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「やせがえる 負けるな一茶 ここにあり」のフュージョン伝説

鹿児島の奥座敷に位置する
霧島の山は森が深い。

山並みの一角に
穿った岩から水がコンコンと湧き出る所がある。
夏でも手がちぎれるほどに冷たい。
汗を流し流し山登りを楽しむ人達には
乾いた喉を潤すかけがえのない湧き水である。
湧き水を手ですくいゴク、ゴクと喉を鳴らす。
す~っと元気が蘇ってくる。生き返るほど水がカラダに染み渡る。

中にはわざわざ水汲み目当てにポリタンク
を背負って来る人さえいる。

そう知る人ぞ知る
隠れた名水なのである。

さて、
ここの湧き水は
「一茶どんの水」と呼ばれている。

さかのぼること200年前


山の麓に20数戸の小さな村があった。
村には一本の川があり
そこから水を引き
炊事や田んぼに利用しているのである。

村の一番下の流域に
農夫がいた。名を一茶という。
一茶は4番目の長男として生まれた。
上3人の姉たちは嫁いですでにいない。

一茶が19歳になった年の4月、父が病気で死んでしまった。
そのうえ、悪いことは重なるもので
この年、田植えはしたものの雨らしき雨も降らず
7月になったら田んぼは白茶けて地割れしだした。

地割れのところにカエルが少しでも湿り気の土を求めて
へばりついている。食うものなんてない、ヤセ姿でじっとしている。

村の田んぼはどうなってるだろう。
一茶は登って行った。
「どこもいっしょじゃ。みんな田んぼは枯れ始めている。」

村長の家に立ち寄り
「村長さん、どげんもこげんもできん。どうしたもんじゃろ・・・」
「困った。このままじゃ村は全滅じゃ。
餓死どころか首をくくる者も出てくるかもしれん」


農家の朝は早い。
牛に食わせる草は露のあるうちに苅るものだが
今は露どころか湿り気さえもなく萎れかかっている。
一茶は刈り取った草を背負いつつ昨日ヤセガエルのいた地割れを覗いてみた。

すると湿り気の土にへばりつくように地割れの奥へ奥へと身を潜めてじっとしていた。

「このヤセカエルだって生きようとしている!」


一茶はスクッと立ち上がり、牛に草をやり終えると
山に入り歩き回った。
翌日も。腹が減ったら葉っぱを食い。喉が渇いたら草野の根っこの泥をはらいかじった。

憑かれたように歩き回った。


三日目。
岩に湿った部分があるのを見つけた。
一瞬顔を曇らせた。

が、意を決して村のみんなを連れてきて
この岩の湿ったところを穿てば水が出てくるかもしれないと説いた。

しかし村人の中には反対する者もいた。
「爆破して水が絶対に出てくるとは限らん。しかも発破にはどっさり金がかかる」
そこで村長が言った。「このままでは餓死者も出る。なかには悲観して首をくくる者も出てくるかもしれん。
少しでも望みがあればやるだけの事はやってみようじゃなかか?」

かくて発破屋が来て岩に穴を穿ち火薬を詰めて爆破を始めた。

しかし、硬い。岩が硬いのである。発破をかけても中々岩は崩れない。
3回、5回。ダメか。ひとりがつぶやいた。
7回、9回、岩の湿り気が強くなってきた。
11回、おっこれはいけるかのしれん。

13回目の発破で岩が穿たれ水が流れ出てきたではないか。出た。水が出た!
村の衆は我先にと水をすくって飲んだ。
「ああ冷やっこい」「うんまか水じゃ」「イノチの水や」村の者たちは小躍りして喜びあった。

さて、どうやって水を引くか。
一茶が
竹だ。竹を繋いで一番近い田んぼまで水を引こう。
竹が切り出され、節を穿ち竹を繋いでいく者。
竹を支える杭を打つ者、手分けして行われた。
ついに一番近い田んぼに竹をつなげた。

田んぼに水が流れてきたとき
村人たちは肩を叩きあった。狂喜した。安心してへたり込む者もいた。
これで村は救われる。
ここの村は棚田である。

村長は言った
さあ、ここから自分の田んぼまで溝を掘るんだ。
みんなは意気盛んに自分の田に導く溝を掘っていった。

一茶はそれを見て、うんと頷き
また山に入っていった。
しばらくして一茶は竹を担いで降りてきた。
そしてまた山に入っていった。
また竹を担いできた。

それに気づいた村長が
「そうだ、一茶どんの家は川の反対側じゃ。溝は作れん。
一茶どんを手伝おう。村を救った大恩人や。
一茶どんの田んぼを枯らしちゃならん。バチが当たるぞ。
一茶どんの田んぼを死なしちゃならん。
竹を運ぼう。竹を繋ごう」

竹つなぎは夜っぴて行われた。
一茶の田んぼに水が入った。
それを見た一茶は地面に頭をこすりつけ

「あいがとごわす、あいがとごわす」

そして
一茶は肩を震わせ言った。
「おいは村のみなさんに謝らなきゃならん。
あの湿った岩を見つけた時
なんとおいはついちょらんことか。
水が出ても
おいの家は反対側じゃ。ついちょらん。
みんなを羨ましく思ってしまったんじゃ」

一茶は泣き崩れた。

あの岩を見つけた時一瞬顔が曇ったのはそのためだったのである。
皆々は

「そんなこちゃ、そんなこちゃ
頭を下げんならんのはおいたちのほうじゃ。
そんなもん、そんなもん どげんでんよか。
一茶どんのおかげじゃ」村の衆も泣き崩れた。

そして
水が引かれた翌日、一茶は田んぼを見て回った。

その時
「あっ、ヤセガエル!地割れに潜んでいたヤセガエルじゃ。
生きちょったなあ。
おまえのおかげじゃ。ありがとごわす」

村は救われた。
一茶があの岩を見つけなかったら
村は全滅。大半の者は村を去ったであろう。

それ以来、村人たちは語るのである。
ここで田んぼが出来るのは一茶どんのおかげじゃ。
よく見つけてくれたよなあ。
あの湿った岩を。

そして、あの岩から湧き出る水を
「一茶どんの水」と言うようになった。

<やせがえる 負けるな一茶 ここにあり>
お・わ・り

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