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「サンパティーク」 ピンク・マティーニ SYMPATHIQUE  PINK MARTINI

佐藤利明(オトナの歌謡曲プロデューサー/娯楽映画研究家)

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 アメリカ、オレゴン州ポートランドから世界へ。まるでハリウッド映画に登場するビッグバンドのように、歌姫を従えて、旅から旅への演奏旅行を続けるピンク・マティーニは、世界各国でコンサートを繰り広げて、数多くのオーディエンスから喝采を浴びてきた。
 
 日本でも2011年、由紀さおりとのコラボレーション・アルバム「1969」の大ヒットにより、カラフルでポップなコンサート・スタイルが音楽ファンの圧倒的な支持を受けたことは記憶に新しい。

 また2018年10月には5年ぶりの来日公演を、ブルーノート東京で開催することとなり、再びピンク・マティーニに熱い視線が注がれている。

 そのレパートリーは世界各国の音楽ヒストリーの中からピックアップされ、多言語に及んでいる。ヨーロッパ、アジア、ギリシャ、トルコ、中東、北アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、南米、北米など、まさにワールドワイドなツアーを展開している。

 彼らのコスモポリタンな多言語の音楽スタイルは、デビューアルバム「サンパティーク」ですでに確立されていた。ハリウッド映画『ギルダ』でリタ・ヘイワースが歌った「アマード・ミオ」、美輪明宏の「黒蜥蜴の唄」の日本語カヴァー、モダンジャズがフランス映画を席巻した時代の「『危険な関係』のテーマ」と様々な楽曲に、オリジナルのフレンチ・ポップス「サンパティーク」などをちりばめたデビューアルバム「サンパティーク」は、1997年11月11日にリリースされ、世界的大ヒットとなった。

 それから21年、1998年7月に20周年を記念してリマスターされたのが本作「サンパティーク20周年記念盤」である。

 ピンク・マティーニは、アートと音楽の街、オレゴン州ポートランドで1994年に結成された。リーダーはこの街で育ったピアニストで音楽家のトーマス・M・ローダーデール。最初は四人編成のコンボ・バンドだった。

 その結成の動機はこうである。少年時代から政治に興味があったトーマスは、人々が幸せに暮らしていけるように、いつの日かポートランドの市長選に立候補しようと考えていた。しかし、候補者や政治家の資金集めのティー・パーティーで演奏される音楽が、騒々しいだけのノイズのようで、センスのかけらもないことに失望。

 1970年生まれのトーマスがイメージしていたのは、1940年代のハリウッド映画に登場する、ゴージャウなビッグバンドのサウンド。古き良きハリウッドの音楽映画、ミュージカル映画には、ラテンやジャズ、クラシックなど、幅広いジャンルの音楽をロマンティックに演奏するシーンがあり、それが世界中の人々にとっての“音楽の窓”となっていた。

 戦後、日本でもハリウッド映画を配給する “CMPE(セントラル・モーション・ピクチャー)”のキャッチ・フレーズで戦前、戦中の未公開の音楽映画が次々と公開された。グレン・ミラー楽団、ベニイ・グッドマン楽団、レイ・ブラウン楽団など、スイング黄金時代のジャズ・バンドの演奏スタイルは、当時の音楽好きの若者たちに大きな影響を与えた。

 そのスタイルである。トーマスは1995年には、名門ハーバード大学の同窓生でヴォーカリストのチャイナ・フォーブスを歌姫として迎え、ピンク・マティーニは、それこそ1940年代から50年代にかけてのハリウッド映画に出てくるような、12人編成の楽団としてスケールアップを果たした。

 ハーバードでは英文学と絵画を専攻していたチャイナと、歴史と文学を専攻していたトーマスは、夜になると学生寮“アダムハウス”の談話室にあるピアノで、クラシックの名曲やアメリカン・スタンダードを演奏し、歌って、楽しんでいた。二人の音楽の趣味の幅は広く、クラシック、ジャズ、ポピュラー、映画音楽と、まさにミュージカル・ヒストリーそのもので、のちのピンク・マティーニのサウンドの基本となっていく。

 ピンク・マティーニを結成した目的は、老人ホームや病院への慰問、ポートランド市民の生活をより良いものにするための政治パーティへの、ゴージャスでロマンティックな、音楽を提供するためだった。 

 その頃、チャイナはNYでフォーク・ロックのシンガーとして活躍していた。トーマスはヴォーカリストとして、音楽研究者としてのチャイナの才能を高く買っており、彼女にどうしてもプロジェクトに参加して欲しいと依頼した。

 こうしてピンク・マティーニのバンドとしてのスタイルが固まり、二人はフランス語のオリジナル曲「サンパティーク」を作詞・作曲。1997年11月11日には、この曲をフィーチャーしたオリジナル・アルバム「サンパティーク」を自らのレーベル“Heinz Records”からリリースした。

