身近なアメリカに比べ、
ソ連は「あまりよく知らない、あまり知りたくもない国」
だったように思えます。

いきなりスペイン語を学び始め、単語を覚えるために、
家じゅうの家具とか家電に
マジックペンでスペイン語を書いていたユニークなお母様の影響で、
有里さんは高校1年になったとき、
英語以外の言語がやりたいと思ったそうです。

その頃の好きな作家はゲーテとトルストイでしたが、
ドイツ語はお母様に勝てないと思って、
ロシア語を学び始めたことが将来を決めていきました。

そして20歳になる冬、2002年から2003年にかけての冬、
ペテロブルク行きを決心しました。



この本は有里さんが一人でペテログルクに行き、
モスクワ大学を経て、ロシア国立ゴーリキ文学大学で学んだ日々のことを、
書いた随筆・・奮闘記です。

モスクワ大学

ゴーリキー文学大学は、
全学年を合わせても学生数が約250名という小規模大学です。
日本では馴染みがありませんが、
ロシアでは知らない人のいない特殊な大学です。

帝政ロシア時代から、作家や詩人が社会思想を形成する核を担ってきた歴史があり、
ロシア革命後も、ソ連連邦は作家を人々の思想の根本を作り上げる職業として重視し、1933年に創設しました。

プーシキン駅近くのアレクサンドル・イヴァーノヴィチ・ゲルツェン(哲学者、作家)
の生家を校舎として利用しました。

有里さんはユーリと呼ばれます。
ロシアではユーリはポピュラーな男の子の名前です。
仲良しの友人もでき、
見識も広がっていきました。



言葉を補う光を求めて


2021年の初夏、私は早稲田大学図書館の雑誌書庫で古新聞を片っぱしから閲覧していた。
もういちど確認しておきたいことがいくつかあった。まずは冒頭に描いたソ連の崩壊が当時の日本でどう報道されていたのか。1991年12月22日の朝刊一面は、朝日、毎日、読売ともに「ソ連邦」の「消滅」だ。いまではほぼ使われなくなった「消滅」という表現や、記事に注記された「ソ連はなくなったが、国連にはソ連という呼称がまだ存在しているので。しばらくは『ソ連』『旧ソ連』の表記を併用する」などの補足からも、時代の空気がうかがえる。

(P259 )


歴史の転換期にはいくつもの名前がある。崩壊。紛争。独立。統合。歴史のなかで大きな動きとされるのには国や連合国家の争いや事件の数々である。私たちはそれを報道で知り、それがいずれ歴史となり教科書に記され、子供たちが学校で学んでいく。人は知識を得ることにより、世界のどこで何が起こってきたのかを「知って」いる。けれども何を知っているというのだろう。

(P261)


私はいくら必死で学んでもただひたすら無知で無力だった。いま思い返してもなにもかもすべてに対して「なにもできなかった」という無念な思いに押しつぶされそうになる。
 けれども私が無力でなかった唯一の時間がある、彼らと共に歌をうたい詩を読み、小説のい引用や文体模倣をして、笑ったり泣いたりしていたその瞬間ーーそれは文学を学ぶことなしには得られなかった心の交流であり、魂の出会いだった。教科書に書かれるような大きな話題に対していかに無力でも、それぞれの瞬間に私たちをつなぐちいさな言葉はいつも文学の中に溢れていた。

 人には言葉を学ぶ権利があり、その言葉を用いて世界のどこの人とでも対話をする可能性を持って生きている。しかし私たちは与えられたその膨大な機会のなかで、どうしたら「人と人を分断する」言葉でなく「つなぐ」言葉を選んでいけるのかーーその判断はそれぞれの言葉が如何なる文脈のなかで用いられてきたのかを学ぶことなしには下すことができない。

文学の存在意義さえわからない政治家や批評家もどきが世界中で文学を軽視しはじめる時代というものがある。おかしいくらいに歴史のなかで繰り返されてきた現象なのに、さも新しいことをいうかのように文学不要論を披露する彼らは、本を丁寧に読まないがゆえに知らないのだーーこれまでいかに彼らとよく似た滑稽な人物が世界中の文学作品に描かれてきたのかも、どれほど陳腐な主張をしているのかも。

 文字が記号のままではなく人の思考に近づくために、これまで世界中の人々がどれぞれに想像を絶するような困難をくぐり抜けて、いま文学作品と呼ばれている本の数々を生み出してきた。だから文学が歩んできた道は人と人との文脈をつなぐための足跡であり、記号から思考へと続く光でもある。もしいま世界にその光が見えなくなっている人々が多いのであれば、それは文学が不要なためでなく、決定的に不足している証拠であろう。
 いま世界で記号を文脈へとつなごうとしているすべての光に、そして、ある場所で生まれた光をもうひとつの場所へ移し灯そうとしているすべての思考と尽力に、心からの敬意を込めて。

(P263)


1960年代、私がまだ子供のとき
ロシア文学は今よりもっと読まれていたと思います。
小学生の私でもトルストイやドストエフスキーの名前は知っていました。

「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」は映画で見ました。

中学生のときNHKロシア語講座を聞いていました。
スペイン語やイタリア語でなく、
なんでロシア語だったのかといえば
ロシア文学を読んでいたからです。

昨今文学は必要ないという意見が多くなっています。
もっともっと実用的な文章を学んで方が
「役に立つ」と思っているのでしょう。

最後の有里さんの言葉をぜひ贈りたいと思いました。

記号から思考へと続く光・・・全くその通りだと思います。

この本を中川五郎さんが勧めてくれた意味がわかります。

ぜひお手に取ってお読みください。

現在のウクライナ情勢についての、
異なった視点をもつことができると思いました。

目次

1 未知なる恍惚
2 バイオリン弾きの故郷
3 合言葉は「バイシュンフ!」
4 レーニン像とディスコ
5 お城の学校、言葉の魔法
6 殺人事件と神様
7 インガの大事な因果の話
8 サーカスの少年は星を掴みたい
9 見えるのに変えられない未来
10 法秩序を担えば法は犯せる
11 六十七歩の縮めかた
12 巨匠と……
13 マルガリータ
14 酔いどれ先生の文学研究入門
15 ひとときの平穏
16 豪邸のニャーニャ
17 種明かしと新たな謎
18 オーリャの探した真実
19 恋心の育ちかた
20 ギリャイおじさんのモスクワ
21 権威と抵抗と復活と……
22 愚かな心よ、高鳴るな
23 ゲルツェンの鐘が鳴る
24 文学大学恋愛事件
25 レナータか、ニーナか
26 生きよ、愛せよ
27 言葉と断絶
28 クリミアと創生主
29 灰色にもさまざまな色がある
30 大切な内緒話



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