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炊飯器を食べられた話

 私はホラーは苦手だ。ホラー映画も苦手だし、怖いシーンは顔を手で覆ってしまう。それでも、指の間は少し開けて、つい覗いてしまうのだが。

 これは私の身に起きたホラーな話。そして、あなたの身にも起きるかもしれない話である。指を開けて、こっそり覗いてみてほしい。

* * *

 私はツアーミュージシャンなので、家を空けることが多い。1ヶ月に1週間しか家にいない、ということもザラだ。これは、そんな私の生活スタイルが招いた恐ろしい失敗談だ。私はそれ以降、炊飯器を買わず、土鍋生活をしている。

 あれはまだ暑かった夏の終わりのある日。私は1ヶ月ぶりに家に帰宅した。久しぶりに自炊をしようとお米を炊いた。ものぐさな私は、食べ終わった後のご飯を炊飯器の中に入れたままにしていた。

 翌朝、ご飯は腐っていた。ネト〜ッとした糸を引く粘り気があり、見た目にもヤバさがわかった。まだ半分残っていたのに、と後ろ髪を引かれつつ、泣く泣くご飯を処分した。しかし、暑いとはいえ一晩で腐るなんて、と不思議だった。理由は程なく明らかとなる。

 その日再びご飯を炊こうと思い、炊飯器に向かう。ふと、黒い影が私の目の前を横切った。間違い無い、Gだった。だが、Gはふっと姿を消した。あれ? 確かにそこにいたのに。炊飯器の液晶画面の上を走っていたはず。私は目を凝らしてじっと見つめた。

 すると、再びGが現れた。私は身の毛がよだつのを感じた。Gは、なんと、液晶画面の中にいた! すっと一瞬姿を現し、そのまま画面の端に消えた。

 中にいる! 炊飯器の中にいる! そんなことってあるのか。昨晩、炊飯器の中に残しておいたご飯が腐ったのもそのためだったのだ。私は途端に吐き気をもよおしまった。ひょっとしたら、同じ釜の飯を食べていたのか。いやいや、待ってくれ。それは無い、と思いたい。

 しかし、炊飯器にいるのは間違いなさそうだった。よく見ると炊飯器の下には糞らしきものが点々としていた。しかし、どうやって入ったのだろう? そもそも炊飯器の中に入るスペースなどあったのだろうか?

 私は釜を取り出し、コンセントを抜き、ひっくり返したり、細部を点検してみた。出てこない。よし、こうなったら殺虫剤を炊飯器に吹きかけてみよう。正直、調理器具に殺虫剤を吹きかけるという行為自体、とても躊躇いがあった。口に入るものを調理するものなのだ。だが、Gが中にいるかもしれない、という恐怖心の方が優った。

 すぐその場で吹き付けたくなるのを堪えて、私はベランダに炊飯器を持ち出すことにした。この判断は正しかった。私のドタバタを聞きつけて、同居人の中国人である李くんも顔を出してきた。

「先生、どうしたんですか?」

「いや、Gが炊飯器の中にいるみたいでね」

「え? ほんと? 気持ち悪いね」

 李くんもGは苦手だった。私たちは恐る恐るベランダに炊飯器を運んだ。殺虫剤の細いノズルを炊飯器の隙間に差し込み、シュッと短く噴射した。その時だった。

大小10匹以上のGが炊飯器から一斉に飛び出してきた!!


こんなに沢山のGがどうやって炊飯器の中に身を潜めていたのか、というくらいの数だった。それをみた李くんは思わず

「アイヤーーーーーーーーーー!」


 と絶叫した。中国人は驚くとき、アイヤー、と叫ぶのは本当だったのだ。

 私はといえば、恐怖で固まってしまい、全く動けなかった。蜘蛛の子散らして逃げていく様を、呆然と見守っていた。炊飯器はGの巣窟になっていたのだ。

 恐怖が冷めると、疑問が湧いてきた。なぜ、こんなに多くのGが炊飯器の中にいたのだろう? インターネットで調べると、驚愕の記事が見つかった。曰く、それによれば、基盤も食べるらしい。なるほど、それがGの食料だったのだ。私はツアーでよく家を空けるから、頻繁に炊飯器を使わない。それが故に、彼らの巣作りを易々と許してしまっていたのだった。

 Gたちが出て行った後の炊飯器を、私はそっとゴミに捨てた。もう使う気にはなれなかった。さようなら、炊飯器。さようなら、保温機能。さようなら、タイマー。今日から土鍋と共に生きていきます。

 以来、私は友人宅に行くと、炊飯器をチェックするようになった。

 Gは、あなたのすぐそばにいるかもしれない。


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