 “Heinz”とはトーマスの愛犬の名前にちなんだもの。自らのレーベルを立ち上げたのも、ビジネス中心でユーザーが不在の音楽マーケットへの抵抗でもあり、自ら納得するサウンドを作り上げ、アートワークからパブリシティまで、自分たちのスタイルは、自分たちで手がけることに意味があると感じていたからである。

 その趣味の良さ、バラエティの豊かさは、音楽考古学者を自認するトーマスらしいもの。「サンパティーク」が、まるで1950年代から歌い継がれてきたかのような、スタンダード曲のような印象があるのと同様、アルバムのデザインや写真のセレクト、ブックレット構成も、ピンク・マティーニ・スタイルなのである。

 アルバム「サンパティーク」収録曲は、実に多彩。アルバムを作るにあたってトーマスは「音楽による世界一周」をイメージしたという。しかも曲順も曲のテイストや、コーダー、イントロの微妙な味わいにこだわっているので、聞いていて、実に気持ち良い。

 その狙いは的中。彼らがヨーロッパ・デビューを果たしたのが、1998年のカンヌ映画祭のセレモニー。そこで披露した「サンパティーク」がヨーロッパでヒット。CMソングに採用され、アルバムもフランスを中心に大ヒット、ギリシャではゴールドディスクに輝き、世界中の人々を魅了することとなる。

 それから20年、ピンク・マティーニは10枚のオリジナル・アルバムをリリースし、今日も世界のどこかのステージに立ち、オーディエンスの喝采を浴びている。彼らそのものがスタンダード、ピンク・マティーニという音楽ジャンルになったのだ。

 その原点である「サンパティーク」は、キラキラした彼らの音楽の原石であり、いつまでも色褪せることなく、新鮮な驚きと感動をいつの時代にももたらしてくれるのである。
 
【楽曲解説】
1 アマード・ミオ Amado Mio
作詞/作曲 Doris Fisher and Allan Roberts
 1940年代ハリウッドの女神、セックスシンボルとして君臨したレジェンド・リタ・ヘイワースが『ギルダ』(1946年・チャールズ・ビダー監督)の中で妖艶に歌った名曲(ヘイワースの吹替はアニタ・ルイスが担当)。アルゼンチンのブエノスアイレスを豚に、魔性の女に翻弄される男(グレン・フォード)の悲劇を描いたハリウッド・クラシックス。この作品でヘイワースは、運命的美女=ファム・ファタールと呼ばれた。モリーン・ラヴ(ビーチ・ボーイズのマイク・ラヴの妹)のゴージャスなハープのイントロで、一気に別世界に引き込まれる。チャイナの圧倒的なヴォーカルとともに、ギロ、コンガが心地良く、トーマスの流麗なピアノは、エディ・デューティンのように歯切れが良く、中盤にフィーチャーされるギャビン・ボンディのトランペットが官能的。コンサートの一曲目として歌われることが多く、彼らのバンド・イメージを確立した一曲でもある。

2 危険な関係のテーマ No Hay Problema
作曲 Jacques Marray aka Duke Jordan
 1960年代のフランス映画のサウンドトラックに、モダンジャズの騎手たちが次々と参加。映画音楽の新しい波を生み出した。ロジェ・バディム監督、ジェラール・フィリップとジャンヌ・モロー主演『危険な関係』(1959年)の音楽は、ジャズ・ジャイアンツのセロニアス・モンクとデューク・ジョーダンが手がけ、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズによるサントラが大ヒット。そのテーマ曲「危険な関係のブルース」をピンク・マティーニがカヴァー。その演奏のクオリティの高さに、ピンク・マティーニのバンドとしての味が堪能できる。

3 サンパティークSympathique
作詞/作曲 China Forbes and Thomas M. Lauderdale
 トーマスとチャイナによるフランス語のオリジナル「サンパティーク」は多言語によるワールドワイドなピンク・マティーニの音楽スタイルを、世界中に知らしめた記念すべきヒット曲。コーラス部分の“Je ne veux pas travailler“は「私は仕事がしたくないの」という意味。この歌詞は、「シュールレアリズム」という言葉を生み出した、イタリア出身のポーランド系詩人で小説家、美術批評家のギョーム・アポリネールの詩「憂鬱な見張番 Le guetteur mélancolique」にインスパイアされたもの。フランスで大ヒット、フランスのヴィクトワール・ド・ラ・ムジーク賞で、年間最優秀楽曲部門と最優秀新人部門にノミネートされた。日本では女優・高泉淳子がいち早く日本語でカヴァー、ステージで歌っていたが2018年10月リリースのアルバムで初CD化。

https://youtu.be/nLaY4aksfRo

4 ケ・セラ・セラ Que Sera Sera
作詞/作曲 Jay Livingston and Ray Evans
 サスペンスの巨匠、アルフレッド・ヒッチコック監督『知りすぎていた男』(1956年)で、ヒロインのドリス・デイがクライマックスに歌って大ヒット。同年のアカデミー主題歌賞に輝いた名曲。日本でもペギー葉山を始め、様々な歌手がカヴァーしてスタンダードになっている。このアルバムでは、まるで森の中にサーカスの一団が出現したような、幻想的なイメージでアレンジされている。

5 孤独 La Soledad
作詞/作曲 Pepe Raphael with Thomas M. Lauderdale
 トーマスのピアノの優しいタッチでフレドリック・ショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ボロネーズ」から始まる「孤独」は、作詞を手がけたぺぺ・ラファエルの深みのあるスペイン語のヴォーカルが堪能できる。「どこまでも静かに、そして心に染み入るサウンドは、「美しいもの」を追求しているトーマスの美的センスあればこそ。その哀愁を支えているのは、デビッド・イビーのチェロの美しい音色。この曲は「ジュ・ディ・ウィ!」(2016年)でアラビア語の「フィニスマ・ディ」としてセルフカヴァーしている。

6 ヨランダはどこに? ?Donde Estas, Yolanda?
作詞/作曲 Manuel Jimenez
 ピンク・マティーニのステージでは中盤に、しばしば演奏されるラテン・ナンバー。1930年代に「プラナ」というサウンドを確立したプエルトリコのミュージシャン、マニエル・ジメンツが作詞・作曲した。アルバムではぺぺ・ラファエルの歯切れの良いスペイン語ヴォーカルが堪能できるが、ステージでは日系三世のティモシー・ユウジ・ニシモトが歌っている。

7 アンダルシアAndalucia
作曲 Ernesto Lecuona
 ラテンの名曲「マラゲーニャ」は、20世紀前半のキューバを代表するピアニストで作曲家のエルネスト・レオクーナのスペイン組曲「アンダルシア」の曲。小気味の良いリズムセクション、歯切れの良いトーマスのピアノが奏でるのは「アンダルシア」のなかから、カタリーナ・ヴァレンテが歌った“The Breeze and I(そよ風と私)”としても知られるメロディを奏でる。

8 黒蜥蜴の唄 Song of the Black Lizard
作詞/作曲 美輪明宏
 トーマスがニューヨークのフィルム・アーカイブの上映で『黒蜥蜴』(1968年・深作欣二)を観て、美輪明宏に魅了された。トーマスの琴線に触れるのは「美しいメロディ」であり、その歌が纏っている「美しさ」である。この曲は江戸川乱歩の原作を、三島由紀夫が劇化、美輪明宏が主演した松竹映画『黒蜥蜴』の主題歌として美輪が作詞・作曲。ギャビン・ボンディの官能的なトランペット、ダークな味わいのトーマスのピアノは、トーマスが美神と崇める美輪明宏へのリスペクトが感じられる。チャイナのヴォーカルは、日本語の美しさを「音」で伝えることに成功している。


9 ボレロ Bolero
作曲 Maurice Ravel
 「サンパティーク 20周年記念盤」はトーマスが1997年に構想したアルバムのスタイルを完全に再現することを目的としている。この「ボレロ」はオリジナルには収録されたが、再プレス以降はオミットされていた。ピンク・マティーニのステージでは、オープニングに演奏されて、観客のコンサートへの期待を高めてくれるおなじみの曲で、1928年、フランスの作曲家のモーリス・ラヴェルが作曲したバレエ曲。

10 日曜はダメよ Chirdren of Piraeus (from the film Never on Sunday)
作詞/作曲 Manos Hadjidakis
 ギリシャを代表する女優で、のちに政治家としても活躍したメリナ・メルクーリが夫であるジュールス・ダッシン監督作品で主演した『日曜はダメよ』の主題歌。ギリシャの国民的作曲家といわれるマノス・ハジダキスが作曲、日本でも1960年代に大ヒット。オリジナルはブズーキ(リュート系の弦楽器)によるエキゾチックな演奏が印象的だったが、Pink Martiniはチャイナのギリシャ語を際立たせるため、ピアノとコンガ、そしてタンブリンをフィーチャー。

11 ブラジル Brazil
作詞/作曲 Ary Barroso
 ピンク・マティーニのコンサートのアンコール曲として、ステージと観客が一体化してしまうほどの盛り上がるのがこの「ブラジル」。映画『未来世紀ブラジル』でおなじみだが、ブラジルの作曲家でピアニストのアリ・バロッソが作曲。1943年の20世紀FOX映画『ザ・ギャングス・オール・ヒア』のなかで、カルメン・ミランダが歌って強烈なインパクトとともに、アメリカでも流行した、定番のラテン・ナンバー。


12 ララバイLullaby
作曲 China Forbes and Thomas M. Lauderdale
 賑やかなカーニバルの後の静かな眠り。アルバムの最後を締めくくるのは、「サンパティーク」 の主旋律のハミングによる子守唄ヴァージョン。この曲がまるで1940年代か50年代から歌い継がれてきたような印象を受けるが、このリプライズを聞くと「サンパティーク」が、アルバムに収録された他のワールド・ミュージック同様、新たなスタンダードとなっていったことが納得できる。




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